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天露の神  作者: ライトさん
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「夜更け」


 旅の後片付けも終え、のんびり湯に浸かって、溜まっていた疲れをすっかりと洗い流した雨子様は、部屋に戻って一人、本を読んでいた。


 節子の機嫌を損ねて、危うく夕食抜きになりそうな一幕があったとは言うものの、押し並べて平和な一日が暮れようとしているのだった。


 その日有ったことを反芻はんすうしつつも、心は確りと本の内容を追い掛けているのだった。


 神である雨子様とも成ると、この本一冊に書いてある内容など、瞬時に取り込んでしまうことが可能だった。


 だが雨子様はそう言うことはしない、いや、いとうていると言っても良いかもしれない。


 本の紙面に文字として記載されている情報、そこから色々な事柄を膨らませて、登場する個々の人物達に思いを馳せるのだ。そして一見抜けているように思える部分を補填ほてんして、まったきの人格として捉えることが、面白くて堪らないのだった。


 尤もそこまでやってしまうと、そもそも筆者の意図するところから外れてしまうのではと、思う向きも有るかも知れない。しかし雨子様としては、別にそう言うことを忖度するつもりは全く無いのだった。


 ある意味その物語の設定を借りて、独自の世界を作り上げるに等しいのかも知れ無かった。まあそれを誰に言うでも無し、況んやそれを公開して何かを問うでも無いので、そう言う楽しみ方も有り、と言うことで良いのでは無いだろうか?


 だがそんな楽しみ方を良しとはしているものの、何もかもにその手が使えるかと言うと、そう言う訳にも行かないのだった。


 丁度今、雨子様が思いを込めて読んでいる本は、物語の佳境を迎えているところ。


 有り体に言えばただの何の変哲もない恋物語なのだが、人の心について色々と学んでいる最中の雨子様にとって、未だ未だ未知な感情だらけ、分からない事だらけのものなのだった。


「ええい!何故にそれだけ思い合って居って、互いに相手の思いに気が付かぬのじゃ?」


 大いにやきもきする雨子様なのだが、相手は紙面に書かれている文字の羅列、何をどうしようがそこに書いてあることは変えられない。ただその文字の織りなす文のままに思いを揺すぶられて、苛立ちを募らせるのだった。


 いかな神で有っても、紙面の中に生きる者達には何の干渉も出来ないのである。


 微かな音を立ててゆっくりと頁を捲る。新たに表れ出でたる文字の列に、そっと指を滑らせ、一文字一文字を惜しむように取り入れ、意味を与えて、静かに心に染み込ませていく。


