「耳障り」
皆の要望によってなんとか無事?服を着終えた卯華姫様。尤も着たとは言ってもゆったりとした布を纏っただけの、言ってみれば古代ギリシャのトーガ風お召し物。
余りにゆったりとしているので、少し身を屈めたりしようものなら、見えてはいけないところが見えそうになる。
しかも少しばかり福与かと言うか、ふっくらというか、豊満なお体なので、自然布の合間から溢れそうになる。
「祐二!」
雨子様の少しきつめの声と共に、哀れ祐二は耳を引っ張られて、雨子様の反対側へと移動させられるのだった。
「痛たたた、僕が一体何をしたと言う…」
だがぷりぷりとしている雨子様に、そんな祐二の声は届かない。
「何でも良いのじゃ、其方はこちら側に居れば良いのじゃ!」
もはや否応無しなのであった。
「いくら何でもあないに強引に引っ張ってかれたら、ちょっと気の毒になってしまうやん?」
苦笑しながら和香様がそう言うと、実におっとりとした調子で同意する卯華姫様。
「ほんまやね~。なんぼ何でも少しお気の毒や思いますわぁ」
騒ぎの張本人は、それが自分のせいで有るとは全く考えずに、実に優雅に笑みを浮かべながら、祐二のことを気の毒がるのだった。
「くくくっ…」
くぐもった様な声がするので、そろりと卯華姫様が振り返ると、そこには口元を抑えた宮司が顔を伏せていた。
その宮司の顔を見るや否や、卯華姫様は頤に指を当てて何やら考えている風。
やがてにぽんと手を打つと、「そうだそうだ」と言い始めるのだった。
「なあ宮司さん、自分もしかして遠山さんと違いますやろか?」
突然に自分の名を呼ばれた宮司は、驚愕の余り目をまん丸にする。
「…」
そして黙したままに頭を振ると、卯華姫様は手を打って喜ばれるのだった。
「そうかそうか、遠山さんやったか…」
その言葉に宮司は涙を浮かべながら言う。
「卯華姫様…、私が未だ若い頃に、二、三度お目にかかっただけなのですが、覚えて頂いておられたのですね?」
「そうやね、忘れてへんよ。一本筋の通った気丈そうな子やったと、覚えてはいるのだけれども、偉いまた年を拾うてしもうたのやねえ」
「それは…それは私も人の子で有りますからなぁ」
そう言うと泣き笑いで顔をしわくちゃにした宮司は、今更のように深々と頭を下げるのだった。
そんな宮司の所へそっと歩み寄ると、卯華姫様は良し良しとばかりにその頭を、愛おしむように撫でて上げるのだった。
「ところで遠山さん、うちの使いの環がどうなったか知ってはらへんか?」
そう問われた宮司は、懐から布を出すと顔を拭い、静かに申し述べるのだった。
「環様は儚く成られました」
その言葉を聞いて息を飲む卯華姫様。
「うちが寝とう間に、一体何が起こった言うですやろね?」
問われた宮司は顔色を暗くしながら言い辛そうに口籠もる。それに未だ和香様の方からは、詳しく語れるほどに話を聞いていないこともある。
その様子を見て取った和香様が、話しの後を引き受けるのだった。
「それがな卯華姫ちゃん、実は…」
そうして和香様は、これまで何件もの無人無神の社や祠が、何者かの手に寄って燃やされていること。
それを調べる為に小和香様の方から全国の関係者に手配して、出来る限り多くの社に小者を配し、注意喚起するように伝えたこと。
結果、元居神社近郊の社が燃やされ、その際に環と呼ばれる小物が一緒に燃やされてしまったことなどを、掻い摘まんで話して聞かせたのだった。
「何と環がそないなことに成りはったのですか…」
悲しげに顔を歪めると、袂でそっと目を拭う卯華姫様なのだった。
そんな卯華姫様に、慰めるように何事か言葉を掛けながら、更に和香様は説明を進める。
そして次郎と呼ばれていた小者に、卯華姫様を起こしてくれと言われてここに来たのだと言うと、早速に彼女はその次郎を呼び出すのだった。
「次郎!次郎は居りはります?」
すると建物の外から「おおっ!」と言う叫び声がしたかと思うと、例によって葱坊主そっくりの、深草色した小者が転がり込んできたのだった。
「卯華姫様ぁっ!」
そう叫ぶと卯華姫様にしがみつき、泣き崩れているらしき次郎。何せ目が一体どこにあるのか分からないものだから、頭頂部にある口から漏れる声音からしか判断のしようが無いのだった。
そんな次郎のことを優しく抱きしめ、慰めに掛かる卯華姫様。
すると周りからずるずると妙な音が聞こえてくるものだから、何事と周りを見渡してみると、どうやら次郎に続く多くの小者達が、少し離れたところで固まって立ち尽くしている。
そしてどうやら次郎同様に泣き、洟を啜っているらしいのだ。
「ズズズズズズズ…」
いや、何と言うか、余り耳に聞こえが宜しくない音が、それはもう沢山!
「ええい、やめんか!」
悲鳴のような声を上げる雨子様。両手で耳を押さえて蹲っている。
和香様はと言うと、何とも逃げ足速く、どうやらとっくの昔に本殿の外へと退避してしまっている。
お陰で話しの続きを始めるのは、暫く先のことになってしまうのだった。
ちょこっとお待たせしました




