海その一
大変な受難を乗り越えてアイテムを手にした雨子様はさっそく海へとやってきます。
雨子様の受難が無事終わった翌日、僕達は早速近くに海へ行くことと成った。
緑の多い市街地を歩くこと十五分ばかり、目の前に現れた松林の向こうにはきらきらと輝く海が見える。
この海水浴場が開いているのは二週間程度と、あまり長くは無いのが玉に瑕だったけれども、逆にそのお陰で芋の子を洗う状態は避けられている。
規模の割にかなり幅広い真っ白な砂の浴場で、ちゃんと監視員はいるし、無料の脱衣所やシャワー施設なんかもある。知る人ぞ知るの穴場なのかも知れない
「到着~!」
等と言いながら嬉しそうなのは七瀨。
そこいらに荷物を放り出すと早速海に向かって突進していく。
そんな有様を見ながら僕は、適当な場所を見つけてビーチパラソルを砂浜に差す。手早く敷物を広げ、各自の荷物を使って押さえにする。
お仕舞いに飲み物が入ったクーラーボックスを下ろすと、ようやっとやれやれと一息ついた。
「何とも風光明媚なところじゃの」
とは雨子様。眩しく光を反射する海を目を細めて見ながら嬉しそうにしている。
「雨子様なら海なんてそれこそ飽きるほど見ているでしょうに?」
「うむ、確かに海という意味なら見て居る。じゃがな祐二、この人の目でこれから泳ごうかという海は未だ見たことが無いぞえ?」
「何か違うのですか?」
「うむ、それはただの塩水の塊として認識するか、きらきら光りわくわくする広大な水たまりと見るかの差じゃな」
「水たまりって、雨子様…」
「まあ、大きいか小さいかの違いに過ぎんじゃろ?」
「そりゃそうですが…」
そんなことを話していたら、びしょ濡れになってぐてっとしているユウを連れた七瀨が帰ってきた。
「どうしたのじゃ、その姿は?」
「大きな水たまりって肩の上で騒いで飛び跳ねていたら、真っ逆さまに落ちて流され掛けたのよ」
ここにも水たまりって言う奴がいた。
「まあ慌てぬでもこやつなら溺れたりはせぬじゃろうに」
「でも波に翻弄されて、上下が分からなくなったせいで慌てたみたい」
「しょうの無い奴じゃの?これ、しっかりせんか?」
そう言うと雨子様は、ユウの額にデコピンをくれてやった。
『あいたたたた』
「正気に戻ったか?」
どうやら今の一撃のお陰で、呆然とした状態から正気に戻ったようだ。
『くわばらくわばら、あんなに恐ろしいところとは思っても見ませんでしたよ。僕はもうここで留守番していますから、皆さんで遊んできて下さい』
ユウがそう申し出てくれたのは良いのだけれども、普段は穏身を掛けているし、こんなちっこい奴が荷物番をして役に立つのだろうか?
そう思う僕の心がきっと顔に表れていたのだろう。
「祐二よ、心配せぬどもこやつとて使い魔の端くれ、簡単な人払いの呪位は施せようぞ」
雨子様がそう説明してくれた。
ユウはと言うと自分のことを高く買ってくれる雨子様の扱いが嬉しくて仕方が無いらしい。
時々ふんぞり返って何を威張っているのかと思うのだが、この時もいつも以上にふんぞり返って偉ぶっている。
そして重心が後ろに行きすぎてふらついているので、指で軽く押してやると、ころころと結構遠くまで転がっていった。
『わわわ!酷いじゃ無いですか祐二さん』
もそもそと起き上がりながら抗議するユウ。仕方が無いので後でジュースを飲ませてやると約束することで機嫌を取る。
僕とユウがそんなことでワイワイやっている間に、七瀨と雨子様は水着の上に着ていたものを脱ぎ捨てていた。
七瀨の着ているのが少しフリルの付いた可愛らしいタイプ、雨子様のはすらりとした感じのホルターネックとか言っていたけれども、良く分からん!
