「真夏の夜の夢一」
遅くなりました。
が、少し長くなったのでお許しを
それまで関係者以外は誰も居らず、彼方まで続くように見える参道の、両側に軒を連ねて建ち並ぶ屋台の店も、どこか頼りなげに寂しい感じに見えていた。
だがそれも和香様の声が響く迄のことだった。何処からとも無く現れた、数多くの子供達によって、一時に賑やかになり、喧噪感すら現れてくるのだった。
子供達は皆、目をきらきらと輝かせながら、一軒一軒の店を覗き込んでいく。
そして口々にその店を切り盛りする者達に尋ねていくのだ。
「ねえねえこれは何?」
「これは一体何なの?」
「これはどんな味なの?」
そうやって各自色々なことを尋ね、気に入った物があれば、紙のお金と引き替えに、店に有るものを買い求めていくのだった。
しかし中には、そのお金の使い方自体を知らない者達も居る。
そしてそんな者達が今、祐二達の店にも押し寄せるのだった。
祐二と雨子様、二人がやっているドングリ飴の店。
店先にはカラフルな色合いの様々なドングリ飴が、丸でそれ自身が宝石であるかのように、美しく輝きながら食べてと主張している。
小さな子供の一人が、祐二のところに近付いてくると、不思議そうに聞くのだった。
「なあ兄ちゃん、これは何なんだ?随分綺麗だな?」
そう聞く子供に、祐二は身を屈めると出来るだけ優しい言葉で答えてやる。
「これはね、ドングリ飴と言って、食べると甘い食べ物なんだよ。色によって皆味が違うんだよ」
そうするとその子供は驚いたような表情をしながら言う。
「おお?じゃあ此処の色の違うのは皆味が違うのか?」
「うん」
「それは凄いな!でもどうやったらこれは貰えるんだ?」
そこで祐二は、子供が一生懸命に握りしめている紙のお金を指差して言う。
「君が握りしめているそのお金が一枚で、この飴がどれでも十個買えるよ」
するとその子供はとびきりの笑顔を浮かべながら言う。
「そんなに沢山なのか?」
祐二にはそれが本当に沢山なのかは分からない。けれども手元に有る手引きにはそう書いてあるので、静かに頷いて見せる。
「なら、美味しいのを十個選んでくれないか?俺は今年初めて来るから、良く分からんのだ」
その言葉を聞いて祐二は成る程と納得した。道理でこの子供、買い方も知らなければ、今目の前に有るものが何かも知らない訳なのだった。
祐二はそうやってこの場のことを理解しながら、早速に子供の願いを叶えるべく、色々な色のドングリ飴を選んでやる。
竹で出来たトングで飴を摘まんでは容器に入れ、十個まとまったらそれをビニールの袋に入れて渡すのだった。
出来るだけ色々な色合いになるようにしながら十個をとりまとめ、それを袋に入れると手渡してやる。
「おう!有りがとな!」
そう言うとその子供は、手に持った紙のお金を全部渡しそうになるので、そっと押しとどめ、その内の一枚だけを抜いて貰う。
「それ一枚だけで良いのか?」
祐二が頷くと子供は満面笑顔になる、そして袋から一つ飴を取り出すと口に放り込む。
「お?なんだこれ?凄く美味いぞ?」
偶々その子供が口の中に放り込んだ飴の色を見ていた祐二は、それはレモンだよと教えて上げる。
「レモン?レモンって何だ?」
はてどう答えればと一瞬悩む祐二、すると隣から雨子様が言う。
「レモンとは果物の一種じゃ。本来は酸っぱいものなのじゃが、それはまあその…甘いであろうな」
子供はそんな雨子様の答えに十分満足しながら言う。
「うん、甘い。美味いぞ!」
そう言うと楽しそうに笑い声を立てながら、その場を走り去っていくのだった。
と、そんな祐二達のやり取りを見ていて安心したのだろうか、以降続々と子供達が押し寄せるのである。
そして何故だか皆祐二に、ドングリ飴の選択を任せるのだった。
いくら何でもそれでは埒があかないので、各自に竹のトングを手渡して、自分で飴を選べと教えるのである。しかし皆が順番待ちをして自分の番が来るや否や、そのトングを祐二に渡し、お前が選んでくれとせがむのだった。
お陰で祐二は目が回るかと思う程に大忙し。一方雨子様はと言うと、未だ誰も客が付いていないので、高みの見物と言ったところか?
