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天露の神  作者: ライトさん
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「海水浴後編」


 大して意味の無い、いや、人によっては大いに意味の有ったことですったもんだはしたものの、海水浴という大目的の前では些末なことだった。


 真白き砂浜が細長く、松の並木と共に彼方まで続いている様は壮観だった。

寄せては返す柔らかな白波にそっと足を浸けると、気温に比べて結構冷たい。


 真っ先に令子辺りが駆けていって、水の中に入っていくかと思われたのだが、当の本人は、足先をちょこんと水につけては冷たがってキャーキャーと騒いでいる。


 では先陣は誰と見ていると、それは何とあろう事か和香様なのだった。


「わぁ~~!海やぁ~~!」


 とかなんとか言いながら、歓声を上げて海の中へと突進していく。そしてそのまま海面下へぶくぶくと沈んでいくものだから、血相を変えた祐二が走って行って、慌てて浜へと引き上げてきたのだった。


「ぜぇーぜぇー…。もしかして…和香様って…金槌?」


 荒い息の下、そう聞く祐二に対して、何やらけろりとした顔の和香様が答える。


「金槌がどうして海と関係あるのか分らへんねんけど、海に来て泳ぐと言うのは初めてやな?」


「え?海に来たことが無いのですか?」


 そう言いながら少し驚く祐二。


「いいや、海にはなんぼでも来たで?そやけどいっつもするのは禊ぎや。うちら神が大きな力を使うた時に、偶に効率が悪うて身体が熱うなるんやけど、それを冷やす為に水に入っとったんが本来の禊ぎやってんけど、何や人間と交わっとる内に、身体を綺麗にする、つまりは汚れを祓う為にすることに成っとるなあ」


 それを聞いた令子が呆れたように言う。


「身体を冷やす為だったって?なんだかびっくりね?」


 それに全く同意するようにうんうんと頷いている節子と拓也。

その様を見ながら苦笑しつつ雨子様が言葉を挟む。


「言っておくがまず間違い無く和香は泳げぬと思うぞ?」


「え?それって海に来て泳ぐのは初めてって言うことじゃなくって、泳ぐのは始めてって言うことなの、和香様?」


 令子がびっくり眼で言うと、節子や拓也も同様の眼差しで和香様のことを見ていた。

すると、まるで当然のような顔をしながら和香様が答える。


「そうやで、うちら用が有ったら転移するか飛ぶかするからね?何やったら水の中でも飛ぶ?」


「呆れた。じゃあ結局金槌って事なのね?ちょっとびっくりだわ」


 そう言う節子に相槌を打つように拓也が言う。


「確かにね、神様というと万能って言う先入観みたいなものも有るだけに、翻って逆に親近感湧くなあ」


 何とも妙なところで神に親近感を湧かせている拓也なのだった。

そんな夫婦の会話を小耳に挟みながら和香様が言う。


「なあなあ、さっきから聞くけど、その金槌って言うのは何やのん?釘とか打つやつと違うん?」


 その問いに笑いながら答える祐二。


「和香様の仰る金槌の意味で合っているんです、でもその金槌って水に沈むでしょう?そこから俗に泳げない人のことを金槌って言うんですよ」


「む~~、やとしたらうちら金槌やわ、な小和香?」


 そう言われた小和香様は少し恥ずかしそうにしながら言う。


「はい、私も残念ながら泳ぐ機会は持ったことがありませんから…」


 ところがここに来て和香様は何かに気がついた様だった。


「ちょ、ちょっと待ちぃや。まさかとは思うんやけど、雨子ちゃん、もしかして自分泳げるんか?」


 するとその言葉を待ってましたとばかりに、少し自慢げに雨子様が言葉を返す。


「むろんじゃ、我は泳げるのじゃぞ?」


「なんやて?自分一体いつの間に?」


 そう言う和香様はなんだか少し悔しそう。


「我は昨年も海に行ったのじゃ、そしてその時に泳ぎを教えてもろうたのじゃ」


 そう言うとふふんと言う感じで和香様のことを見つめる雨子様。

多分その場の賑やかしの為なのだとは思うのだが、悔しそうに地団駄を踏んで見せる和香様。そしてそれを目にしておおっと言う祐二。


「冗談はさておき、和香には我が教えるので、祐二よ、其方は小和香に手ほどきをしてやってはくれぬかや?」


 するとそれまで静観を決め込んでいた節子が令子に問う。


「ところで令子ちゃんは?」


 当たり前の事ながら節子は令子に泳げるのかどうかと聞いている。

すると令子は小さな力こぶを作りつつ、ふんすとしながらその問いに答えるのだった。


「問われるまでもありません、節子さん」


「もう、好い加減お母さんよ?」


 すかさず訂正を入れる節子。

その言葉に少しばかり照れながら言葉を継ぐ令子。


「○屋のトビウオとは私のこと!って、あれ?」


 そう言うと涙をぽろりと零す令子。節子がその涙を見逃す訳が無いのだった。


「どうしたの令子ちゃん?大丈夫なの?」


 そう言いながら節子は令子の側に行くと、しゃがみ込んでその目を見つめる。目からは引き続き涙が次々溢れ出てくるのだった。


 それを見ていた節子は黙って令子の身体を抱きしめて上げるのだった。

その節子の耳元で、少ししゃくり上げながら令子が言う。


「節子さんがお母さんよって言うのを聞いて、かつて泳ぎが得意だったことを思い出して、そうしたら昔、自分が住んでいた地名の一部が思い出されたんです…。なんだか無性に切なくなって、胸にぽっかり穴が開いたみたいに成って…」


