「夏の朝」
描いていても思うのですが、本当に何とも賑やかな連中で有ります
夏休みのとある朝、祐二はいつもの日課の為、爺様の領域へと向かっていた。
到着するとそこには既に雨子様が居て、いつもの薙刀をゆっくりと振り回しながら、準備運動に余念が無い。
「おはよう」
祐二がそう挨拶をすると、雨子様は手を止め、石突きをとんと大地に下ろすと挨拶を返す。
「おはようじゃの」
「今朝はいつもより早いのじゃ無いの?」
「うむ、少しばかり早く目が覚めてしまってな。ともあれ早う身体を温めるが良い」
「ん、分かった」
夏の真っ盛りな訳だから、普通言う意味の身体を温めるとは、少し意味が異なっている。要はゆっくりと身体を動かし続け、血行を良くして酸素の供給が円滑になるようにする訳なのだ。
そうすることで身体も良く動く様にも成るし、組織が柔軟になるので、傷めたり損傷したりするリスクを大幅に下げられる。
そう雨子様に教えられた祐二は、とりわけ丁寧にこの工程を行うようにしている。
と言うのも通常考えられる動きだけを捉えても、相当激しく動くことになるのだが、かてて加えて、気も使っての動きとなると、それはもう信じられない速度になるのだ。
それだけに此処で手抜きするのは恐ろしいとすら思ってしまう。
それから凡そ二十分ほど時間を掛けて、丁寧に仕上げたところで、いよいよ本格的に身体を動かし始める。
祐二の場合、最初は木刀を持って様々な型を演じることから始まる。
雨子様曰く、型を演ずるは本来筋肉と神経の動きの適正化、自動化を行う為なんだそうな。
だが現在の祐二は既にその段階は終わっていて、演じている最中に動きをチェックし、細かい修正を行う為にするとのこと。
さて、雨子様の指摘によるその修正が終わると、いよいよ互いを相手にした組み手が始まることになる。
最初の内は極ゆっくり動く様にしているのだが、それも時を経る内に徐々に加速していき、ちょっとした打ち合いのような感じになっていく。
こう言う練習を始めてから久しいので、二人は互いに相手の動きを熟知するようになっていた。
だから普通に動く分には、それぞれ滑らかな動きで対応し合えるのだが、こと突発的な動きを交えると、即時対応することが出来なくなって、固まってしまうこともあった。
しかしそれでは生き死ににも繋がってしまうので、敢えてそう言った動きを多く取り入れ、より柔軟に対応出来るように動きを再構成していくのだった。
一通りの動作が終わると更に動きは加速されていく。
互いの得物、雨子様は薙刀、祐二は木刀で打ち合っているのだが、ぶつかり合う音が次第に激しさを増していく。
当初単発的であった得物同士の衝突音は、どんどん早くなっていき、その内太鼓の連打のようになってくる。
くるりくるくる弧を描いて動きながら、高く伸び、低く流れ、互いの得物の描く軌跡を重ね合わせていきながら、丸で舞を舞うかのように激しく打ち合っていく。
正に達人同士の打ち合いと言った、息を飲むような光景なのだが、彼らには未だこの先があるのだった。
「行くぞ祐二!」
「応!」
互いにそこからは気の力を体外に放出し始める。尤も余り遠くまで範囲を広げると無駄な消費に繋がるので、あくまで自分の持つ得物の動作範囲に少し足したくらい。
気の力は停滞することが出来ないので、常に放出させては吸収するという形に、ぐるりと循環させ、その流れによって感覚圏のような物を作り出している。
そうすることで既に視覚では追うことが難しくなってきている動きを、気によって検知し、それに反応しながら動いていくのだった。
加えて全身に細かい気の網を張りめぐらせることで、保護強化と増力と加速を甚だしくしていく。
いやもうこの段階に入った二人の動きは、目で追うことが難しくなってしまう。
かろうじて体躯の根幹となる部位は、時折その場に動かず有るように見えるが、それすら次の瞬間には霞のように消え去ってしまうのだ。
況んや手や足、そして得物と言ったものはもう捉えることが出来ない。ただそこから発せられる音のみが、「だだだだだだ」と、一繋がりの連続音としてのみ聞こえてくるのだった。
「ぎゃ~~~~、何それ?信じられない?」
突如として上げられた令子の驚きの声に、それまで霞のように拡散していた二人の姿がすっと収束して目の前に現れる。
「うーわっ!」
またしても声を上げる令子。
そんな令子にちらりと視線をやった後、二人は軽い立礼を行い、その後ゆっくりと身体の力を抜いていく。
「おはよう、令子さん」
祐二はそう言って頭を下げる。令子は見かけは小学生くらいなのだが、中味は自分より遥かに年上なので、ついついそのことを意識してしまう。
