「宿で」
無事燃えた社の検分も終え、元居神社の今後の体勢を整えると言う、大役を果たしてきた二柱と一人。
往路と同じ列車の復路に乗って、ほっとした気持ちを抱えながら、皆の待つ宿へと向かうのだった。
ガタゴトと揺れながらのんびりと走る列車の車窓から、すっかりと傾いた夕日が奥深くまで差し込み、車内を真っ赤に染め上げている。
穏やかな時が流れる中、今後のことを話し合うべく、並んで腰掛けている和香様と雨子様。
祐二はと言うと少し離れたところで、そんな彼女達のことを見守っている。
「まさか現場の調査だけで無く、元居神社のことにまで手を付けなくては成らぬ事になるとは、いやはや、大変であったの」
そう零しているのは雨子様。
「ほんまやね、もっと早うに終わらせて、午後に少しでもうちらも海に行けるかと思ってたのに、もうすっかり夕刻やで」
山の稜線に、もう間もなくお日様が掛かろうとしているのを見ながら、和香様もまた、ぼやくようにそう言うのだった。
「しかも卯華姫の筆頭分霊を作らねばならぬと来たものじゃ。これは結構大変な作業に成り居るの…」
そう言いながらちらりと祐二の方を見る雨子様。そんな雨子様のことを見ながら和香様が言う。
「何や毎度の事みたいに成っ取るけど、またも雨子ちゃんに面倒かけてしもうて、ほんまごめんな?」
そう言うとまた沈み行く夕日を眺める和香様。
「でもな雨子ちゃん、うちはこうやって一緒にあちこち行けて、これはこれで良かったな、そう思てるねんで?」
雨子様もまた、美しく沈み行く夕日に顔を染めながら言う。
「確かにの、普段とは異なる場所で見る落日も、また格別のものと思うの」
祐二はそんな女神達の仲睦まじ気な様子を見ながら、何時しか静かに、うつらうつらと舟を漕ぐのだった。
そうこうする内に無事宿に辿り着いた面々、自室へと向かうとそこには畳の上で伸びきっている小和香様と令子の姿があった。
「そなたら、一体どうしたと言うのじゃ?それに他の者達は?」
雨子様がそう問うと、かなり大儀そうにしながら身を起こした小和香様が答える。
令子はと言うと、寝転がったまま雨子様達に手を振っている。
「お帰りなさいませ和香様、雨子様、祐二さん」
辛そうにしながらも、どこか満足げな小和香様に、不思議そうな顔をした和香様が問いかける。
「ほんまに一体どないしたん?何や知らんけど見た感じぼろぼろやん?」
「それがですね…」
小和香様はそう言うと、苦笑混じりに今日有ったことを説明し始めるのだった。
「実は今日は海にて、皆でビーチボールを楽しんだのですが…」
そこに来て始めて祐二が口を挟む。
「うわぁ!」
そんな声が聞こえてきたものだから、思わず雨子様が振り返って聞く。
「「何じゃ祐二、どうしてその様な声を出すのじゃ?」
すると祐二は頭を掻き掻き、昔のことを思い出しながら言うのだった。
「母さんはさ、学生時代バレーボールの強豪校で、随分鳴らしていたらしいんだよ。それで有る時、僕と葉子ねえ相手に同じようにビーチボールバレーをしたことがあって…。いやはや、あれはもうこりごりだなあ」
それを聞いた雨子様、節子の意外な一面を知ることが出来て、ちょっとびっくり顔になる。
「小和香よ、もしかしてそれか?」
「はい…」
そう答える小和香様の傍らから令子が声を上げる。
「それはもうけちょんけちょんにやられちゃったわ。三対一でも丸で話にならないんだもの…」
あっちゃ~と言った顔つきをしながら祐二が聞く。
「それで父さんは?」
そう問われた令子は隣室に通じる襖を指差しながら言う。
「隣の部屋で、明日があるからともう休むって」
その言葉に呆れ顔の祐二が更に聞く。
「もしかして夕飯は?」
「要らないというか、食べられないとか…」
そんな言葉を聞いた和香様と雨子様が、顔を見合わせ目を丸くする。
「一体何故にその様になるまで節子に挑んだのじゃ?」
すると令子はじとっとした目で小和香様のことを見つめながら言う。
