「調査行一」
翌朝、ご飯を食べ終え、皆で幸せな一時を迎えている最中に、和香様の方から皆に話をした。
「今日、うちと雨子ちゃんは、ちと調べないかんことが有るから別行動にするな。それで小和香」
「はい」
当然自分も同道することになると考えていた小和香様は、にこにこ顔で返事をしつつ和香様の言葉を待つ。
「特に小和香に頼みたいことが有るんやけど、今日は一日吉村の方らと一緒におって、警護役して貰えるか?」
一瞬小和香様の表情が消える。
和香様の側に居てその直ぐ目の前で役に立ちたいという思いと、直々にこうして願いを聞き、申し使った仕事を果たすことが出来ると言う嬉しさ。その両方を天秤に掛けて、どちらをも望んでしまう自身の矛盾に唇を噛む。
「大丈夫、小和香さん…?」
気が付くと心配そうな表情をした令子が、小和香様の腕を捉えて下から見上げているのだった。
その令子の瞳を覗き込み、映し出された自分の陰に気が付いた小和香様。それを見た彼女は思わずはっとしてしまう。なんと心細そうで、情け無さそうな表情をしているのだろう?
この場で和香様や雨子様に次ぐ存在の神として、一体こんな表情をして何を守れると言うのだろう?
小和香様はきゅっと目を閉じると大きく息を吸い込み、そして吐き出した。
次に胸を張るとしっかりと和香様の視線を捉え言う。
「お任せ下さい和香様!」
自らに課せられた仕事を頑張ると、堂々と宣言する小和香様の様子に、和香様の目の奥に有った微かな影が消える。誰にも、誰にも知られないようにそっと息を漏らす。
そんな和香様に雨子様が微かな声で囁きかける。
「良かったの和香…」
確りとした小和香の決心を聞いて、ほっとしたように表情を緩めている令子が、何事か嬉しそうに話しかけている。
そんな様を見て嬉しいと思いつつも、ほんの少しだけ寂しいとも思う和香様の手を、人知れず、ううん、神知れずそっと握ってくる雨子様の手。
「ありがとうな、雨子ちゃん」
「くふふ、我と其方の仲じゃものな」
そうやって神々が互いの思いに、ほっこりとしたものを通わせているところに、思わぬところから声が掛かるのだった。
「あのぅ…」
その声の主は祐二だった。
「何じゃ祐二、何か用でもあるのかえ?」
「用というか何と言うか…」
そう言いながら少し決まり悪げに頭をぼりぼりと掻く祐二、だが意を決してお思いを言葉にする。
「今日のその、和香様達の調査行、僕もご一緒しても良いですよね?」
まさか祐二からこの様な申し入れが有るとは思わず、少し虚を突かれた雨子様はぽゃんと口を開けてしまう
「だって、一等最初にそのお話が有った時に、僕も同行させて下さいとお願いしていたじゃないですか?」
「むぅ…」
最初にこの地での社の火災の報告を受けた時のことを思い起こしながら、その時の祐二の言動を思い起こす雨子様。
「確かに…。その様なことを言って居ったの?しかしあの時は未だそのことを確定させてはおらなんだはずじゃぞ?」
「え~~~?」
雨子様のその言葉に大いに抗議の表情を浮かべる祐二。どうやら祐二自身は最初っからそのつもりだったらしく、珍しく剥れ始める。
そんな希有な祐二の表情を見た和香様、雨子様の手を取ると少し離れたところに連れて行く。
「なあ雨子ちゃん、祐二君のあの様子を見たら、あれは連れて行った方が良さそうやで?」
そう言う和香様の援護射撃が聞こえているのか、祐二がうんうんと大きく頷いて見せている。
しかしなおも渋る雨子様。だが祐二への援護の声は、思わぬところからもやって来るのだった。
「雨子様、私も祐二さんを同行して頂いた方が良いかなと思います」
それはつい先ほど任から外れた小和香様なのだった。
「それはまたどうしてそう思うのじゃ?」
不服そうにそう聞いてくる雨子様に、にこにこしながら小和香様が返答する。
「思うに雨子様や和香様は神様でございます。そして祐二さんは人間でらっしゃいます。ならばこそ別の視点が持てるのでは無いか、その様に思うた次第でございます」
「しかしの小和香…」
「勿論私、神の目が人の目よりも劣る等と申して居る訳ではございません。けれども視点の違いは思わぬものを見い出すこともございます。そう考えれば祐二さんに同道して頂くのが良策かと思います」
そう言いつつ、なんの邪も無い目で見てくる小和香様の前で、残念ながら雨子様は、何か返そうとは思うものの、何の言葉も口にすることが出来なかった。
「これはもう雨子ちゃんの負けやなぁ」
そう言う和香様に対してきっと振り向いた雨子様が言う。