勿論雨子様の時も始めの頃はそうだったのだが、雨子様自身がそのことを特に嫌がるので、今は丸で普通の同い年の友人と同じく接している。
「おはよう祐二君、雨子さん」
そう返す令子に雨子様もにっと笑いながら応える。
「おはようなのじゃ令子。些か重役出勤なのではないかの?」
そう言って揶揄う雨子様に、令子が頬をぷっくりと膨らませながら言う。
「言わないでよもう、子供の頃ってこんなにも朝眠かったかしら?目覚まし掛けてもちっとも目が覚めないんだもの。今日だって節子さんに起こされちゃったのよ?恥ずかしいったらありゃしない」
そう言う令子は、兼ねて雨子様から言われていた、気の取り扱いの訓練に今日から入ることになるのだった。
それで偶々最高潮に達していた二人の訓練を目にすることに成ったのだが、とてもじゃないがあれが自分に出来るとは到底思えないのだった。
「ねえ雨子さん、私もあれをやらなくっちゃ行けないの?」
そう言うと令子は木刀を上げ下げするような動作をしてみせる。
それを見た雨子様は苦笑しながら言う。
「いいや、令子の場合は祐二と異なり、もとより気の回路が形成されて居る。じゃから互いに側で禅を組んで気を通わせ合いながら、我の力で微調整を行い、後は其方自身でそれを我が物とすれば良い」
だがそれを聞いて驚くのは祐二なのだった。
「え~~~?令子さんはそれで良いの?僕の今までのあの苦しい修行は一体…とほほほ」
そう言って例えようも無く情けなさそうな顔をするものだから、雨子様も令子も思わず吹き出して笑ってしまうのだった。
「くふふ、確かにそう言う意味では祐二は気の毒ではあるの。じゃが其方は生身の人間なのじゃ、元々特別な回路が備わって居る訳でも無いのじゃ。まずは独力で回路その物を作っていかねばならぬのは仕方無かろうが?」
「そんな~~~」
そう言いつつその場に頽れる祐二。それを見た雨子様は側に寄って良々とその頭を撫でて上げる。
それを見ていた令子は苦笑しながら言う。
「もう、あなた達って本当に仲が良いわね?」
令子にそう言われて思わず顔を赤らめる祐二と雨子様。
「か、揶揄うのでは無いのじゃ…」
口をへの字にしながらそう言う雨子様。
「別に揶揄ってなんか居ないわよ。羨ましいなあって…」
「じゃがの令子、其方はそのつもりかもしれんが、その…やはり恥ずかしいのじゃ」
蚊の鳴くような声でそう言いながら、真っ赤な顔をしている雨子様。
それを見ていて祐二と令子、二人揃って声を揃えて言う。
「「雨子さん可愛い…」」
令子に言われるならともかく、祐二にまで言われたのが少しばかりかちんと来たようだ。
「祐二!」
そう言って雨子様は、祐二に掴みかかろうとするのだが、祐二は祐二で素早く令子の後ろに回り込む。
「ちょちょっと祐二君?」
先程解放されたかと思って居た気の力が、あっと言う間に高められ、始まってしまうとんでもない鬼ごっこ。
令子の周りでしゅっとか、たんとか、ぷしゅっとか、空気を切るような音や、地を打つような音だけがあちこちからしてくる。
「あ、あ、あなた達、大概にして頂戴?こ、怖いんだから。怖いんだからぁ!」
本格的にべそをかきそうになり始めた令子の姿に、やむなく鬼ごっこを繰り広げていた二人は休戦に入る。
「ひっく、本当に、本当に怖いんだからね?」
そう言いながら涙を零す寸前になっている令子の姿に、慌てて雨子様が近寄っていく。
中味はともかく外見は、幼気な女児その物の令子、その破壊力足るや半端ないのだ。
同様に慌てて側に来た祐二と共に、二人揃って頭を撫でて機嫌をとろうとしてしまうのだった。
「すまぬ令子」
「ごめんね令子さん」
二人揃って懸命に謝ろうとするのだが、令子にしてみればいかにも子供扱いされている現在の状況が何とも腹立たしい。
お陰で二人が何度謝っても、つんとしながら明後日の方向へ顔を向けてしまう。
だが、いくら令子が二人の居ない方向を向こうとも、向いた途端にそこには雨子か祐二、いずれかの顔がぬっと現れる。
二人は無意識にこんなところにまで気の力を使っているのだが、はっきり言ってこれがまた怖いのである。
「やだ怖い!お願いだから、もう良いから、それ止めて?」
何も無い空中に、いきなり顔がにゅうっと現れるのだ。令子で無くたって怖い。
ともあれ令子の抗議によって、無事その異様な現象は終止符を打たれ、安堵することが出来たのだが、謝っているつもりがまた怖がらせていたとあって、平身低頭する二人。
その余りの必死さに、その内何だか可笑しくなってしまい、自然笑い出してしまう令子。
折角気の訓練をしに来ているはずなのに、なかなかに始まらない、そんな一日の始まりなのだった。
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