「一端は終わって和気藹々とビーチボールを楽しんでいたのよ?でも誰かさんがやっぱり悔しいって再戦を申し込んだのよ」
まさか小和香様がと思う和香様が、ぐるりと頭を巡らせて小和香様のことを見ると、そっと視線をどこか余所に向けようとしているのだった。
「珍しいな、小和香がそこまで勝負に拘るなんて?何かあったん?」
すると小和香様は照れ臭そうにしながら弁解の言葉を語るのだった。
「あのう、最初に試合をした時に、丁々発止とボールをやり取りするのが、なんだかもの凄く楽しくって…。わくわくどきどきして、その思いが止められなかったんです。それで再戦したいって言ったのですけど、やっぱり一人では全く刃が立たなくって、令子さんと拓也さんが助っ人をして下さったのですけれども、結局はこう…」
そう言う小和香様に失笑を禁じ得ない雨子様が言う。
「普段冷静な小和香にしては珍しいことよの。それで楽しかったのかや?」
すると小和香様は顔中を笑顔にして返事をする。
「はい!」
しかしその後に何とも複雑そうな顔をしながら言う。
「けれどもこの、何と言うのでしょうか、令子さんの言うところの筋肉痛?これが酷くって…」
「筋肉痛?」
少し良く分からないと言った感じで和香様が問い返す。
それを見た雨子様が苦笑しながらその意を説明する。
「人の身はの、ある程度以上に激しく使用すると、その度合いに応じて筋肉に痛みを感じたりするのじゃ」
その説明に和香様が不思議そうな顔をしながら小和香様に言う。
「そやけど小和香、そないに痛いんやったら、何で神化せえへんの?したらあっという間に痛みから解放されるんとちゃうのん?」
すると小和香様が珍しく少し口元を尖らせて言う。
「折角人と同じ身体を持ち、同じように身体を使って、人の楽しみを楽しんだのですから、その後のことも人として経験したいって言うか、この痛みや不快感すらも自分のものだって思うんです…」
それを聞いた和香様、良く分からないと言った風情で雨子様の方を向く。
「雨子ちゃんには小和香の言うてること分かるん?」
そう問いかける和香様に、穏やかな笑みを浮かべながら返事をする雨子様。
「そうじゃの、ある意味、以前和香が神化しとう無いと言ったことと似通って居るが…」
「けどな雨子ちゃん、あれはどちらかというとその、甘美な部分があるやんか?そやのにこれは痛いんやで?何で痛いのに…」
そう言う和香様に苦笑する雨子様。
「その答えはの、ほれ、そこに転がって居るであろう?」
言われて和香様が視線を向けると、そこには先程から伸びたままになっている令子が転がっていた。
「小和香はの、そこな令子と一緒に思いっきり遊んで楽しんだ。多分本当に楽しかったのじゃろうな?だからこそ今は令子と、その痛みを分かちおうて居るのじゃろう…」
そう言いながら雨子様が小和香様のことを見ると、彼女は恥ずかしそうに俯くのだった。
「私はそんなところまで一緒にしなくても良いのよって言ったのよ?でも…」
畳の上に転がったまま、何とも申し訳なさそうにそう言う令子。
だがそんな令子に直ぐに小和香様が反論する。
「だって、一緒に遊んで楽しくって、その後、令子さんだけが辛くて、私だけがのほほんとしているなんて、嫌だったのです」
そう言う小和香様のおつむを良々と撫でながら雨子様が言う。
「のう和香よ、仲良きことは良きことじゃのう?」
こうやって説明を受けて、なるほどと合点の行った和香様は、同時に少し羨ましいなと思ってしまうのだった。
そんな和香様の傍らにそっと雨子様が近付く。そして和香様だけに聞こえる様な小さな声で言う。
「和香には我が居るでは無いか?」
はっと目を見開き雨子様のことを見つめる和香様。
そしてすとんと胸の奥に落ちた思いをしっかりと噛みしめると、本当に嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
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