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天露の神  作者: ライトさん
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「思い」


 一時押し寄せた小者達の下敷きになるなどして、収拾不能になりかけていた卯華姫様ではあるが、次郎の仲介による調整なども有り、なんとか無事に力を分けて上げる体勢を取ることが出来た。


 しかしさすがに寝起き直ぐの卯華姫様一柱のみでは心許ない為、その背後に雨子様が付いて神力の補完をすることにする。


 一時こそ、恨めしく雨子様のことを見ていた卯華姫様なのだが、今は黙ってこうやって手伝いをしてくれることを、心底本当に有りがたく思うのだった。


「はいはい並んで並んで」


 大きく目を剥く宮司の前で、和香様が幼稚園の保母さんよろしく、小者達の順番整理を行っている。


 そんな中、卯華姫様より力を頂いた小者達が、元気にその場から次々と離れて行く。


 やがてに全ての小者達が散って行くと、やれやれと力尽きた卯華姫様がその場に伏してしまうのだった。


 だがそんな卯華姫様に雨子様が言う。


「卯華姫よ、未だ休むには早いぞ。分霊の居らぬ其方、せめても環の代わりを早く見繕わねばならぬぞ?」


 確かに言われてみればその通りなのである。なまじ付喪神のようなものを代理としていたが為に、失い、その後のことで困るような羽目になっているのだ。


 勿論世間には遥かに力の大きな付喪神も居るには居る。がそう言ったものは神に属する時点で、既にほとんどの場合分霊となっていることが多いのだった。


 一般的に付喪神達は神の眷属となることで、付喪神から小者に成り、更に昇格することで分霊になる。そして分霊になると、大きな力と権限を与えられることとなるのだった。


 たらればで物事は語っても仕方が無いのだが、もし環が分霊であったなら、恐らく社と共になど、そうは簡単に燃やされてしまうことは無かっただろう。


 加えて説明するならば、更に大きな力と権限を分け与えられた特級分霊とも成ると、神とも見なされるように成り、その先は主たる神との関係性により、様々な形を取っていく。


 因みに小和香様は、現在和香様の妹神と言うことになっている。


 話が脱線してしまったのだが、その卯華姫様、次点となる次郎の存在を見つめながらも大いに首を捻られる。


「なんか悩んどるみたいやけど、どないしはったん?」


 何とも端で見て直ぐに分かるほど、困惑し切っている卯華姫様を見て、和香様がそう声を掛ける。


「うちねぇ…多分さぼっとったつけが来とるんやろねぇ」


 そう言うと大きな溜息をつく卯華姫様。

その様を見て一体どうしたのだろうと疑問に思った祐二が雨子様に聞く。


「雨子さん、卯華姫様は一体どう成されたのですか?」


「あやつはの、今まで小者共を育ててこなかったせいで、筆頭の環を失った今、次なるものを決められずに困って居るのじゃ」


「次郎では駄目なのですか?」


 祐二がそう聞くと、雨子様はぽりぽりと顎の下を掻きながら言う。


「確かに力を与えるだけなら簡単に出来るのじゃ。じゃがそれだけでは残念ながら格が整わん。格を整える為には今少し知性が無いとの。ところがこの知性というのが厄介で、しっかりと神と係わっていったとしても、今日明日に出来るようなものでは無いのじゃな」


「それはまた困ったことですねえ」


「全くじゃ、話を聞くに、失われた環にはその格が十二分にあったようじゃ。卯華姫がきちんと将来のことを考え、分霊にしておいたならば、此度のようなことも防げたであろうの」


「そうなんだ、何とも悔やまれるし惜しまれる存在だったのですね」


 そこまで言ってきて祐二はふと首を傾げる。


「ところでそう言う雨子さんには、小者や分霊は居るのですか?」


 そう言う祐二に雨子様はぽかんと口を開ける。


「何を言うておるのじゃ、一応ではあるがユウや小雨、ニーと言った存在は我に属して居るでは無いか?」


「でもなんて言うか、彼らって雨子さんに使えているって言うイメージがあんまり無いから…」


「言われてみればその通りかも知れぬの。ユウは七瀨に寄り添う付喪神のようなものじゃし、小雨は葉子の守護扱い。ニーに至っては、和香の元で働くものとなって居るでの」


「純粋に自分に仕える物は作らないの?」


「そうじゃの、しかし今の我は其方の家に居候する身の上、妙に小者の存在があっても鬱陶しいばかりであろ?それにの、我には行く行く夫神となるものが居てくれるでは無いか?」