 登場人物達の鮮やかな思いが、またそこここにちりばめられていく。


「そうじゃ!そこで男の子が踏ん張らなくてどうするのじゃ?」


 わあわあと騒ぐ雨子様。ただ一冊の本を読んでいるだけと思えば、実に賑やかな室内なのだった。


 そしていよいよ主人公の思いが口に出されようかと言う時に、「こんこん」と、部屋の扉を叩く音がする。


 勢いこの良いところを誰が邪魔するのかと、鼻息も荒く扉を開けてみると、そこに居るのは祐二なのだった。


「あ、う?」


 何とも要領を得ない雨子様の表情と言葉。


「あの、何かしてた?みたいだね。ごめん、またにするよ」


 そう言って素直にすごすごと引き上げて行こうとする祐二。そんな祐二の手を慌てて捉える雨子様。


「何もその…その様にさっさと引き上げて行かなくても良いでは無いか?」


 そう言うとちょっぴり唇を尖らせる雨子様。


「だって物凄く面倒臭そうと言うか、嫌そうな表情していたから…」


 祐二にそう言われてしゅんとしてしまう雨子様。

弁解しようと思っても、直ぐにその言葉を思いつかない。


 だが弁解の言葉は無くとも、祐二には雨子様のその表情を見るだけで十分なのだった。

そして部屋の奥に、読みかけの本が伏せられているのを見つけ、全てを悟る。


「そうか、丁度クライマックスにさしかかったところに来ちゃったんだね?」


「うむ…」


 囁くように言うと、小さく頷く雨子様。


「何の本を読んでいたの?」


 そう問う祐二に、雨子様はほんのりと顔を赤らめる。


「○○○を追い掛けて…」


「はて?僕は読んだことが無いなあ。ジャンルは何?」


 顔を俯けながら小さな声で言う雨子様。


「恋愛ものじゃ」


 それを聞いた祐二は逡巡しながら言う。


「やっぱり出直そうか?盛り上がっているところを邪魔するのは忍びないよ」


 そう言って身を引こうとする祐二の腕を強く捉えた雨子様は、慌てたように語気を強めている。


「な、何か用があってきたのであろ?」


「まあそうなんだけれども」


 そう言いながら祐二は、伏せられた本と雨子様の双方に何度か視線を移す。

その目の動きを知った雨子様は、急ぎ部屋に戻り、本を閉じて棚にしまい込むのだった。


「早う入るのじゃ」


 そう言うとそれまで自身の座っていた椅子を引きだし、祐二に勧めるのだった。

自分はそれでベッドの端っこに、ちょこなんと腰を掛ける。


 こうまで言われれば去るべき理由が無い、そう思った祐二は部屋に入って、勧められた椅子に腰を預ける。


 ここに至ってようやっと雨子様は自らのペースを取り戻し、祐二に向かって何故と、部屋に来た理由を問うことが出来るのだった。


「それでどうしたというのじゃ祐二?」


 問われれるままに祐二は気を取り直し、自ら尋ねてきた訳を話すのだった。


「それがさ、卯華姫様のことなんだけれども」


 祐二のことから少し想定外の言葉が出て来たことに、雨子様は無意識のうちに、僅かに首を傾げる。


「うむ、あやつがどうしたというのじゃ?」


「うん、それがね、卯華姫様をこちらにお連れしたのは、彼女の分霊を作って差し上げるため。と言うことなんだよね?」


 そう言う祐二の言葉に、雨子様の中では完全にスイッチが切り替わっていた。

半分人としての雨子様では無く、全くの神様と言う存在としての意識が、前面へと出てくるのであった。


「それで?」


 真剣なその声は、雨子様が既にそのこと柄に、十分集中していることを現していた。


「立ち入ったことを尋ねるのだけれども良い?」


 そう話す祐二に、こくりと頷きながら雨子様は言葉を返す。


「うむ、構わぬが、もしやそれは神の身に関わることかや?」


「うん、そう」


 正直に言う祐二に、雨子様は目を細めた。


「まあ何か余程の障りでも有るのでない限りは良いであろうよ。其方もいずれ身内に成る身、今から少しずつ知識として学んでおくのは良きことかと思われるの」


「そう言われたらそうなのかもね?」


 嬉しそうにそう言う祐二に、雨子様は笑みを浮かべて返した。


「うむ、であるから何でも聞いてみるが良い」


 その言葉に意を強くしたのか、祐二は自信の籠もった言葉で話を続けるのだった。


「今までに僕が見聞きした話をまとめると、神様が分霊を作る方法って、全部で三つあるのじゃ無かったっけ?」


「ふむ、話してみるが良い」


 雨子様は、そう話すと興味深げに耳を傾けた。


「一つは神様が自らその存在を分けて作られる、真正の分け御霊としての分霊」


 雨子様は黙って頷くと祐二が話を繋ぐのを待っていた。