 うんうんとただ黙って頷き、泣き声を漏らしながら震え続ける令子を抱きしめる節子。

その二人の様を見つめながら静かに独り言ちする拓也。


「人は誰しもいきなり今がある訳じゃ無い、なのに、その今を支える過去を上手く思い出せないのは辛いし、切ないよな…」


 拓也のその言葉を聞き、その思いを丁寧に心の奥に沈めた雨子様は、祐二や和香様の手を引いてそっとその場を離れるのだった。


「令子のことは節子に任せておけば安心じゃ」


 そう言いつつ雨子様は和香様の手を引き、お腹ぐらいの深さの海に入っていく。

それを見習うように祐二もまた、小和香様の手を引いて傍らまでやって来るのだった。


 早速に雨子様は、水泳の教授を和香様に対して始める。

続いて祐二もまた小和香様に対して、同様のことを始めようとするのだが、何故だか急にその手を離してしまう小和香様。


「ちょ、ちょっと待って祐二さん」


 そう言うと一端、祐二に背を向ける小和香様。そして少し熱を孕んだ顔にパシャパシャと海の水を掛けて、気を落ち着かせようとする。更に二回ほど深呼吸。


 そこまでして改めて祐二の方へ向かい合う。そこで祐二がその手を再び取るのだが、人の身を纏って居る小和香様、何故か胸の動悸が収まらないのだった。


 しかしもうこれ以上の遅滞は、祐二に迷惑を掛けてしまうと、何とか押し殺して練習を始めようとするのだった。


 残念ながらそんな女性の変化にとんと疎い祐二は、まるで何事も無かったかのように泳ぎのコーチを始めてしまう。


 小和香様としてはそんな祐二のことが少しばかり腹立たしいのだが、けれどもどうして自分がそんな思いをしているかがさっぱり分からない。

悲喜こもごも、色々な思いを抱えながらも泳ぎの練習と成るのだった。


 さてその成果の方なのであるが、これは雨子様に泳ぎを教えた時と同じ様な感じで、乾いた砂に水を撒くが如くの上達具合。更には姉妹神と言うことが有るのだろうか?和香様の得たことは小和香様に伝わり、小和香様が得たことも和香様に伝わる。


 その相互作用によってあっという間に熟達していくのだった。


 気がついたらここに来た者全員で、気持ち良さそうに自在に海を堪能しているのだった。

そしてそのように夢中になっていたお陰か、何時しか胸の苦しさを忘れて泳ぐことの楽しさを心から楽しむ小和香様。


 そんな小和香様のことを密かに眺め見る雨子様と和香様。


「小和香も次第に人の心と体に、馴染み始めて居るのよなあ」


 そう物静かに言う雨子様に和香様が言う。


「自分、そんな暢気なこと言うててええのん?小和香は未だよう分かってへんみたいやけど、あれは明らかに祐二君のこと好いとるで?」


 そう言う和香様に、雨子様は複雑そうな表情をする。


「それは我も分かって居るのじゃ。そして祐二のことは誰にも譲る気持ちは無いのじゃ。じゃがの和香、今の段階で無理に今の気持ちの意味を小和香に気づかせ、それをただ否と言うのは些か酷かなとも思うのじゃ」


「…」


「それにの和香、役目柄小和香も、その内神化せねばならぬ時も有るであろ?そうなってしもうたら、今の気持ちの大方は消えてしまうのじゃ。せめても今ばかりはと思うてしまうのじゃよ」


「優しいんやな自分…」


「我自身、この気持ちの如何に甘く切なく、繊細で愛おしいものかを知るだけに、純粋無垢な小和香のあの思いを、無碍にしてやりとうは無い、そう思うてしまうのじゃ」


「そうなんや…」


 そこで雨子様は優しい視線を和香様に向ける。


「それで和香は何時神化したのじゃ?」


 それを聞いた和香様は大きく目を見開くと雨子様のことを見つめた。


「雨子ちゃん…何でそのこと知っとるん?」


 楽しそうに笑っている小和香様のことを見ながら雨子様は言う。


「知らいでか、我は和香の無二の友ぞ…」


「そうか、そうやったな」


「辛かったの、和香も…」


そう言う雨子様に少し寂しそうな笑みを向ける和香様。


「もう、今は過去のことや、何と言うたらええんやろな、遠く離れて花の香りを嗅いでいるとでも言えば良いのかな?何やそんな感じやねん、かつて甘酸っぱかったって言う思いの記録だけが残っている…」


「そうか、済まぬの和香」


 外連けれんの無い笑顔でその言葉を受け取った和香様は、胸を張って言う。


「何言うてんねん、うちは雨子ちゃんの無二の友や!」


「くふふ、そうじゃったな」


 そう言うと無邪気に小和香様と追いかけっこをしている祐二のことを見ている。


「あやつめ、人の思いも知らずにあの様に…」


 そう言う雨子様の肩を軽くぽんぽんと叩く和香様。


「あのな雨子ちゃん、そこが彼のええところなんやんか。変に思惑が無いというか、真っ直ぐと言うか。うちまた惚れてしまいそうになるわ」


「ではまた神化して貰わねばならぬの?」


 そう言う雨子様に、大きく海水をすくってばしゃりと引っかける和香様。


「わ!和香!」


 うっかり海水を吸い込んで、鼻の奥をじんじんさせながら、逃げる和香様を追いかけ始める雨子様。


「雨子ちゃんが意地悪言うからやで?」


「意地悪なのは其方なのじゃ」


 そう言うと今度は雨子様が大量の水を和香様に浴びせかける。

そしてお互いびしょ濡れの顔を見合わせると、声を上げて大いに笑い合うのだった。





 遅くなりました。

和香様と雨子様も仲いいよなあ

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