「元居神社まで来たものの」
凡そ一時間と少しくらいの道中で、今回の調査メンバーは無事目的地の最寄り駅に着くことが出来た。
田舎だというのに、高架上に有ると言う珍しい駅で、山間に少し狭めの田園風景がずっと広がっていた。
「こういった所まで来ると、さすがにかつての原風景に近いものが残って居るのじゃな?」
雨子様はそう言いつつ、階段を降り、物珍しげに高架の駅のことを眺めていた。
「こうやって高架にするからには、何かと理由が有るのであろう…」
そんなことをぶつぶつと言っている雨子様なのだが、和香様は素知らぬ顔で僕に聞いてくる。
「あないな雨子ちゃんは当面放っておくとして、元居神社はどう行けばいいん?」
当然のことながら、その言葉が聞こえていない訳が無く、お陰で祐二まで雨子様に睨まれてしまう始末。
「和香様ぁ…お願いしますよ、雨子さんすっかりご機嫌斜めじゃないですか?」
そう言って情けなさそうな表情に成りながら、和香様と雨子様の間に視線を行き来させる祐二。
その雨子様、和香様には腹に据えかねるところが有るとは言うものの、祐二にまでその影響を及ぼさせるのは気の毒と思ったのか、唇をへの字に曲げながらもぐっと堪えたようだ。
有る意味こう言うのも和香様と雨子様、二柱の親密性があればこその、出来事なのであるが、それに挟まれた祐二は堪ったものでは無いのだ。
尤も、そう言った関係性が徐々に分かって来つつ有った祐二は、最近は出来るだけ口を挟まずに放っておくようにしているのだった。
そしてそんな二柱のことを見ながらふと祐二は思う、これってまるで仲の良い夫婦の喧嘩にも通じるなと。お陰でぽろりと言葉が口から漏れてしまう。
「こりゃ犬も食わないなあ」
再び雨子様の視線が祐二の上へとぴたりと止まる。祐二はしまったと思うがもう後の祭りなのだった。
「祐二よ、調査を終えて宿に戻ったら少し話しをせねば成るまいな?」
その言葉を聞いてがっくり肩を落とした祐二は、恨めしそうに和香様の方を見るが、決まり悪げにしながらも素知らぬ顔をしている。
祐二は大きく溜息をつきながら言うのだった。
「とにかく元居神社へ向かいましょうか…」
そう言うと祐二はリュックから携帯を出してくるのだった。
「ん?どこに電話するつもりなん?」とは和香様。
どうやら和香様の中では、携帯の機能が未だ電話に固定されがちなようだった。
「ああ、これのGPS機能を使って、神社までの道のりを出しているんですよ」
「ほぅ、そないなこと出来るんや?」
そう言う和香様の言葉の苦笑する祐二。
「ええ?小和香さんもちゃんと使いこなして居られましたよ?」
それを聞いた和香様、なんだか少し焦った表情をする。
「なんやて小和香が?」
と、そんな和香様を見ながら雨子様が言う、果たして先程の敵でも取ろうと言うのだろうか?
「和香は何でも小和香に任せすぎなのじゃ。じゃからその様に…」
だがその言葉に和香様はにやりと笑う。
「で、そないなこと言う雨子ちゃんは使いこなしとるんやろうな?」
その言葉に雨子様は目をそらしながら言い分ける。
「むぐぅ!そ、それは未だ祐二に習うて居らぬだけじゃ」
「何や結局雨子ちゃんも使えへんのやん」
そうやってまた二柱は互いにあーでも無いこうでも無いと、実に賑やかな道行きを繰り広げるのだった。約一名、大変気疲れしている者が居たのだが、それが誰で有るかは言うまでも無いだろう。
わいわいと賑やかにしていること十分も経たない内に、素朴な神社の境内に辿り着くことが出来た。
「おお!どうやら此処が元居神社のようじゃな?」
「そやね、結界越しに微かやねんけど卯華姫ちゃんの存在の波動感じるわ」
「うむ、まさしくの」
しかし二柱を見る限り、神社のあちこちを見回すばかりで何もしようとしない。
それどころかどうやら困り果てているようでもあるのだった。
「ねえ、神様方…」
祐二の言葉によって、ぽんと神様の括りに放り込まれた雨子様が、微妙な顔つきをしながら祐二に言う。
「何なのじゃ祐二?」
「僕の勘違いでなかったら良いのですが、御二柱とも何やらお困りの様子。何か有ったのですか?」
祐二のその言葉に顔を見合わせる和香様と雨子様。そして和香様が雨子様に向かって頷く。この場合は恐らく雨子様に話をして欲しいという意味なのだろう。
「事前の小和香の調べにより、この社に来れば、消されてしまった小者の次点の者に会えるはずと思うて居ったのじゃ」
雨子様の言葉を聞いた祐二が問う。
「その目的の小者が居ないのですか?」
「いや、居るには居るようなのじゃが…」
そう言うと雨子様は腕を組みながら首を傾げる。
「居るのに会えない?」
ゆっくりと頷く和香様と雨子様。
「それがの、連中どうやら我らのことを遠巻きにして居るようなのじゃ」
雨子様のその言葉を継ぐように和香様もまた口を開く。
「そうなんよ、うちらが近づこうとすると逃げ、離れようとすると近づいてくるねん。いっぺん走って近づこうとしたことも有ってんで?」
