「二度寝」
当たり前のことだけれども、例えそれが神様であろうと人間であろうと、やるべきことが有るのなら、それをやっておかなくては次のことが出来ない。
だから皆で海水浴を楽しむためには、(本当は調査の方こそが主なのであるが)その前に必死になって仕事を終わらせなければならない。
と言うことで連日遅くまで仕事をしてきた雨子様。
神様本来の状態であったなら、この程度のこと、疲れるなどと言うには全く当たらないのだが、いかんせん今は人の身を得ている。当然のことながらもうばてばてと言う状況になってしまっていた。
当面の仕事は全てやり終えることが出来たので、やれやれと言った感じなのだが、とことん根を詰めた影響が出てしまっている様だった。朝になって出発の時刻が次第に迫ってきているというのに、さっぱり起きてくる気配が無いのだった。
一方祐二はと言うと、同様に疲れてはいたものの、彼の場合は肉体的な疲れがほとんどということも有ったせいか、まだしもましだった様で、なんとかかんとか起きることに成功した様だった。
「おはよ~」
すこぶる冴えない顔つきでダイニングに入ってくる祐二。
キッチンからそれを見た節子は苦笑しながら言う。
「大丈夫なの祐ちゃん、そんな状態で出かけられるの?」
そんな風に評されている祐二のことを令子も心配そうに見ている。
彼女は早くから起きてキッチンにて節子の手伝いをしているのだった。
「ん~~~、なんとか~~。車の中で寝れば良いんだから何とでも成るよ」
そんなことを言いながらも未だしきりと目を擦っている。
「父さんは?」
そう聞く祐二に、少し同情しながら節子が言う。
「父さんは今荷物の準備をしているところよ。あなた達もそろそろ朝ご飯食べて支度した方が良いのだけれども、雨子ちゃんが未だ起きて来ないのよ。良かったら起こしてきてくれる?」
「うん分かった」
節子の話を聞いた祐二は、早速雨子様を起こすべく、のそのそと階段を上がっていくのだった。
いくら仲が良いとは言っても雨子様は女性、いきなり扉を開く訳には行かないので、そっとノックをするのだが返事が無い。
仕方が無いのでもう少しだけ強くノックして見るもやはり返事が無い。
これはもうどうしようも無いと思った祐二は、そっと扉を開けながら小声で雨子様のことを呼ぶ。だがそれでも何の反応も返ってこないのだった。
さすがにこれはどうしようも無いので扉を押し開け、部屋の中に入っていく。
するとそこには予想通りに幸せそうな顔をしている雨子様の姿があった。
「雨子さん、雨子さん」
直ぐ側で声がけをして見るも、ほとんど無反応。
あんまり女性の寝顔を見てはいけないと思いつつも、どうしてもその安らかな寝顔に魅入ってしまう祐二。
普段目覚めている時は、自然内から湧き出てくる威厳の様なものが有るせいか、可愛いと言うより美人という感じなのだが、今こうやって無邪気に眠っている様子はなんとも愛らしい。
しかしそうやって鑑賞してばかりも居られないので、肩に手をやって優しく揺さぶりながら再び名を呼ぶ。
「雨子さん起きて…」
一度では駄目で二度三度。すると小さな声でムニャムニャ言いながらようやっと目を開ける。
「おはよう雨子さん」
だがそうやって声は掛けてみたものの、なんだか依然として視線が定まっていない様子、多分未だ夢現なのだろう。
「起きて雨子さん、起きないと…」
ちゃんと目を覚まして貰うためにもと、そう話しかけながら手を引き、起こそうとするのだが、ふにゃりと崩れ折れてしまう。
仕方が無いので抱き起こそうと試みたのだが、バランスを崩して隣に倒れ込んでしまった。
すると眠そうに目を開けそれを見た雨子様が、嬉しそうに笑いながらそんな祐二にきゅうっとしがみ付いてくる。
