「道行き」
次郎を始めとする、数多くの小者達の切なる願いを聞いた和香様と雨子様。二柱は揃って互いの顔を見てしまう。
「これは…」
「こればかりは…」
「「聞き届けて上げねば成らんな」」
そうぼやく様に言うと、やれやれと溜息をつく二柱の神々。
そんな神の片割れ雨子様に、祐二が問う。
「その卯華姫様と仰る神様をお起こしするのに、どうしてその様に溜息をつかれて居るのですか?」
すると渋い表情をした雨子様の代わりに、苦笑した和香様が応えてくれるのだった。
「それがなあ祐二君、卯華姫ちゃん、あんまり寝起きが宜しく無いんよ」
和香様の口から思わぬ答えを聞いた祐二は、驚きの余りに、相応しからぬ音を出してしまう。
「へ?寝起き?が良くない?」
そして和香様の後を雨子様が継いで言葉を続ける。
「そうなのじゃ、実に宜しくないのじゃ」
それを聞いた祐二は、暫く前のことになるが、七瀨が雨子様のところに遊びに来ていた時のことを思い出した。雨子様曰く、彼女もなかなかに朝が弱かったらしい。
それで祐二は恐る恐る雨子様に聞く。
「それってもしかして七瀨くらい?」
その言葉を聞いた雨子様は一瞬宙を睨むが、直ぐに吹き出すように言う。
「むふぅ!七瀨など可愛いものじゃ。まあじゃがその様なことがあるものじゃから、皆が皆、卯華姫を起こしたがらん。お陰で想像以上の長きにわたり、彼奴は寝てしもうた訳なのじゃが、その結果がこれじゃ」
そう言うと周りに群れている小者達を指し示した。
「あっちゃ~~」
そう言う祐二のことを恨めしそうに見る和香様。
「あっちゃ~~やあらへんで祐二君。お陰でうちら今回は貧乏くじ引くことになるんや」
和香様がそう言い終える成り、二柱は揃って大きな溜息をつくのだった。
「うっうっうっ…」
はて、そんな二柱の間近で泣く声がすると思って見ると、次郎が地に突っ伏して泣いているのだった。
それを見た雨子様は何とも気の毒そうに言う。
「これ次郎、泣くで無い。何も其方を責めて居る訳では無いではないか?」
だがその優しい言葉が余計にその心に響いたのだろう、次郎はその場で激しく泣き始めるのだった。
泣く子と地頭には勝てないという諺があるが、今回は正にそれを地で行く感じとなった。
「分かった分かった、社の調査が終われば起こしに向かうから、もう泣くな」
とうとう雨子様の方が先に音を上げて、次郎とそう約束をしてしまうのだった。
それを聞いた有象無象の小者達は皆色めき立つ。
「聞いたか?」
「聞いたか?」
「聞いたか?」
「聞いたぞ!」
「聞いた!」
「聞いた!」
「聞いた!」
「主様を!」
「起こして貰えるとな」
「「「「「「うぉおおおお!」」」」」」
大喜びし始めた小者達は、皆でうねるように歩き始めるのだが、先に和香様から近寄るでないと言われてしまっているものだから、神様方を中心に渦を巻くように動くのだった。
「これは早いとこ調査終わらして、卯華姫ちゃん起こしに行かんと、偉いことに成りそうやな?」
そう言って前途多難とぼやく和香様のことを宥めながら、雨子様は次郎に向かって言う。
「それで次郎よ、そろそろ案内出来そうかや?」
当初よりそれこそが目的なのだ、それが適わない内から、卯華姫様の事云々などあり得ないのである。
次郎は身体を起こすと、その葱坊主頭のどこが目か分からない部分を擦りつつ言った。
「はい、承りまして御座います。不肖次郎、これより神様方を案内して参ります」
そう言うと次郎は先に立ち、神社の裏手の方へと歩き始めるのだった。
神々と祐二がそれに続くと、小者達は潮が引くようにその周りから離れていく。
二手にざっと引き分かれていく様を見ていた祐二は、昔見た映画の中で、紅海が割れていくシーンがあったのを思い出していた。そう言えば確かあれも神様がらみだったはず。
裏手から神社の境内を抜けると、やがてに彼らは山道へと入っていった。
その先に歩いて行っていた次郎はつと立ち止まると、振り返って言う。
「ここから約半時ほど歩いたところに、件の社の火事跡が御座います」
山中とあって鬱蒼とした木々の間の細道、周りからは凄まじいばかりの蝉の声がしている。
「こっこれはたまらん」
和香様が呆れ顔で耳を押さえている。
そんな中、葱坊主の次郎は軽い足取りでどんどん先へと歩いて行く。
後をついて行く者達は、木々に遮られて風が通らないだけで無く、割と急峻な坂道もあるものだから、既にもう汗みどろ。
中でも和香様は、普段人の身で運動をするような機会が無いせいもあって、見るからに気の毒なほどへばりかけている。
それを見てまずいと思った祐二は、早めの休憩を申し出るのだった。
幸いなことに少し歩くと開けた場所があり、そこには座るのに格好な倒木が有った。
「よっこらしょ」
そう言って座る和香様のことを見た祐二が吹き出してしまう。
「な、何吹き出してるねん祐二君?」
だが祐二は笑うばかりで何も言わず、そうやって笑いつつもリュックから水筒を出し、冷たい麦茶をなみなみと和香様に手渡すのだった。
だが祐二が言わずとも雨子様が言う。
「恐らく祐二はな、こう思うとるのじゃよ「お婆ちゃんみたい」」
それを聞いた和香様は、わなわなと震え始めてしまう。
「なんぼなんでもそれは酷い!」
だがそうやって機嫌を損ねかけた和香様なのだが、受け取った冷たい麦茶を口にし、一陣の涼風を肌に感じると、途端にご機嫌になるのだった。
お待たせしました。
些か寒すぎですよねえトホホホホ