そう言いつつ和香様は、昨日の浜辺でのことを思い出していた。あの地に於いても今と同じ様なことが起こっていたからなのだった。
「そしたら連中、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うは、団子になってひっくり返るは、中には力失って消えてしまう者まで出る始末。これはあかんわと思うて無理に近づくのは止めることにしたんよ。で、この地に来ればなんとかなるかなって思うてたんやけど…」
そう言いながら和香様は離れたところに視線を向け、軽く唇を噛みしめる。
「成る程、そう言うことだったのですね…」
海水浴というリクリエーションを兼ねているとは言え、この地での情報収集が上手く行かなければ、何をしに来ているのか意味が無いことになってしまう。実に頭の痛い問題なのだった。
現在の状況を色々と考えた祐二なのだったが、やがてに言う。
「なら一度僕が彼らに会ってきてみますね?」
祐二自身小者を見る能力はある。尤も今の場合は、少し離れすぎていることも有って、その能力を発揮出来ていないのだが、宇気田神社では和香様配下の小者達に普通に会えているし、かつては傘の精とも会話したことがあった。
だから十分に近づくことさえ出来れば、なんらかの会話が成り立つのでは無いか?その様に考えたのだった。
「まあ今は、それに一縷の望みを託すしか無いかも知れぬの?」
そう言いながら祐二のことを見る雨子様の目がとても優しい。
一方和香様は、期待を込めた目で祐二のことを見据えている。
「なら祐二君頼むは。うちら此処に居って動かんようにしとくから、何とか話し付けてきてくれる?」
二柱の願いを一身に受けた祐二は、その願いを叶えようと心に決めるのだった。
「因みに僕はどの辺に向かっていくのが良いのですか?」
現時点で祐二にはどこに小者達が居るのか全く分からないのだ。
すると雨子様が目を細め、顔を顰めながら暫くの間辺りを見回していた。
「むぅ、どうやらあちらの一角が良さそうじゃの?」
雨子様の指差す方向を見ると、神社の境内の中に一群れの下草が生えているところがあった。雨子様の見るに、その中に数多くの小者達が押し合いへし合いになっていて、時折ひょいと内の一匹が押し出されたりもしているのだった。
「分かりました、行って見てみますね」
そう言うとあっさりとその方向に向かおうとする祐二。そんな祐二の腕をさっと掴んで一端引き留める雨子様。
「ちと待つのじゃ祐二」
すると心配そうな眼差しで祐二のことを見つめながら、軽い呪を祐二の上に掛ける雨子様。
それを見た和香様が思わずぷっと吹き出しそうになって雨子様に睨まれる。
「でもな雨子ちゃん、自分一体どれだけ祐二君に呪を重ね掛けしたら満足出来るねん?」
そう言う和香様の言葉に膨れっ面をした雨子様が応える。
「我が心より慕う男の子の心配をして何が悪いというのじゃ?それに今掛けて居る呪はそう言った類いのものでは無いわ」
そう言われて興味を持った和香様は、少し細かく雨子様の掛けた呪を精査した。
「成る程そう言うことやったんか、ある意味流石雨子ちゃんやな?」
手の平を返したかのように和香様に褒めそやされた雨子様は自慢げに胸を張る。
だが何のことやら、どうなっているのか分からない祐二が和香様に聞く。
「ねえ和香様、一体どう言うことなのですか?」
すると和香様は笑いながら教えてくれるのだった。
「心配性な雨子ちゃんは、祐二君にそれこそ山のように呪を掛けているところがあるんやけど…」
突然そんな言い方をし始めた和香様に、雨子様が悲鳴のような声を掛ける。
「和香っ!」
見ると雨子様は耳まで真っ赤になっている。
「要らぬことを言うでは無い!」
そうやって和香様に文句を言うと、祐二に顔を見られるのが堪らないとばかりにぷいっと余所を向いてしまう。その姿を見て思わず可愛いと思ってしまう祐二なのだった。
「それで何やけど、ええかな祐二君?」
そうやって説明を続けてくれようとする和香様に嬉しそうに頷く祐二。
「はい」
「その雨子ちゃんの掛け過ぎの呪をそのままにしとくと、あそこに居るへなちょこの小者に害を及ぼし兼ねへんねん。そやから雨子ちゃんは、今まで掛けた呪が悪させえへんようにオブラートのような呪でその上から包み込んだというのが、今の顛末やねんで?」
「成る程、そう言うことだったのですか?」
納得した祐二がその様に言いながら雨子様の方を見ると、その雨子様はちらちらとこちらの方を盗み見ている。
なので祐二は素直に満面の笑みを浮かべて見せながら
「ありがとう雨子さん!」と礼を言ったのだった。
堪らず雨子様は「和香ぁ~~~」などと良いながら和香様の下に走り寄り、その背に隠れる。
そんな雨子様の様子が可愛いやら可笑しいやら、和香様のつぼに見事嵌まってしまったのだろう。身を捩るようにして声も出さずに笑うのだが、怒った雨子様にその背を叩かれまくる。叩かれ続けるのだが一向に笑いが収まらないのだった。
お待たせしました
相も変わらず賑やかな方々です




