「穏やかな時間」
日中の喧騒を引き継いだような夕食の時間が終わると、そのつけが回ってきたかのようにまず令子が目を閉じ、次に祐二が、そして小和香様までもが目を閉じてしまった。
そんな様子を温かく見守りながら、静かな大人の時間が始まるはず、だったのだが、豈図らんや拓也まで寝てしまい、大人の女性の一時という形になるのだった。
からりと涼やかな氷の音をさせながら、芳醇なウイスキーの香りを楽しみつつ、ちびりと舐める和香様と節子。
「節子さんいける口なんやな?」
和香様にそう看破された節子は、ちろりと舌を出しながら恥ずかしそうに言う。
「ばれちゃったかしら?」
そこへ雨子様の突っ込みが入る。尤も残念ながら雨子様は焙じ茶だ。今は高校生として存在しているのでお酒はアウトなのだ。
「言って置くが節子は、拓也よりも遙かに強いぞ。拓也が零しておったでな、節子は笊じゃと」
「雨子ちゃん?」
節子に非難の声を向けられる雨子様であったが、くいっと視線をあらぬ方向へ向けて知らぬ振りをする。
「まあええやん節子さん、飲んでへべれけになってくだまく訳や無いねんから」
そう言って宥める和香様に節子が言う。
「そう言う和香様も、神様と言えば御神酒…日本酒のイメージが有るのですが、ウイスキーなども召し上がるのですね?」
「うんまあ、うち自体はお酒やったら何でも飲むで?ただ節子さんにそう言うイメージがあるのは、元々この国で作り上げられたお酒が奉納される。その辺からと違うんかな?」
「確かに。神社に並んでいると言ったら凡そ日本酒の樽と言った感じですものね」
「そやな、けどほんとのこと言うたら神体で居る時にはお酒なんて、いくら飲んでも水と変わるところあらへんのやけどね」
「あら、そうなんですか?」
「そうやねん、そやからお酒を飲んでどうこう言うより、お酒の奉納と共に捧げられる祈りの方が、うちらには大事やねんな。って節子さん何やってんの?」
見ると節子が手を合わせて和香様に向かって拝むようにしている。
「だって祈りこそが肝要って言われるから、折角今お酒を飲んで居られることだし、少しでも心地好いかなって思って…」
そんな節子さんの言葉に和香様は吹き出しながら言う。
「節子さん、いくらうちでも酒の肴やあらへんのやから…」
そう言いつつ和香様はことりとグラスを置くと、軽く頭を下げる。
「そやけどそんな思いが嬉しいは、ありがとうな節子さん」
「嫌ですわ和香様、こんなことくらいで頭を下げられるなんて…。いつもお世話になりっぱなしなのはこちらでございますのに」
そうやって穏やかに会話を弾ませながら、静かにお酒を酌み交わす人と神。
そんな有様を見ながらお茶を啜っていた雨子様は、嘗て人と神の間が今よりももっと間近であった頃のことを思い出し、何とも心が和むのを感じているのだった。
「ところで節子さん、明日は一日、うちと雨子ちゃんは少しばかり神様仕事が有るから抜けさせて貰うな?」
そう言う和香様に、節子はおやと言うように眉を上げたかと思うと問うのであった。
「小和香様はよろしいのですか?」
「それ何やけどな、今回は小和香にはなるたけ遊ばせてやりたいと思てるねん」
「あら和香様、お優しいのですね?」
そう言う節子の言葉に、和香様は恥ずかしそうに照れ笑いをする。
「いつもよう頑張ってくれとるから、何でもええからご褒美の一つも上げたいねん」
そんな照れ臭そうな和香様のことを見ていた雨子様が、忍びやかにくふふと笑いを漏らす。
「ただな、そう言うたからはいそうですかとは言わへん思うねん。そやから名目としてでも、吉村家の守護という役割を与えたろうと思うてるねん」
「なるほど、そう言うことでございますか。はい、承りましてございます」
和香様の思いを受け取った節子は、満面の笑みを浮かべながらそう答えて見せるのだった。
切りが良いところと思って区切ると、とんでもなく短くなってしまいましたが
まあ今日はこれで……(^^ゞ