「祐二ぃ~」
手足全部を使って、まるで抱き枕にしがみ付くが如く、祐二にしがみ付いてくる雨子様。
そして祐二の耳元で囁く様に言う。
「もう少し、もう少し…眠いのじゃ」
普段の祐二ならこんなことをされたら、胸がどきどき波打って眠るどころの騒ぎでは無くなるのだろう。がしかし、今の祐二は雨子様に負けず劣らず眠気を抱えている。
そんなところに雨子様に耳元で安らけく、「眠れ、眠れ」などと囁かれた日には、意識が落ちるのにそう暇は掛からなかった。
いつしか二人は互いに互いを抱きしめながら、雨子様のベッドの上でクークーと静かに寝息を立てつつ仲良く寝入ってしまうのだった。
さて一方、全員分の朝ご飯の支度や、お弁当の準備に余念のない節子は、未だ降りてこない二人のことが気になり始めていた。
するとそんな節子の様子を見とった令子が、「ちょっと見てくるね?」と提案するのだった。
当然渡りに舟だった節子は笑顔でお願いする。
「お願い令子ちゃん」
「はぁ~い」
気持ちよく返事をした令子は、とととと身軽に階段を駆け上がり、雨子様の部屋の前まで行く。そして半分開いている扉から中を覗くと…。
「あ~ああ、こうなっていたかあ」
そこには身を寄せ合う様にしながら、幸せそうな表情で眠っている二人の姿。
「なんだか羨ましくなっちゃうわね」
とは令子。だがそんなことばかりを言っていられないので、二人の肩を揺すって起こしに掛かる。
「ほら、起きて起きて。和香様達が来ちゃうわよ?」
おっと、さすがにその一言がとても良く効いた様だった。直ぐさまパチリと目を開ける雨子様。そしてその目で目の前に祐二を見、今度は令子のことを見る。
「わわわっ!」
とか何とか、訳の分からないことを言いながら跳び起きる雨子様。
「これはその、あの、何じゃ…」
あきらかになにか言い訳を言おうと試みているのだが、いくら何でも無理があるのは明白だった。
仕方が無いので令子が助け船を出して上げる。
「二人ともそれくらい眠かった、そう言うことですよ」
そう言うと口を隠してくすくす笑う令子。
対して雨子様は大きな溜息を吐きながら言う。
「それはそうなのじゃ、それはそうなのじゃが、はぁ~~~~」
「ともかく雨子さん、祐二君を起こして下さいな」
令子はそう言うと後のことは雨子様に任せて、部屋から出て行くのだった。
残された雨子様、未だすやすやと寝ている祐二のことを見ながら、小さな声でぼやく。
「何じゃこいつめ、我を起こしに来たというのにこの様に気持ち良さそうに…」
自身が眠りに引き込んだ等とは露にも思わない雨子様。祐二の髪に指を梳き通しながら、耳元で囁く。
「起きるのじゃ祐二」
「む~~ん」
「ほれ起きるのじゃ」
「…雨子さん?」
「雨子さんでは無いのじゃ、そなた、我を起こしに来たのでは無いのかえ?」
すると祐二は目を擦り擦りしながら身体を起こす。
「そう、そうなんだけど…」
「そうなんだけど何なのじゃ?」
「起こしに来たら雨子さんにしがみ付かれて」
それを聞いた雨子様は顔を赤らめながら反論する。
「わ、我はそんなことせぬぞ、その様なことをする訳が無い」
「そして抱きつかれて、抱き枕にされて、眠らされた」
「嘘じゃ、そんなことは…嘘じゃよな?」
「ふわぁ~、お陰で二度寝しちゃったよ」
だがその言葉は雨子様には届かなかった様だ。何せ当人は耳を押さえながらいやいやをする様に頭を振っているのだから。
だが眠さの余りあんまりそう言ったことに頭が回らなくなっている祐二。
とにかく当初の目的を果たすべくベッドを降りると、未だ何やらぶつぶつ言っている雨子様を引き連れ、階下へと降りていくのだった。
お待たせしました
相も変わらず寒いですね?
春が待ち遠しいです




