「小者と付喪神」
雨子様にまるで赤子の様に抱かれている次郎を見つめながら、祐二は和香様に聞いてみた。
「和香様、ちょっと伺っても良いですか?」
ところがその和香様なのだが、見ると小者達に囲まれ、なんだか難儀をしている様子だった。
「え、何?祐二君?」
わらわらと群がってくる小者達をそっと払いのけながら、困り顔をした和香様が、隙を突いて脱兎の如く走り、祐二の所へとやって来る。
「な?何をなさっておられるんです?」
和香様は祐二の後ろに回ると、その肩越しに手を振って、小者達を遠ざけようとしていた。
「しっし、こっちへ来るんやあらへん」
だが小者達はそんな和香様の願いなどお構いなしに、口々に何やら言いながら祐二の方へと向かってくる。
「ずるいのだ」
「ずるい」
「ずるい」
「ずるいのだ」
「何故に次郎だけなのだ」
「そうだ、どうして次郎だけなのだ」
「我らも堅う成りたい」
「我らも強う成りたい」
「我もだ」
「我も」
「我も」
「我も」
そう言いながら小者達がどんどん迫ってくる。
さすがの祐二もこの様子には閉口してしまった。
「うへ!和香様一体これはどうなっているんです?」
和香様はそんな祐二の背中に隠れながら言う。
「あいつらは、あの葱坊主が雨子ちゃんによって固められているのを見て、自分らもそうして欲しいって思てるんよ」
「あ、成る程、連中弱弱すぎて、何か有ったら簡単に消えかねないですものね。実際消えちゃった奴も居るみたいだし」
そこまで言っていた祐二は、本来聞こうと思っていたことを和香様に聞いた。
「でも和香様、この辺りの小者ってどうしてここまで弱体化しているんです?」
和香様はその問いに、相変わらず寄って来ようとする小者達を、そっと払いのけながら答えてくれた。
「それはやな、二つ理由が有るねんで?」
祐二もまた、小者達が寄ってくるのを優しく遠ざけながら言う。
「二つ?二つも理由があるのですか?」
そう言っている間にも、押し寄せる小者の数が次第に増えていく。
「そうなんよ、一つはこの地方の人口が昔に比べて大きく減っているって言うことやな?」
「人口が関係しているんですか?」
「そうやで、こう言った小者共はまあ元が付喪神なんやねんけど、世間一般の付喪神と、小者達の違いって何やと思う?」
「違いですか?」
和香様に問われた祐二は、暫くの間思案に暮れる、だが結局これと言った答えが見つからず、降参をするしか無いのだった。
「すみません、僕には分からないです」
そう言う祐二のことを見ながら和香様は言う。
「ああ、祐二君、分からへん言うて何も悄げることあらへんで?君らが一切知る機会の無いことやねんから、しゃあないねんで?」
だがそんなやり取りをしている間にも。押し寄せる小者達が増加している。
「これはもうあかんなあ」
和香様はそう呟くと、致し方無しとばかりに頭を振った。
「我が名に於いて命ず、十歩退くが良い」
和香様のその言葉を聞いた途端に小者達がぴたりと動きを止め、更にはぶるぶると震え始める。
「あ~~、しもた。加減したつもりやねんけど、それでも強すぎたかな?あのな君ら、のんびりゆっくりでええからね?」
和香様のその言葉が効いたのか、小者達の震えが収まり、外側に位置する者から徐々に離れたところへと移動し始めるのだった。
「やれやれ、これで人心地付けるわ」
尤もそう言いながらも和香様は、祐二の背中に張り付いたままなのだった。
そしてそのままで祐二に対して先程の説明をし始めるのだった。
「さっきの続きなんやけど、この連中と付喪神の違いというのはやな、うちら神と契約を交わしているか否かの差やねん」
「はあ」
それが一体どんな差違を生み出すことになるのか分からない祐二の返事は、別に気が抜けている訳では無いのだが、曖昧な言葉を返してしまうことになる。
そんな祐二のことを見つめている和香様は苦笑する。
「まあ祐二君はなんと言うても、未だ人やねんから分からへんはなあ」
するとそこへ作業終えたらしい雨子様が合流してきた。
「何やら妙なことになっている様なのじゃが、あれは一体何としたことなのじゃ?」
そう言いながら雨子様は、少し離れたところで大量に固まっている小者達を指差す。
「あれは自分がその葱坊主だけに施術するもんやから、我も我もと押し寄せて来たんを遠ざけた結果や」
「何とその様なことに?」
「その様なことにや有らへんで?それでその葱坊主の方は上手いこと行ったん?」
「うむ、間もなく目を覚ますであろう。っと、祐二は一体何をその様に難しい顔をして居るのじゃ?」
「難しい顔って…うわ、ほんまや。そんな顔しとるな?」
「酷いなあ和香様。和香様が問題に大して答えを教えてくれたものの、その意味が分からなくて未だ悩んでいるところだからですよ」
「あっと、そう言うことかいな。ごめんごめん。それで何やけど、元々付喪神は人の精を長らく受けたものが意志を持って変化するというのは知っとるよな?」
「はい、その辺りのことは…」
「それでな、そうやって付喪神に成った連中は、やろうと思ったらいくらでも無制限に人から精を奪うことが出来るねん」
その言葉を聞いた祐二は、以前にもそんな話を雨子様から説明されていたことを思い出していた。
「でもそんなことをされたりしたら、人間の方は堪ったものじゃ無いですよね?」
「そうやね、奪いすぎてしもうたら、場合によっては人が死んでしまうことにも成り兼ねへん。尤も元々付喪神っちゅう存在は、人の情を受けることから生まれ至るもんやから、普通はそんな風に人に仇為すことはせえへんねんけどな」
「でも…」