「馬鹿者、この様なことは勝った負けたでは無いわ」
そう言いつつ雨子様が祐二のことを見ると、彼は既ににこにこしている。
「はぁ~~」
そうやって息を吐きつつ、ついに仕方無しと諦める雨子様なのだった。
しかしそうやって困った風を装いながら、その実心の奥底では、祐二と行動を共に出来ることが嬉しくて成らない雨子様。
気付かずして知らぬ間に鼻歌などが出ていたのだが、最も身近でそれを聞いていた和香様、武士の情けとばかりに何も言わずに置くのだった。
さてそうこうする内に、最寄り駅の列車の時間が差し迫ってきたので、慌てて二柱と一人は宿を出ることにする。
何やら祐二が大きめのリュックを背負って居るのが見受けられたので雨子様が尋ねる。
「祐二、それには一体何が入って居るのじゃ?」
すると祐二は満面の笑みを浮かべながら答えるのだった。
「これは昨日のうちに宿に頼んでいた三人分のお弁当に、お茶とか水とかかな?後おやつも少し?」
「はぁ?」
驚き呆れる雨子様、傍らで大いに吹き出す和香様。
「もしかすると祐二君は、昨夜のうちにすっかりそこまで手配しとったんやね?」
和香様の問いにうんうんと頷きながら答える祐二。
「ええ、そうしておかないとお昼ご飯を食いっぱぐれることにも成りかねませんから…」
それを聞いた和香様は雨子様の肩をばんばんと叩きながら大いに笑う。
「こら雨子ちゃん、祐二君の方がうちらよりも何枚も上手や。うちらが調査のことしか頭に無かったのに、祐二君はちゃんとそこまで考えとったって…、いや感心感心!」
そうやって褒めそやす和香様に、祐二は真剣な顔をして言う。
「でも実際和香様、それに雨子様も今は人の身でしょう?調べ事のために色々歩き回るのは良いのですが、人間というのはちゃんと飲み食いしないと動けなくなってしまいますからね?」
「ううううっ…」
完全に一本も二本も取られて頭を抱える雨子様なのだった。
「なあ祐二君、もしかしてそのこと小和香とも相談しとったん?」
「ええ、昨日の夕飯前のことなんですが、二人で色々相談して決めて旅館の方へ頼んでいました。だからもし小和香さんも来ることになっていたとしたら、お弁当がもう一つ増えることになっていたんですよ」
「なるほど道理で小和香が君のことを確りと押す訳や…」
その様なことをわいわい話し合いながら歩くうちに、彼らは無事駅に着き、やって来た列車に乗ることが出来たのだった。
まもなく列車は発車し、山間の緑の狭間をのんびりと進行し出す。
「うわぁ、なんやめっちゃ長閑やなあ。それで祐二君、どれくらいで目的地に着くん?」
それを聞いた雨子様が目を剥く。
「ちょっと待つのじゃ和香。其方もしかしてその様なことも知らずに動こうとしておったのかや?」
「いや~~」
そう言いつつ和香様は少し恥ずかしそうに頭を掻く。
「そう言った細々したことは皆小和香に任せとったからなあ…」
「はぁ~~~~~~~~」
それを聞いた雨子様は思いっきり長い溜息をつく。
「其方それでいて小和香に休みをやるとか申して居ったのか?」
「そやなぁ~~~~」
「そやな~では無いわ。ではこの旅行き、祐二が居らねば何ともならなんだでは無いか?」
「てへぺろ!」
さすがの雨子様も堪忍袋の緒が切れたらしい。
「てへぺろでは無いわ!祐二、今日のお昼はこやつだけ抜きじゃ!」
さすがにそれは拙いと大いに反論する和香様。
「ちょちょちょっと待ちや?いくら何でもそれは酷いん違う?横暴なんと違う?」
だがかんかんに怒っている雨子様は、そんな和香様の言葉に聞く耳を持たない。
「横暴でも何でもないわ!」
だが和香様も流石である、ちゃんと言い返してくるのだった。
「でもそれを言うのやったら雨子ちゃん、自分も何か用意して来たんか?」
「むぐぅ…」
自身も何も調べては居なかった雨子様、思わず顔を真っ赤にして黙りこくってしまう。
「ほらぁ~~、雨子ちゃんかて同じやん。人のことばっかり責められへんやん?」
何も言い返せない雨子様、せめても何とか出来ないかと、情け無さそうな表情で祐二のことを見る。
すると、ならばと二柱の神々に提案をする祐二なのだった。
「だったらいっそ、お二方ともお昼抜きということで?」
さすがにこれには慌て驚いた神様方。
「わぁ~~~ん、ごめん祐二君!」
「すまぬ祐二、この通りじゃ!」
お昼を抜かれては生きていけない?とばかりに、平身低頭必死になって祐二に謝り倒すことになるのだった。
結局祐二は二人の仲直りを確りと見届けてから、お昼抜きは無しと厳かに宣言するのだった。
遅くなりました(^^ゞ