「今一つが付喪神が帰依して成った小者を、格上げしていくことによって成る分霊」


 再び雨子様は黙ったまま頷く。


「お終いは雨子さんが作られた様な、人工知性の進化版のような分霊。この三つだよね?」


 祐二のその説明を聞き終えた雨子様は、すっくと立ち上がったかと思うと祐二の所に歩み寄る。そしてそのつむに手を伸ばしかけ、躊躇った後に唇の隅を噛むと留まった。


 祐二はその時の雨子様の、切なそうな表情を見てしまい、周りに誰も人が居ないことでもあるしと、仕方無いとばかりに頭を差し出すのだった。


「良いよもう、撫でても…」


その言葉を聞いた雨子様は、満面に笑みを浮かべながらきゅっと祐二の頭を抱きしめ、心ゆくまで良々と撫で付けるのだった。


「ねえ雨子さん、それって良々と撫でるのは二の次に成っていて、撫で楽しむことの方が主になっていない?」


 雨子様の様子を見ながらそう言う祐二に、少しきょどりながら言葉を返す雨子様。


「そ、その様なことは無いぞ?誓ってないぞ?」


「本当かなあ?」


 もう十分だろうと少し身を離し、苦笑しながらそう言う祐二の言葉に、雨子様は今一度自らの胸に問うてみる。


「…済まぬ、そう言う部分もあるようじゃ…」


 雨子様の余りに正直な言葉に、祐二は思わず吹き出してしまう。


「ぷはははは、でもまあ良いか」


 雨子様はそんな祐二の笑い声に、なんだか自身も嬉しさを感じながら問う。


「それで祐二は一体何を尋ねたいと思うて居るのじゃ?」


 そこで当初の目的を思い出した祐二は、真剣になって質問を始めるのだった。


「それでさっきの話の続きなんだけれども、卯華姫様に分霊を作って差し上げるに当たって、どうして神様方は、例の電子部品を用いた分霊作成法にこだわられたのかなって思ったんだよ」


「ふむ、祐二はどうしてその様に思ったのじゃ?」


 そう言いながら雨子様は面白そうに笑みを浮かべた。


「だってさ、今の雨子さんは爺様から小型とは言え宝珠を貰っているじゃ無い?」


「む?うむ…」


「ならその力の幾ばくかを卯華姫様に差し上げたら、わざわざこちらにお連れしなくとも、ご自身で分け御霊を作られることが適うのではって思ったんだよ」


 その言葉を聞いた雨子様は感心しながら答える。今一度と手を伸ばしかけるのだが、今度は拒絶されてしまう。何とも口惜しそうな雨子様。


「な、成るほど…。よう考えたのじゃな?時と場合によっては祐二の言うことは正しい。じゃがな、そこに今一つたがえられぬ要因があるのじゃ」


「要因?」


「うむ、要因じゃ。実は先ほど神社に戻った和香と連絡を取って居ったのじゃが、我らが束の間の余暇を楽しんで居る間にも、無人無神とは言え、新たに小さな社が更に二つ、犠牲になって居る。そしてこれにより我らは、その対応を今まで以上に急がねばならぬ」


「正に焦眉の急と言う奴ですね?」


 雨子様は黙ってこくりと頷く。そして祐二が再び耳を傾ける姿勢になるや否や、その先の言葉を語り始めるのだった。


「その様な状態に於いて最も必要なのは、まずは拙速を尊ぶことじゃ。故に我らは三番目の手法にて分霊を作成することを選択したのじゃ」


「拙速?」


 今のその言葉だけでは雨子様の真意を伺いきれない祐二は、鸚鵡返しにすることにより、説明の追加を求める。


「一、二番の手法と三番目の手法に差異が有るとするならば、その最も大きなものは時間なのじゃ」


「時間?」


 祐二はまたも言葉を繰り返してしまい、思わず苦笑する。だが雨子様はそのことを気にする様子も無く説明を続ける。


「そう、時間なのじゃ。三番目の手法で有れば、人の言うプログラミングというものに近い形で、一気にそれなりの知性を組み上げることが出来るのじゃが、分け御霊や、小者をそのレベルまで引き上げようとすると、どうしてもそれなりの時間が掛かってしまう。がしかし今はその方法は、相応しくない、我ら神々はそう判断したのよ」


「成る程そう言う配慮が有ったのかぁ」


 そう言う祐二のことを、心底嬉しそうに見つめながら雨子様が言う。


「じゃがの祐二よ、そこに至るまでの道筋。答えにこそ行き当たらなかったとは言え、ように考えたものじゃ。我は誇りに思うぞ?」


 そう言って満面の笑みを浮かべる雨子様。だがその笑みの中、微かに寂しそうな表情を浮かべる。それを見た祐二は、さすがに此度ばかりは断れないなと観念し、そっと彼女の前に頭を差し出すのだった。



 またもお待たせしてしまいました。

必死になって書いているのですがなかなか……(^^ゞ

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