 そう言い終えると祐二の腕にしがみつき、むふうと笑みを浮かべる雨子様。


 そんな一柱と一人を見ていた和香様、またまたいちゃついているとぶつぶつ小さな声で文句を呟きながら、一方で悩み続けている卯華姫様のことを見ていた。


 だがこちらの方はどうにも解決策を見いだせないようだった。

仕方無く和香様は、未だ祐二にしがみついている雨子様に言う。


「なあ雨子ちゃん、自分とこ仲ええのは分かるけど、今は卯華姫ちゃんのこと少しは考えたってえな」


 そう諫められた雨子様、少し口元を尖らせつつも、こればかりは仕方無しと祐二の腕を離れて思案に入るのだった。


 しかし次郎を見つめ、その次郎をどうこうと考えている限りでは、どうにも埒があきそうに無いのであった。


「やれやれどうしたものかの…」


 さすがの雨子様も頭を抱えていると、和香様が近寄ってきて言う。


「何や、うちらの知恵袋の雨子ちゃんでもあかんか?」


 そう言う和香様のことを胡乱うろんな目つきで見ながら雨子様が言う。


「和香は一体我のことを何じゃと思うておるのじゃ?いかな我とて無から有は生めぬぞ?」


「そやけどそこをなんとかするのが雨子ちゃんの役どころやんか?」


「うむむむ、むちゃくちゃなことを言いおって…」


 そう言いながら雨子様は、そして和香様までもが祐二のことをじっと見る。

当然のことながら、急に視線を向けて来られて慌てるのは祐二の方だった。


「ええっ?そんないきなり視線を向けてこられて、僕に一体どうしろと仰るのですか?」


 そう言う祐二に和香様が笑いながら言う。


「そうは言うけどな、知恵なら雨子ちゃんやけど、とんちなら祐二君!そう言うところあらへんか?」


「いやいや、一体どこからそんな話が出てくるのですか?僕にそんなとんちなんか有りませんよ?」


 そう言いつつ失笑してしまう祐二、だがその笑いも途中でつと止まり、何事か考え始めた風なのだった。


「あれあれあれ?なあなあ雨子ちゃん」


「どうしたというのじゃ和香?」


 そう言う雨子様に、祐二のことを指差した和香様が言う。


「どうしたもこうしたもあらへんで、見てみ、なんか知らんけど祐二君が、またもの考え始めたみたいやで?」


「む?これは?」


 二柱して色めきだち始めたところで、ふと我に返った祐二が雨子様に問う。


「ねえねえ雨子さん」


「何じゃ祐二、何か有ったのかや?」


「雨子さん自身の手で、卯華姫様にユウ達みたいな人工分霊を作って上げる訳には行かないの?」


 すると雨子様は少しばかり苦い顔をしながら言う。


「勿論それも考えないでは無かったのじゃ。しかしのう、あれをやるには我のかなり深いところまで繋げなくては成らぬ故、他の神の物を作るのは何とも居心地が悪いというか…、なんとは無しに浸食を受けて居るようで、嫌なのじゃ」


「でも小和香さんにも何か作って上げていましたよね?」


「あれは仕組みを作って付与しただけのことじゃったから、何と言うことも無いのじゃ。そう言う意味ではユウもニーも同様じゃな?ただ唯一小雨が異なって居る。まあで有るが故に我が名の一字を取った名を与えたのではあるが…」


 そこまで言った後、俯きながら何事か口のなかでもにゅもにゅと言い淀む雨子様。


「どうしたの雨子さん?」


 そう言いながら身を屈め、下から雨子様のことを見上げる祐二。


「もし、もしじゃな祐二…」


「もし何ですか雨子様?」


 普段の雨子様らしからぬ感じで、もじもじとしているのを見た祐二は、黙って彼女が話し出すのを待つのだった。


 暫くの間逡巡していた雨子様なのだったが、やがてに小さな声で話し始めた。

 

「我はの、怖いのじゃ…」


「何が怖いというのです雨子様?」


 祐二は不安げな様子の雨子様のことを見て、出来るだけ穏やかに優しい言葉でそう聞いた。


「我は、其方を好いてから以降、ずっと恋をし続けて居る。そしてこの恋という感情が傍目で見ている以上に不安定で、脆いものじゃと実感して居るのじゃ」


 今一つ雨子様の抱く不安を良く解していない祐二が、尋ねるように言葉を返す。


「僕が雨子様のことを好きで無くなるとか?」


 だがその問いに対して雨子様は、小さく歯を見せて笑いながら言う。


「いや、其方の思いはここに来て寧ろ深く固くなってきて居るのを感じて居るから、不安には思うて居らぬ。じゃがの、問題は我自身なのじゃ。まさかここまで不安定なもので有るとは知らなんだ…、そして甘美なもので有るとは…」


 そこまで言うと雨子様はじっと祐二のことを見つめる。


「勿論少しばかり変化が有ったとて、我がそなたを好く気持ちは変わらぬ。ただの、この不安定な甘美さ…これを失いとうは無いのじゃ。全く人の女子おなご共はどうして当たり前のように恋をして居られるのかのう?」