そして雨子様は、くるくるとコマネズミのように動き回って、必死になって客を捌く祐二を見、口元を抑え、おかしそうに声を上げて笑うのだった。
だがそんな余裕もそう長くは続かないのだった。
「ねえねえ、お姉さんも飴売ってるの?」
他の子供達よりも一際身体の小さめの子らが、雨子様の手を引くとそう問いかけてくる。
その何とも可愛らしくも見目麗しい様子に、一瞬見とれてしまった雨子様なのだったが、うんそうだよと答えてしまったのが運の尽き。
祐二のところの列からあぶれてしまった、少し背丈の小さい子供達が、皆揃って雨子様の前に並ぶのに、そう時間は掛からないのだった。
そしてこちらの子らは皆各自、自分の好みの色を言うものだから、祐二のところとはまた違った、とんでもない忙しさに見舞われることになる。
「お姉さんお姉さん、私はあの赤いのでしょう、そして緑のとぉ、縞々の、ううん、それじゃ無い、こっちの縞々、それとねぇ~~」
あれこれと相手の言うままに取り揃えてやるのは、一見簡単な様にも見える。だがそれも数が募ってくれば、もう無茶苦茶とつくほど大変なのだった。
次から次へと、ひっきりなしに押し寄せてくる子供また子供。
だがそれらの子供達が皆、袋に入った色とりどりのドングリ飴を受け取ると、無上の笑みを浮かべて礼を述べてくるのだ。
祐二も雨子様もその笑顔が嬉しく、目まぐるしいほどの忙しさを得ながらも、笑顔を絶やさず、出来るだけ楽しそうに朗らかに接客し、子供達をもてなそうとするのだった。
そしてそんな忙しさは、何処の屋台の店でも同じ様なのだった。
葉子一家の受け持っているベビーカステラ屋では、台の上に載せられた大きなステンレスの箱に、次から次へとベビーカステラが追加されていく。それを客達が持った小さなスコップを使って、小ぶりな紙袋に詰めて持ち帰るのだが、押し寄せる人数が人数なのであっと言う間に商品が無くなってしまう。
無くなると後ろにうずたかく積み上げられている大きな紙袋を開けて、誠司さんが補充していくのだが、信じられないペースで無くなっていく。
一方葉子はと言うと、そのカステラを詰める為の紙袋を、お金と引き替えに渡しているのだった。
だがそこも次から次へと押し寄せる子供達の波に、嬉しい?悲鳴を上げながらの対応のようだった。
そして彼らの愛娘の美代はと言うと、小雨とユウという二入掛かりで、確りと遊んで貰っていた。この者達だけで大丈夫なのかと思われるかも知れないが、小雨は普段から美代の面倒を見続けて居て、既に葉子の絶対の信頼を得ていた。
世に有る動画を見ると、犬猫の類いでも善く子供の面倒を見ているものが見られるが、小雨とも成れば知能が違うし、葉子とちゃんと言葉を交わすことが出来るのであるから、その差は歴然としているのだった。
おそらく小雨のような存在を知ったなら、世のお母さん方は皆間違い無く、彼女のような存在を必死になって求めることになるだろう。
そしてユウも、一見、少しぼうっとしているようではあるが、小雨の言うことを良く聞いてちゃんと補佐をしている。
そんな彼らの様子をちらりと目に留めた雨子様は、後で確りと褒めてやろうと心の中で誓うのだった。
さて同様に大忙しだったのが、お面屋を受け持って居る節子と拓也。
お面屋と言うこともあって、大きな壁のようなところに面を掛け、客の要望に従ってそれを手に取り、お金と引き替えに渡しているのだが、これがまた大変。
拓也が大きな段ボールの箱を開梱して、中から取りだしたお面を次から次へと壁に掛けていく。しかし掛ける端から節子に、陳列される間もないくらいに、どんどん子供達に手渡されていくのだ。
それこそ息つく間もない。だがそれでも実はましな方なのだった。
くじ引き屋を受け持っている七瀨のところでは、既にシステム自体が崩壊しているのだった。
商品が無くなる度、新たな商品を箱から取り出し、くじ番号の場所に配分してくじを引かせるのだが、いやそのはずだったのだが、客が多過ぎてそれが全く間に合わなくなってしまっていた。
時折客の流れ自体を止めて、何とかくじ引きという形を取り戻そうとするのだが、余りの客の多さにあっと言う間に捌ききれなくなってしまう。
仕方無く虚ろな目になった七瀨が、子供達からお金を受け取ると、母親からランダムに手渡された商品をそのままの形で渡していく。
良いのかそれでと、本来なら皆から突っ込みを喰らうのであろうが、客である子供達は皆それで満足し、どんな品物に当たろうとも、皆飛び上がって喜んでその場から離れていくのだった。
それを遠くから目にした雨子様は、なんとかしてやりたいとは思うものの、何分自分のところも次々と客が押し寄せてそれどころでは無いのだ。
「むぅ、あれはもうやむなしじゃの…」
その様に呟くと、見て見ぬ振りを決め込むことにするのだった。
そうやって、それこそ息つく暇も無いような状態で必死に客を捌いていると、そこへ飲み物を持った令子がやって来た。
「お疲れ様、此処も大変みたいね。大丈夫?」
そう言って祐二に水滴の沢山付いたグラスに入った麦茶を手渡す。
