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天露の神  作者: ライトさん
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出陣?

女性の買い物に対するエネルギーは想像を絶するものが?有るのかな?w

 全くもって逆らう機会も与えられないままに、僕は雨子様の買い物に狩り出された。

雨子様の普段使いのものに関しては、大方葉子ねえのものを使わせて貰ったり、母と一緒に買いに行ったりして当面の必要を満たしている。


 だがそれでは些か不十分と言うことが表面化したのだろう。

僕と雨子様、それに七瀨の三人という形での買い物かと思ったら、母さんも一緒に出ることになった。


 出資者が同行すると言うことなら選択の範囲も広がろうというもの。雨子様としては願ったりかなったりだと、思っていたのだけれども、見た感じどうやらそうでは無かったようだ。


「これ素敵ね?」


「おば様こっちはどうです?」


「あらほんと、ならこう言うコーディネートも良いかしら?」


「…」


 この状態、端から見ていて思うのだが、もしかして雨子様完全に着せ替え人形状態?


 先ほどから時折ちらちらと雨子様が僕の方を見てくる。

表情は一応嬉しそうな笑みを表してはいるのだが、口元が微妙に引きつっている。


七瀨と母さん、次から次へと商品を抱えては、入れ替わり立ち替わり雨子様をフィッティングルームへと誘っている。


 果たしてそう言う怒濤の着せ替えが行われ、ようよう少し落ち着いてきた頃、一旦休憩に入ることとなった。


 このメンバーなので休憩時間は当然甘味処へ行くことになる。

ワイワイと意気軒昂なのが二人、言うまでも無く七瀨と母さん。一方げんなりと草臥れ果てているのが雨子様と僕。


 七瀨お勧めのパフェを長いスプーンでつつきながら、呆然とした感の雨子様が言う。


「祐二よ、彼女らは一体どこにあの活力を秘めて居るのじゃ?」


「僕もいつも不思議に思っているんですよ」


「そしてじゃ」


そう言うと雨子様は傍らに置かれた紙袋の山を見つめた。


「我にとって我はこの身一つというのにもかかわらず、これでもかと衣類を宛てがい、更にこの上買い増そうとする。本当にこれほど必要なのかえ?」


僕はすっかり下がり眉になっている情けなさそうな雨子様の表情に、思わず苦笑してしまった。 


「いやそれ七瀨のも一、二枚入っているし、母さんのも同様です。雨子様の買い物にかこつけて自分たちのも色々物色していたみたいですから」


「なんと、そうであったか。気がつかなんだわ」


 まあ、あれだけ振り回されもしていたら気づく暇も無かったと思う。


「でも雨子様、本番はこれからですよ?」


「?なんじゃと?本番はこれからじゃと?嘘じゃな?嘘だと言ってくれ」


ぎょっとしている雨子様は、傍らで依然ワイワイ言っている七瀨と母さんのことを見た後天を仰いだ。


「多分雨子様は女性のパワーについて知らなさすぎです」


僕がそう言うと雨子様はぼやいた。


「一応今の我も女であるのじゃがな…」


「一応って…?」


僕がそう聞き返すと雨子様はアイスクリームを口にして満面の笑みを浮かべながら返答してくれた。


「神である我に本来は性は無い。じゃが顕現するに当たって何かと不便であったから、大昔の有る時より我は女人の形を取るようになった」


 いつの間にか七瀨と母さんも話をするのを止めて耳を傾けている。


「じゃがの、その時は女人の形を取ったとは言うものの、言うて見れば映写機で投影しただけの影のようなもので、その姿は絵に描いた餅のようなものじゃった」


 そう言いながら少しずつパフェのアイスを食べていたのだが、やせ細ったアイスの頂上からすとんとイチゴが外に落ちてしまった。

あっと思ったものの後の祭り、何とも悲しそうな顔をする雨子様。


 すると母さんの手が伸びて、僕のアイスの山から雨子様のところへイチゴがひょいと移された。


「ああっ!」


あまりの素早さに為す術も無かったのだが、イチゴはあっという間に雨子様の口の中へ消えていった。


「じゃが…」


雨子様の話は何事も無かったかのように続いていく。

 