 そう言うと切なさそうに、そして心細そうに笑みを浮かべてみせるのだった。


「成る程、そないなことがあったんやね?」


 突如として傍らから言葉を挟んだ和香様の存在に、ぎょっとし、その後顔を赤らめる雨子様。


 そして恥ずかしそうにしつつも正直に頷いて見せるのだった。


「可笑しいであろ?永遠に近いような時間を不変で過ごしてきて居るにも係わらず、ここに来て僅かな変化に怯えて居るのじゃ」


 そう言う雨子様の元に近付くと、和香様はそっとその身を抱きしめて上げるのだった。


「心配せんでもええ、うちも手伝うから。うちもほんの少しやけど、雨子ちゃんの気持ち、分からへんでも無いから…」


 そう言うと和香様はほんの一瞬だけ、祐二に視線を走らす。


「しかしそうは言っても、卯華姫のこの窮状をなんとかしてやりたい気持ちもあるのじゃ…。それでの祐二、ことを行うに当たって、一つ頼まれてはくれぬかや?」


 そう言いながら雨子様は、和香様の優しい抱擁の中から身体を解き放つ。


 色々と悩んだ末に、それでも何事かを行おうとしている雨子様。そんな雨子様の思いを汲んだ祐二は、自分で出来る範囲ならと、彼女の手伝いをすることを心に決める。


「それで僕は何をすれば良いの、雨子さん?」


「我一人で卯華姫と心を交えるのは怖い。その理由はさっき言った通りじゃ。そこで祐二、予め我と心を交えていてはくれぬかの?」


 祐二はかつて雨子様の心に入った時のことを思い起こしながら聞く。


「それは以前、雨子さんの心に入った時のようにすれば良いの?」


 すると雨子様はゆっくりと頭を横に振った。


「あれはお互いに心に入り合ったとは言っても、ほとんど偶然みたいなもので、同調された部分は本当にごく僅か、言うほどのものでも無かったと言うべきじゃろう」


 そう言う雨子様の言葉を真剣に聞きながら、祐二は更にその続きが喋られるのを待つのだった。


「恐らく今回、我の望みの通りに繋がれば、それぞれの心中に於いて、互いに理解の及ばぬ知識や言語化出来ぬ感情はともかくとして、言語化出来てしまう情報はほとんど全て赤裸々になってしまう…」


 そう言うと顔を真っ赤にして俯いてしまう雨子様。

一方、その意味を理解し始めた祐二自身も、これまた次第に顔を赤らめていく。


「うわぁ~~~。もしかしてそれって滅茶苦茶恥ずかしい?」


 下を向いたままこくりと頷く雨子様。


「でも卯華姫様を助けて上げたいんだよね?」


 再びこくりと頷く雨子様。

その反応を見た祐二は大きく一回深呼吸をする。


「ならやるしか無いよね?」


 祐二のその言葉に驚いたように顔を上げ、目に一杯の涙を溜める雨子様。


 それを端から見ていた和香様が、口の中で呟きながらそっと横を向く。


「こんな雨子ちゃん、胸が痛うてもう見てられへん…」


「分かった、二人で頑張ろう?」


 そう言う祐二の元に歩み寄ると、そっとその胸板に頭を預ける雨子様。

そんな彼女のことを励ますかのようにゆっくりと力を込めて抱きしめる祐二。


 二人の思いとは別に、少し離れたところで動きが生じる。


 何時の頃からか、自分の為に悩んでくれている二人のことを、じっと見るようになっていた卯華姫様。そこまでの思いをしてまで何故とも思い、「もう良い」と声掛けして断ろうと手を上げ掛けたのだ。


 だがその手は、傍らから来た手に寄ってそっと抑えられるのだった。

見るとその手は宮司のものだった。


 宮司はまず神の手、卯華姫様の手を持ってしまったことを謝る。


「申し訳御座いません卯華姫様、御手を汚してしまいまして。しかしながら…」


 そう言いつつ宮司は更に言葉を続ける。


「あの方達のあの思い、お断りすべきでは無い、そう申し上げたく思います」


「そうなのですか?」


 卯華姫様は申し訳なさそうに小さな小さな声でそう言う。

対して宮司はゆっくりと頷きながら言う。


「雨子様の、そして祐二君の並々ならぬ決意を思うと、今此処でお断りするのは、逆にあの方達の思いを壊すものでは無いか?その様に思うのです…」


 いつの間にかその直ぐ側にまでやって来ていた和香様が、宮司の言葉を支援する。


「うちもそう思うで…」


 そして和香様は明るい笑顔を浮かべて見せると、卯華姫様の肩をそっと叩きながら言う。


「恩に感じるなら恩に感じたらええやん?その分何時かあの子らに返したったらええ、それだけのことや!」


 和香様のその言葉が静かに卯華姫様の胸にしみいり、すとんと有るべきところへ落ち着く。


「そうなのでしょうか…ええ、きっと、きっとそうなのでしょうね…」


 そう独り言ちすると、未だ抱き合っている二人のことを、静かに見守る卯華姫様なのだった。



大変遅くなりました。

昨日の分もたっぷりと!


そうそう、ご評価を入れて頂きありがとうございます

とっても励みになります^^

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― 新着の感想 ―
神様達と人々の日常を重々しい感じではなく、時に笑いを含んでいて 楽しんで読ませてもらっています。 七瀨、ユウ、小雨、ニー達の登場がもう少し増えればと これからも良い物語を期待しています。
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