僕のはって、わざわざ男子のを説明するまでも無い、ごく普通のだ。
二人とも試着室ではさんざんこれはどうだ、あれはどうだと見せつけてきたくせに…最もあの時は母さんの計らいもあって半ば強制か?…いざ海に来ると何だか妙に恥ずかしがっている。
「ど、どうよ?」
「どうよって、聞き方!」
少しきょどりながら聞いてくるあたり七瀨も、格好はつけていてもまだまだだな。
「まあよく似合っているんじゃ無いか?」
うん、お世辞抜きのつもりでそう評価した。
雨子様はと言うと、あれ?こちらに背を向けたままでいる。
「雨子様?」
「べ、別に評価なぞせぬでよい。ささ、泳ぎに行くぞ?」
そう言うと雨子様は率先して海に向かっていく。なので僕と雨子様は急いで付いていくことにした。
「で、どうやって泳ぐのじゃ?」
勇んでいった割には雨子様はマジ泳げないらしい。
そこで僕と七瀨は雨子様の手を引いたり、体を支えたりしながら、少しずつ泳ぎ方を教えていった。
結論から言うとさすが雨子様と言うべきか?あっという間に泳げるようになっていった。だが当面今回教えたのは平泳ぎだけ。だが気持ち良さそうに雨子蛙が泳いでいくのを見ると教えた甲斐が有るというものだった。
もっとも泳げるようになったとは言っても、多分そんなに自信は無かったのだろう。泳ぐのはずっと足の付く深さで、波打ち際と平行したところばかりだった。
そんな雨子様の後を七瀨は浮き輪に捕まりながら後ろ向きに、僕は抜き手でのんびりと付いていった。
「これは全く気持ちの良いものじゃな?」
雨子様はいたく気に入ったらしい。
だがいくら気に入ったと言っても、長く入れば体が冷えてくる。
「雨子様、そろそろ戻って一休みしますよ?」
そう声がけをする。すると雨子様は少しだけ頬を膨らませて、
「なんじゃもう止めるのか?」
と異議を唱えてきたが、あまり一度に泳いで疲れ切ってしまっては元も子もない。
「だめです、ほら砂浜に向かって!」
そう言って水から上がるように追い立てた。
「七瀨もだぞ~~」
そう七瀨にも声を掛ける。七瀨は浮き輪でぷかぷか漂って実に気持ち良さそう。
「はぁ~い、すぐいくぅ」
何とも間延びした声で返事をしてきた。
それまで自分で泳ぐことに夢中になっていた雨子様は、七瀨のその姿を見て目を輝かせた。
「あれはまた心地よさそうじゃの?我も試してみて良いかの?」
「もちろんです、七瀨とかわりばんこで使ったら良いですよ」
その返事を聞くと雨子様はものすごく嬉しそうに微笑んでいた。
「ただの塩っ辛い水たまりとしか思っておらなんだが、こうしてみると実に面白いものじゃな?」
雨子様はまさに身をもって実感しているようだった。
パラソルのところに戻ると、クーラーボックスの上でユウが寝転がって勝手に菓子を食っている。
「お前なあ…」
『だって僕だけ暇じゃ無いですか?それに皆さんの分はちゃんと残していますよ?』
「なら今度は僕が荷物番をしておいてやるから、七瀨と一緒に泳いで来いよ」
するとユウはぶるぶると震え上がりながら言った。
『とんでもない、僕は海の波に翻弄されるなんて言うことはもう二度としませんから』
なんとまあ、先ほどのたった一度の経験が彼に十分すぎるほどの教訓を植え付けたらしい。
体の大きさも考えれば致し方の無いことかも知れない。
僕とユウでそんなこんなの話をワイワイとしていると、雨子様と七瀨が連れだってやって来た。
「なんじゃユウ、そなたもう何か食べて居るのか?」
全くもってユウは良く食べる、本来使い魔はそもそも食べ物を食べたりせぬのじゃがなと呆れ果てている雨子様。
「でも食べる姿が可愛いじゃないですか?」
と、ユウを擁護する七瀨。
「ちょっと早いけれども昼ご飯にする?」
「賛成!」
「うむ、泳いで居る時には気がつかなんだが、結構腹が空いて居るものよの」
「大賛成!」
「お前は未だ食うのか?」
まさに三者三様であった。
お弁当は母さんの心尽くしだった。食べやすいようにとおにぎりを一つずつホイルでくるんだり、おかずにはそれぞれ持ち手が有り串が刺してある。
と、向こうの方から美味そうな匂いがしてくる。
「あれはなんじゃ?」
「ここにはバーベキュー出来る場所があって、申し込んだらそこで調理できるのですよ」
「なんとそれは面白そうじゃの?」
そう言う雨子様はまるで子供のように目をきらきらと輝かせている。
「ぷっ、雨子様ったら可愛い!」
雨子様のその様に耐えきれなかった七瀨は吹き出していた。
「な、なんじゃ七瀨、わ、笑うでない」
雨子様は何とも恥ずかしそうに顔を赤らめながら、怒り出すのかと思っていたら、自分も結局笑い始めていた。
僕はすかさず携帯で写真を一枚。後で母さんにみせて上げるつもりだった。
真白き雲に青き空と海、さざめく波に柔らかな風、照りつける太陽にくっきりとした影。この時この場所で無ければ無いものに満たされ、僕達二人の人間と一柱の神様、そして一匹の使い魔は、心ゆくまで今を楽しんでいた…。
ちなみに物語には書き込みませんでしたが、彼らは家を出る前にちゃんと日焼け止めを塗ってきているはずです、きっと…




