「神鏡」
ある意味とんでもない追いかけっこが終わり、そこにはばてばてに成った和香様と、意気軒昂としてガッツポーズを取っている雨子様が居た。
「ちょっと待ってや雨子ちゃん、自分なんでそないに元気やねん?」
悔しそうにそう言う和香様に雨子様が言う。
「和香も学校に行けば分かるのじゃ」
怪訝な顔をして和香様が問い返す。
「はぁ?学校?」
「そうじゃ、学校の体育の授業でマラソンをさせられたり、運動会…いや、高校では体育祭じゃったな、それでの徒競走などに出ねば成らぬと有れば、自然足も速くなろうと言うものじゃ」
「ふぁ~。何の特別な力も使うこと無く、まじで速いんやから参るわなあ」
そこへ祐二が笑いながら口を挟む。
「実際、雨子さんは体育祭のリレー選手に選ばれた時、放課後残って随分練習してましたからね。その時は練習の効果があったのか、めきめきと速くなっていて、結局アンカーを走っていましたから…」
「なあなあ祐二君、そのアンカーって言うのは何やのん?それにリレーって?」
「えっとですね、リレーは複数人がチームを組み、ある一定の距離を次々と人を入れ替えて走りきる競技で、アンカーって言うのは一番最後に走る人を言う言葉なんです。そして大体アンカーに成る人は、そのチームの中で走るのが一番速い人が成ることが多いですね」
その説明を受けた和香様は目を丸くした。
「何やのんそれ?と言うことは雨子ちゃんはめっちゃ速い言う事やんか?」
「まあそう言うことですね」
それを聞いた和香様は、ぐにゃりとへこたれる。
「道理でなまじっかな気の力を使っても直ぐに追いつかれる訳や…」
和香様はやれやれと言った感じで頭を振ると、意識を切り替えて宮司に言った。
「ごめんしてや宮司さん、何や他事ばっかりしてしもうて」
だが宮司は文句を言うどころかとても嬉しそうに笑みを浮かべながら言う。
「とんでもございません和香様。むしろ私は嬉しゅうございます」
宮司のその言葉に和香様は不思議そうな顔をして聞く。
「嬉しい?それはまた何でやのん?」
対して宮司は丁寧に自分の思いを説明して見せるのだった。
「私どもにとって神様とは、それはもう、いと高き処に居られる存在。中でも和香様ともなれば遙か雲上と言うことで、ただもう畏怖の思いしかございません。ですからその様な神様が、果たして我ら人間のことをどのように見、思われて慈悲を下されて居られるのかと、時に思うことがあったのでございます」
「成るほどのう」
ただ黙って頷く和香様の横で、雨子様がそう言葉を返すのだった。
雨子様の言葉を受け取った宮司は微かに頷きながら、更に言葉を紡いでいく。
「けれどもこうやって、我ら人間と変わらぬようなところをお見せ頂いたことで、こう申し上げてはお怒りに成られるかも知れませんが、何と言いますか、その、ほっと安心したのでございます」
「安心したとな?」
宮司の言葉に興味津々と言った感じで雨子様が言う。
「はい」
そう言うと宮司は満面の笑みを湛えた。
「我らに慈愛を下さる神様方は、ちゃんと我らのことをご存じなのだと…」
和香様と雨子様は、宮司のその言葉を聞くと顔を見合わせた。
「のう和香よ、この者のこの思い、何と言えば良いのかの?」
「ほんまやね、うちらとしてはそんな風に言われたらなんかそのう…」
「嬉しい様な、こそばいような…」
「ほんまそう思う、おおきにな宮司さん。そうやって言って貰えるのごっつ嬉しいで?」
和香様にそう言われた宮司は、何も言わずゆっくりと頭を下げるのだった。
「言うて、未だ未だ至らん処ばっかりやねんけどな?それもこれから祐二君や令子ちゃんと言う存在が居ったら、また色々変わっていくことも有るやろうな?」
和香様の口から、また新たな名前が出て来たことにおやと思いつつも、宮司はそれ以上口に思いを出すこと無く、やがて彼らは本殿入り口に辿り着いたのだった。
「和香様、雨子様、祐二殿、こちらが卯華姫様御寝所に通ずる、ご神体の鏡でございます」
そう言うと宮司は本殿中央に祀られている、一面の神鏡の場所へと案内した。
「ちゃんと卯華姫ちゃんの波動感じられるんやけど、弱いなあ。これ、本気で寝とると言うか、ちょっと起こさんとやばいかも知れへん…」
そう言う和香様の顔は、昔からの友の安否を気遣って、どこか心細そうなものと成っている。
それを見た雨子様が、和香様の背に手をやると、優しくぽんぽんと叩いて上げるのだった。
気が付くと祐二までもが和香様の傍らに立って、同じように心配顔をしている。
そんな二柱と一人の姿を目に、宮司はそっと膝を折り、卯華姫様の無事を願うと共に、この三方への感謝の念を捧げるのだった。
お待たせしました
短いですが切りが良いところなので……
暖かくなって来つつありますねえ