「祐二の側に居ることを決めた時に、今のこの体を受肉することにしたのじゃ。じゃからこの身はそなたら人間の体とほとんど変わらん」


アイスクリームの下の層にあるジェリーを賢明に掻き出す雨子様に母さんが聞いた。


「でもどうして雨子様は今になって受肉されることにされたんです?」


「それはの、つまらんかったからじゃ」


「つまらない?」


「うむ、実体の無い神の身で居って、この愛し子と表面だけしか関われんのかと思ったら、どうにもとてもつまらんと思ってしまっての。もそっとそなたら人と関わってみたいと思ったのじゃ」


 そうやって話しながらも、雨子様は綺麗に全てを食べ尽くし、紙ナプキンで口を拭っていた。


「しかし不思議じゃの」


「不思議って?」


七瀨が自分のアイスを少しずつ掬ってはユウに食べさせながら聞く。上手くメニューの陰に隠しているが、少しはらはらものだ。


「最初は形状を真似るだけの簡素な受肉じゃったのじゃが、そなたや母御より学び、より精密な受肉を行うにつれ、最初意図したのとは色々と異なってきおる」


「異なるって?」


僕は好奇心に負けて聞いた。


「うむ、以前我は説明したであろう?この身は全て我の計算で成り立つと」


「そう言えばそういうことがありましたね」


「うむ、まあ、それをやり過ぎてはならぬと、七瀨から忠告を貰ったのじゃがな」


「バレーをした時のことね?」


「そうじゃ、で、肉体面でのことに限り、出来るだけそなたら人と同じように誂えることに成功したかと思ったのじゃが、それが精密になぞらえればなぞらえるだけ妙なのじゃ」


「「「妙って?」」」


「うむ、何故かは知らぬが勝手に顔が赤くなったり、唇が震えたり、動悸がしたりするのじゃ」



雨子様のその話を聞いて僕達三人は顔を見合わせた。


「それって…」


僕が言う。


「雨子様、そういうのは人間としてごく普通のことなんですよ。多分雨子様がより人と近くというか、人に成られているんだと思いますよ」


とは母さん。


「我が人と成って居る?」


雨子様のその時の表情は実に不思議そうだった。


「我らが肉体を捨て去って実に久しいが、なんと言うかその、実にもったいないことをして居ったのかもしれんの」


そう呟くように言う雨子様。


「でもね、雨子様」


僕は更に言葉を継ぐ。


「確かに肉体があって楽しいことも一杯有るとは思いますが、その肉体があるが故に悲しいこともあります。怪我とか病気とかその他諸々」


「うむ、そうじゃな、そうであるが故にそなたら人は、我らにいろいろなことを願いに来て居った。善し悪しということじゃなあ」


「で、それを知って雨子様はどう為されます?」


母さんが優しい目で雨子様を見つめながら問う。


「そうじゃの、今の我はそれを経験するのも良いのでは無いかと思うて居る。少なくともこやつが生を全うする間位は側に居ってやろうかとの」


そう言うと雨子様は軽く僕の頭を小突いた。


 雨子様がそう言った時、七瀨の表情に一瞬何かが入ったような気がしたが、果たしてそれは勘違いだったのか?

張り切った七瀨の声が響く。


「雨子さん、それならこれから本番ですよ?」


「本番とな?」


「はい、水着選びですよ!」


「うっ!そうであったな、まさしくその為に出てきたのじゃが…」


そういう雨子様の表情には、もう勘弁してくれと言う思いと、諦観の思いが綯い交ぜに成っていた


 七瀨と母さんは両側から雨子様を挟み込むと、風のように甘味処から出て行く。とぼとぼと後を付いていく僕。雨子様と僕にとっての受難の日はまだまだ続くのだった。



これからの買い物が本番です。雨子様はもうすっかり食傷気味

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