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天露の神  作者: ライトさん
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「火事の現場」


 一服の冷たい麦茶と、一陣の涼風、そして穏やかな休憩時間が有れば、疲れた身体も随分元気になるものだ。


 倒木の上に腰を掛け、やれやれと寛ぐ様の雨子様。


 ふわりと吹く風の感覚にそっと目を閉じ、静かに呼吸をしながらじっとしている。

まるでそのまま、今居るその空間に溶け込んでしまうのか?輪郭がうすらと消えゆく様な、そんな感覚を醸し出している。


 傍らにいながらそれを見て、ふと不安を感じてしまった祐二は、そっと雨子様の腕を掴む。


 腕に掛かる祐二の手の感触。それが雨子様の意識を夢から現に引き戻す。


「どうした祐二?」


 不安な思いの中に、頑是無い童のような表情を浮かべる祐二に、雨子様は優しく微笑みながらそう問いかけるのだった。


 祐二は未だ消えない心の奥底の揺らぎに、何とも頼りない思いを感じながら、素直に言葉を口にする。


「雨子さんが、雨子さんが消えて無くなってしまいそうで…」


 その言葉を聞いた雨子様は、つとその場で立ち上がると、隣に座っていた祐二の頭をそっと抱く。


「我が其方一人を置いて、どこかに消えてしまうことなどあり得ぬことよ。今の其方は、我にとってその命にも等しい存在なのじゃ…」


 そう言うと雨子様は更にきゅっと力を込めて祐二を抱きしめ、その頭頂に優しく口付けするのだった。


「雨子さん、汗かいているのに…」


「かまわぬ…」


 さすがの和香様も、この二人の今の雰囲気を崩すのは気の毒に思ったのか、愛しげな笑みを浮かべつつじっと見守るようにしている。


 しかし災いというものは、思いも掛けぬ所からやって来るものだった。


「ううううううっ!」


 二人の甘い雰囲気を引き裂くかのように、なんとも不調法な泣き声が辺りに響いてきた。

驚いた和香様が見ると、それは先ほどまで案内役に徹していた次郎からのものだった。


「じ、次郎君?一体君何やのん?急に泣き出したりして?」


 そう言いながら雨子様の方はと見ると、祐二の頭を抱えたままそっぽを向いている。

その様を見るに、おそらくは迂闊にも他者の存在を忘れていたのだろう。


 だがそれはともかく次郎である。


「その様にお優しき神の愛、見ておりましたら姫のことが思い出され…」


 そう言ってはさめざめと泣いているのだった。


「いや、泣くんはええんよ、泣くんは。けど時と場合は考えんと…」


 そう言いながら再び和香様が雨子様達の方を見ると、既にそこには普通を装った二人が居るだけ。つい先ほどの甘酸っぱい雰囲気など面影も無いのだった。


 和香様は大きく溜息をつくと雨子様に向かって言う。


「ごめんな雨子ちゃん?」


 別に和香様が悪い訳では無いのだが、照れ臭そうに頭を掻いている祐二のことを見ると何だか不憫で、ついつい謝ってしまったのだった。


 その辺のこと、雨子様もちゃんと分かっているので一切文句は言わない。しかしさすがにほっぺが膨らむことだけは抑えようが無いのだった。


 和香様はそんな雨子様のことを見ながら苦笑しつつ、そろそろ出発することを告げる。


「うん、もう十分休んだから、そろそろ行こか?次郎、頼むで?」


 和香様にそう催促された次郎は、未だ何事かをぐじぐじと口にしているのだが、それでもまた身軽に道を辿り始めるのだった。


 さてそれから四半時ほど歩いただろうか、え?っといった感じであっけなく現地に到着したのだった。


 山腹の中央付近に少し開けた平らかな土地があり、そこに黒々と焼け落ちた社の跡が残されているのである。


「むぅ、見事に何も無くなって居るの?」


 辺りを見回しながら雨子様が言う。

正に雨子様の言うとおりで、石で出来た基礎が有るからこそ、そこに建物があったと分かるだけで、木質部は驚くほど綺麗さっぱりと消失している、


 その場所から、一部白くなった炭の欠片を拾い上げながら雨子様が言う。


「のう和香よ、これはただの火事で燃え尽きたと言うには無理があるの」


 そう言われた和香様もまた、燃え跡のあちらこちらを検分しながら、雨子様の言葉に応える。


「ほんまやね。当たり前の火事やったら、ここまで均質に燃え尽きることは無いと思うわ。それに環とか言う小者かて、燃え尽きてはかのうなってしまうことも無かったと思うで?」


 雨子様は、和香様のその言葉に大きく頷くと、手近にあった木の枝を拾い、付近の地面に呪を書き込み始める。


 それを見ていた祐二が和香様に尋ねる。


「和香様、雨子さんは一体何を始められたのでしょう?」


 すると和香様はにこりと笑みを浮かべながら言う。


「まあ見ててみ祐二君、いよいよ雨子ちゃんの本領発揮や。雨子ちゃんはああやって此所の土地の場に干渉して、何が起こったのかを知る為の何かを探そうとしてるんや」


 何の迷いも無く地面に記号を書き込み、書き終えたかと思うと端をとんと叩く。

するとその呪は、一瞬光ったかと思うと消え、消えて何もなくなったところにまた新たな呪を書き込むのだった。


 そうやって書き込むこと数度、最後に雨子様の「良し!」と言う言葉が掛かると、その場に多層構造の美しい呪の文字列が浮かび上がるのだった。


「凄い!」


 祐二が感動してそう声を上げると、何故か和香様が嬉しそうに言う。


「やろ?やろ?こう言うのやらしたら雨子ちゃんは誰にも負けへん、一級品やねん」


 祐二はそう言う和香様に問うた。


「和香様は為さったりはしないのですか?」


 すると和香様は少し困ったような顔をしながら答える。


「う~~ん、まあ出来へんことはあらへんのよ?そやけどもっと呪が大がかりになるし、複雑にもなる。と言うことは余分にようけの精のエネルギーを消費することにも成るんよ。どうにもこうにも効率が悪いねん」