口籠もりながらもそう言う祐二に和香様が応える。
「そうやな、先達ての龍像や隗の事例もあるから、それは絶対や無いな。でも一応そないなことするのは希なんやとだけは言うとくわ」
そうやって説明し続けている和香様に、雨子様から抗議が入る。
「ところで和香?」
「何やのん雨子ちゃん?」
そう返してくる和香様のことを、雨子様はきっと睨み付けながら言う。
「其方一体何時までそうやって祐二に張り付いて居るのじゃ?」
「あっ!」
思えば先程、小者達がずいずいと迫ってきた辺りからずっと、祐二の背中に張り付いたままなのだった。
「あっでは無いわ」
そう叱責する雨子様に、和香様は照れ臭そうに頭を掻きながら言う。
「てへへへ、忘れとったわ。ごめんごめん」
そう言うと和香様は祐二から離れ、顔を少し赤くしつつも、先程からの説明の続きを行うのだった。
「でやな、うちら神と契約した付喪神は、小者となった時点で生きる為に必要な精の力をやな、神から供給して貰える様に成るねん。尤もその分枷が加わって、人からはほとんど精を貰えん様に成るんや」
「何とそんな差があったのですか…」
うんうんと頷く和香様。
「それで此処に居る小者達なんやけど、恐らく契約主が卯華姫なんやと思うのんよ」
「と言うことは、もしかしてその卯華姫様と仰る神様が契約を果たして居られない?」
「恥ずかしながらそう言うことやなあ」
何とも申し訳なさそうな表情をする和香様。
「でもどうしてその卯華姫様と仰る神様は、契約を果たそうとなさらないのです?神様方の間では契約ってかなり重い概念ですよね?」
「うん、そうやねんけど…」
そう言いながら和香様はちらちらと雨子様の方を見る。
「まあ祐二は身内も同然じゃから、もう言うても差し支えないと思うので言うが、卯華姫は今は寝て居るのじゃ」
「寝てるぅ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる祐二。がしかしこれほどの数の小者達が半成りの状態で有ることを思えば、当然の思いなのかも知れない。
「もう眠りに入ってから結構久しいみたいやねん。それでその代理として環とか言う小者の代表が、色々なことを行う権限を任されとったらしいねんけど…」
「恐らく長く眠って居る内に、その権限では熟しえぬ事柄が色々と出てきたので有ろうな…」
「それでこの様な事態になっていると…」
そう言うと祐二は、周りで押し合いへし合いしている小者達のことを気の毒そうに見た。
「そしてあろう事か、その代表やった環とやらが。先達ての火事で社と一緒に燃やされてしもうてん」
「うわあ、弱り目に祟り目じゃ無いですか?」
「全く正に祐二の言う通りじゃな?」
「いくら何でも可哀想すぎるかも?」
そう同情する祐二を尻目に雨子様が和香様に言う。
「これはやはり和香よ、此度の調査が終えたら、卯華姫を起こしていかねば成るまいて?」
うんうんと頷く和香様もまた、周りに居る小者達に同情の目を向けるのだった。
「ほんまやね、卯華姫ちゃん起こしとかんと、この連中消えてしまうのそう遠くないもんな」
「ともあれまずは燃えた社の調査じゃ。うむ、折良く葱坊主が目を覚まし居ったぞ?」
雨子様の指摘の通りに、腕の中に居た葱坊主は、身動きを始めたかと思うとひょいと大地に飛び降り、そして言うのだった。
「私は葱坊主ではありませぬ。次郎という歴とした名が御座います」
そう言うと次郎と名乗るその葱坊主は、ぴんと背筋を伸ばした後深々と頭?を下げ、雨子様に礼を言うのだった。
「此度は本性危うき折りに、この様にしっかりと根本を固めて頂き、誠にありがとう御座います」
「うむ、善哉」
鷹揚にその礼を受け取る雨子様。
「して、雨子様、和香様に於かれましては、如何様な理由でこの地にお出でになられたのでしょうか?」
そんな葱坊主の口上を聞いていた祐二が、何とも怪訝な顔をしていると、和香様が小さな声でその耳元に囁いた。
「あれはな祐二君、精を十分に受けとったことから、退行しとった知性が戻ったんやで」
「あ、成る程」
そう返事をしながら、祐二はかつて雨子様が退行しかけていた時のことを思い出していた。
そんな祐二のことをじろりと睨み付けながら、雨子様は次郎に言う。
「我らは此度の社の火災を尋常ならざると思い、それを調査すべくこの地に参ったのじゃ。故に次郎に命ずる。その厄災の在った場所まで我らを案内するが良い」
すると次郎は再び丁寧に礼をしてその命に応えるのだった。
「畏まりまして御座います。ただつきましては一つお願いが御座います」
雨子様はおやと言うように眉を少し持ち上げると言った。
「うむ、聞こう。しかし聞けるか否かはまた別の話で有るぞ?」
「はい、それはもちろんで御座います。ただ先程より小耳に挟んでおりますが、我らの願いというのは卯華姫様のことで御座います」
「成る程、卯華姫を起こしてくれと言うのじゃな?」
「はい、仰るとおりで御座います。是非!是非ともお願いしたきことでございます」
そう言うとその葱坊主頭の、一体どこに目が有るのか分からないのであるが、はらはらと涙を流しながら言う。
「力なき我らは痴呆になります、痴呆になりながらも、かつてのことを忘れはしないので御座います。それは辛い、何よりも辛う御座います。どうかどうか卯華姫様のこと、心よりお願い申し上げます」
そう言うと次郎は地に伏して雨子様を拝するのだった。そして見回すと周りに居る小者達も全て、神様方を、そして祐二にさえも伏して拝むのだった。
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