「うん、まあ何とか…」
祐二はそう一言言うと、合間を狙って一気に麦茶を呷る。そして束の間人心地した目をすると、また商売に没頭していくのだった。
令子はそれを見届けると、今度は雨子様の方へと向かう。
「雨子さんは大丈夫?」
すると雨子様はうむなどと返事をしながら、嬉しそうに麦茶のグラスを押し頂く。
そして喉を鳴らしながら飲み干すと、礼を述べながらグラスを返すのだった。
「すまぬの令子、助かったのじゃ」
「このまま次に回って良いのかしら?それとも少し代わりに入ろうか?」
特に表立っては言わないが、これだけ忙しいとトイレに行くことすらままならない。
そのことを考えての台詞だったのだが、雨子様からは未だ大丈夫との返事を貰う。
「ただの、問題はあれなのじゃ」
そう言いながら雨子様は、七瀨のやっているくじ引き屋を指し示す。
今はもうくじ引き屋とは名ばかり、ただの商品引換所と化している。
「あっちゃ~~。でもあれはもう仕方無いのじゃ無い?だってほら…」
そう言うと節子達のやっているお面屋を指し示す令子。
そこではつい先程までは、曲がりなりにも僅かな時間でも壁にお面を掛けていたのだが、今見るとくじ引き屋と全く同じ状況になりはてている。
「あそこだけじゃ無くてほら…」
令子が更に指し示す方向を見ると、それは丁度ベビーカステラ屋が崩壊したところだった。
葉子が紙袋を店先に積み上げ、その前に一斗缶のようなものを置いている。
そして子供達に何やら指図しているようなのだが、どうやらお金をそこに入れたものは、紙袋をとってカステラを取りに行けと言っているようだった。
その指図をした後暫く様子を見守っていた葉子は、流れに問題無いことを確認した後、自らもカステラの荷解きに係わっていく。
つまりカステラの供給が二馬力になったのである。だがそれでも、無くなっていく方が圧倒的に早そうなのだった。
「何と言う事じゃ…」
そう呟くと、あんぐりと口を開ける雨子様。
「これは時間が到来するよりも先に、品物の方が先に無くなるかもね?」
「確かにそうかも知れぬの…」
そう呟くように言いながら客の要望を聞き、時折商品を補充する雨子様。
「じゃあ私、他を回ってくるわね?」
そう言う令子に軽く手を振って見送るのだった。
さてそうやって凄まじくも慌ただしい時を過ごすうちに、まず最初にくじ引き屋の商品が尽きた。最後の商品をお金と引き替えに手渡すと、その場に頽れる七瀨親子。
「「死んだ…」」
親子揃ってそんな言葉を吐いている。
次に息絶えた、元へ商品が無くなったのはお面屋の節子のところだった。
節子の目は既に焦点を失い、拓也は何やら呻くように言っている。
「お面、お面はもう嫌だぁ~~~」
いやもう本当に笑いごとでは無く、本気でそう言っているようだった。
そして未だ商品が尽きていなかったベビーカステラの店も、とうとう品物が尽きたようだ。葉子と誠司さんが抱き合って涙を流しながら喜んでいる。
「後は我らだけじゃの…」
そう言いながら子供の要望に従って、飴を取りそろえてやる雨子様。
片や祐二は偏りが無いように配慮しながら、様々な種類の飴を袋へと詰め込んでいく。
二人が二人とも八面六臂。丸で腕が幾本も有るように見えるほど、素早く飴を取りそろえては、子供達に手渡していく。
その二人のところに、全ての仕事をやり終えた者達が徐々に集っていき、手伝うでも無くその様子を見守っている。
いや、手伝いたい気持ちはあるのだが、二人の動きが速すぎてその合間に入っていくことが出来ないのだ。
「何あれ?何だか気持ち悪い動き方よね?」
とは七瀨。それに頷きながら葉子も言う。
「昔読んだ忍者ものの漫画に、影分身なんて言うものがあって、素早く動くことで残像で影を作る、なんて言う解説があったのだけれど、今正にそれね」
その言葉に成る程と相づちを打つ誠司。
「確かに言い得て妙だなあ。実際に手が一体何本有るんだろうって言う感じだよね?」
その言葉を受けて節子が言う。
「七本?」
すると隣に居た拓也が言う。
「僕には八本にも見えるなあ」
「うっわ、気持ち悪!」
とは一周巡って七瀨。
その言葉が聞こえたのか雨子様がむくれる。
「気持ち悪いとは何じゃ、気持ち悪いとは?」
だがそんな雨子様に節子が言う。
「でもね雨子ちゃん、普通人間は手が八本も生えていないものよ?それをあなた達と来たら二人が二人ともそうなんだもの」
そう言って呆れ果てている。
その言いようがおかしかったのか、むくれたばかりの雨子様がもう吹き出している。
おっと吹き出したせいで効率が落ちたのか、手の数が四本へと減る。
それを見ながら七瀨の母、聡美が節子に聞く。
「節ちゃん、貴女笑っているけれども、ほんとあれは一体どう言うことなのよ?」
再び八本ずつ、合計十六本に手が戻った二人のことを指差しながら、真剣な表情で聞いて居る。
対して節子は苦笑しながら説明をし始めるのだった。
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