 そう言いながら和香様は、その呪の集積物から色々な光る記号が飛び出しては、雨子様の元で消えていくのを見つめていた。


「ほんまやったら論理的に言っても同じものが作れるはずやねん。そやけど違う。色々見るに雨子ちゃんは、その地における基本情報をうちらとは異なった方法で取得して、より精密に細かく、そこに合ったように呪を再構成してるらしいねん。やっぱりその辺、知の神やなって思うわ。文殊の爺様も一目置くの良う分かるわ」


 そうこうする内に、雨子様は何かの情報を得ることが出来たのだろう、和香様に何やら目配せをしてくるのだった。


「どないしたん雨子ちゃん?」


「うむ、何とか解析を終えることが出来たのじゃ」


「それで?」


 真剣な表情で雨子様の答えを待つ和香様。


「うむ、やはり何者かの干渉が合ったのは間違いなさそうじゃ。だがその者についての詳しい情報を得るまでには至らなんだ。そう言った情報を得るには些か時間が経ちすぎていたようじゃの。じゃがそれでも分かったことが有る」


 そう言うと雨子様は火事場の一角へとゆっくりと歩を進めるのだった。

そして未だ僅かに燃え残っている残骸の中から、何か白く光るものを探し出したのだった。


「何やのんそれ?」


 和香様が、雨子様の手に持つそれを、目を細めながら見つめている。

そんな和香様にひょいとその物を手渡す雨子様。


「おそらく鱗のようじゃな?独特の波動から見るに、魚でも無ければ龍でも無い、間をとって蛇とでも言うところかの?」


 そう言われた和香様は、改めてその鱗とおぼしき物をしげしげと間近に見てみるのだった。


「ほんまやな。結構な力を持っとるけれども、今一つ龍には足らん。となるとやっぱりあれかなあ?」


 そう言葉を発する和香様のことをじろりと睨む雨子様。


「確信とまでは行かぬのじゃが、まず間違い無いような気がするの。何よりもほんの僅かではあるが、隗の精の片鱗のようなものを感じるのじゃ」


 その言葉に和香様は目を剥いた。


「何やて?そしたらもう間違いあらへんやん?ある意味それだけ分かったら十分やんか?」


 だが雨子様は、そう言う和香様に首を横に振ってみせる。


「いやいや、分かったとは言うても、相手がどう言う系統なのか程度のことだけで、それ以上何も分からんのだぞ?それで分かったと言えるのかや?」


「そこまで分かっとったら十分やと思うねんけどな。祐二君もそう思わへん?」


 だが祐二は答えを求められたものの、生憎と目を白黒させるばかり。


「和香様、いくら何でもそれを僕に同意しろというのは無理がありますよ?僕には何と言うか未だに何が何やらなんですから?」


 そう言う祐二のことをおかしそうに見つめながら雨子様が言う。


「ともあれ和香よ、これ以上のことは分からぬのじゃから、この地での調査はそろそろこの辺にして、いよいよ卯華姫を起こす方にかからんか?」


 すると祐二がそこに手を上げて発言を求める。


「何じゃ祐二、何か有ったのかえ?」


 そう聞く雨子様に、祐二は携帯の時間を指し示しながら言う。


「いえね、そろそろお昼の時間を過ぎつつ有るものですから、どこか良い場所でも見つけてお弁当にしたらどうかなと…」


「なら先ほど休んだところはどうじゃ?そう時間が掛かる距離でも無し、あそこであれば風も通って居ったからの?」


 すると、先ほど受け取った鱗とおぼしき物を、太陽に透かして見ていた和香様も賛成する。


「うん、あそこやったら座るところもあるし、ええんと違うかな?それにな今度は…」


 そう言うと和香様は次郎のことを招き寄せると何やら耳打ちをする。


「うん、これでもう大丈夫やで!」


 そう言って胸を張ってみせる和香様に、雨子様が怪訝な顔をして言う。


「和香よ、其方一体何を言うて居るのじゃ?一体全体何が大丈夫というて居るのじゃ?」


 すると和香様は満面の笑みを浮かべて返すのだった。


「そやからな、今度は自分らいちゃついても、誰も邪魔せえへんように…」


「和香ぁっ!」


 雨子様はそう言うと、脱兎の如く逃げて行く和香様の背中を、猟犬の如く追い掛けていくのだった。


 それを見送った祐二は一言。


「元気だなあ~」


「真にございますね」


 背後でそう言う次郎に目をやると、祐二は丸で弾けたように笑い始め、当分収まらないのだった。



いやはや・・・頑張った……つもりであります(^^ゞ

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