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天露の神  作者: ライトさん
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「小和香様多難」


「和香様!和香様!」


 小和香様のそう呼ぶ声と共に、ばたばたと慌ただしい足音が廊下を近づいてくる。


 直近の神事を終えてのんびりと寛いでいた和香様は、珍しくも慌ただしい様子の小和香様の名を呼んだ。


「小和香?どないした言うねん?」


 その言葉尻が消えるか消えないかの内に、息せき切った小和香様が、和香様の居る部屋の中へ飛び込んで来るのであった。


 畳の上で座椅子に身体を凭れかけながら、でれんとだれている和香様のところに、楚々とした歩みで近づく小和香様。


「和香様、少しお行儀が悪うございませんか?」


 唇をぷっくりと膨らせながら、そう思いを述べる小和香様の機嫌を見て、慌てて居住まいを正す和香様。


「で、何が起こったちゅうのん?小和香がそないに慌てまくるというのも、なんや久しぶりの気がするで?」


 和香様にそう言われた小和香様は、そもそも自分が何で慌ててこの場にやって来たのかを思い出し、身を乗り出す様にして話し始めるのだった。


「そ、そうです和香様。大変なことなのです」


「だからそれはなんやのんて聞いてるやんか?」


「そうでしたね…」


 和香様にそう言われた小和香様は、改めてすとんと座り直すと、「こほん」と咳払いを一つ。その上で落ち着きを取り戻しつつ話始めるのだった。


「京都は丹後半島にございます、元居神社近郊に有る名も無き社なのでございますが、またも燃やされました」


「なんやて?」


 それまでのほほんとしたていであった和香様なのだが、さすがにこの一言で気色ばむ。


「ところでそこは、小者の派遣はどうなっとるん?」


 先達て吉村家に行ってから一週間と時間が経っていない。そう考えると未だ全ての社に小者を派遣する作業は終了していないのでは無いか、そう思っての問いだった。


「幸いにもと言うべきなのか、不幸にもと言うべきなのか分かりませんが、派遣されてはおりました」


 その言葉を聞いた和香様は一瞬戸惑うと、静かな声で小和香様に聞いてきた。


「なあ小和香、その不幸にもって、一体どう言うことなん?」


 和香様の問いに応える小和香様は顔を顰め、口角を噛みしめる様にしながらその意味を話す。


「幸いにもと申し上げたのは、既にそこには小者が派遣されて居たということなのですが、その小者というのが残念ながら…」


 そこまで言葉を語ったところでその先言い淀んでしまう小和香様。

だがその表情から大凡のことを察しながら和香様は問う。


「それで?」


 そう言いつつ自分のことを見つめる和香様の視線に、何とも居たたまれな無かったのだろう。小和香様はすっと床の上に目を落とすと、苦しそうに答えるのだった。


「社と共に燃やし尽くされた様でございます…」


 小和香様のその言葉を聞いた和香様は静かに目を閉じた。


 その燃やし尽くされたという小者、果たしてどのような階位に有るものかは分からない。

がしかしその本分を果たそうとしたことには間違い無いことだろう。


 和香様としては褒めの言葉の一つも掛けてやりたいところなのだが、今となってはそれも適わぬこと。既に儚くなってしまった者への、慰労と弔い、せめてもそんな思いだけでも届けてやりたく、密かに脳裏で祈りの文言を唱える和香様なのだった。


「その後の現場の状況はどうなって居るん?」


 せめてもその小者の死を無駄にしないために、その場から少しでも情報を得るべきと思う故の言葉だった。


「それがその…」


 返事を返そうとするも、何とも言いにくそうな小和香様。


「どないしたんや小和香?なんや奥歯にものでも挟まったみたいやな?」


 対して小和香様はなんだか申し訳なさそうに言う。


「真に申し上げにくいのですが、その小者を派遣した神社が、元居神社でございまして」


 それを聞いた和香様は思わず顰めっ面をしながら額に手を当てる。


「なあ小和香、そこってもしかしたら卯華姫うけびちゃんとこか?」


「はい…」


「あっちゃ~~」


 思わずそう言いつつ天を仰いでしまう和香様。だがそうやって見つめたとて、その視線の先に誰がいる訳でも無いのだ。


「よりにもよって卯華姫ちゃんとこかぁ。で、どうやのん?」


 肩をすくめる和香様のことを見ながら小和香様が問い返す。


「どうと言いますと?」


 小和香様の言葉にじれったそうにしながら和香様が言う。


「だから卯華姫ちゃんのことやん?」


 そんな和香様の様子に苦笑しながら小和香様は言う。


「例によって例の如しでございます」


 それを聞いた和香様はほわぁ~~っと大きな溜息を吐いた。だが、それでももしかするとと思い小和香様に問うてみる。


「もしかして卯華姫ちゃんから何か報告は…」


 だが尚も問おうとする和香様の思いは、全て言い尽くす前に、ゆっくりと頭を横に振る小和香様の動作によって否定されてしまう。


「そうやろな~。そうや思てん。あの卯華姫ちゃんやからなあ?」


 とうとうその場で頭を抱えてしまう和香様。


 本来この卯華姫様という女神様は、和香様、強いてはこの国の民草に食物を供し、分け与えることを旨とした方なのだった。


 ところが昨今、人間達は科学技術成るものを使って大量の食糧を確保するだけで無く、持ち前の探究心や向上心によって、とんでもない領域にまで料理のレベルを引き上げていく。


 当初そのさまを呆れ果てながら傍観していた卯華姫様なのだが、やがてに


「もう私の役割は終わったんよねぇ。だとしたらこのままぼうっと存在してても仕方無いやん。さてどうしたものかしらねぇ?」


 等と仰って居られたのだが、その内何やら思いつかれた。だがあろうことか、その思いついた内容というのが、眠りにつくということだった。


 以来、卯華姫様は世間で何が起ころうとも、ほとんどの時間をうつらうつらと眠りながら過ごしている、そう言う女神様なのだった。


「なあ小和香、卯華姫ちゃんとこに誰か気の利いた配下おらへんかった?近場辺りでもええんやけど…」


 申し訳なさそうに頭を横に振る小和香様。


「あの辺りに居るものは、そのほとんどが卯華姫様の配下の小者でございます。以前は他にも居った様なのですが、寝てばかり居られる卯華姫様に愛想を…けふん…から離れられまして、今は御身の周りを世話する小者ばかりでございます」


「うはぁ、そうなんや…」


 和香様はあっちゃ~~という顔をして困り果てている。


「中でも最も気の利いたものに、今回の監視の令を伝えたのですが、あいにくとその者自身が社と共に消された様で、残された小者達からは訳の分からぬ様なことが、次から次へと伝えられて参りまして…」


 そう言うと小和香様もまた思いっきり渋い顔をする。


「本当に訳が分からないのです…」


「これはもう誰か気の利いたもんでも派遣せんことには、収拾つかへんかも知れへんなあ」


 そう言って溜息をつく和香様に、同調するかの様に小和香様もまた溜息をつく。


 しっかりと溜息をつき終えた後、そんなことばかりしていても埒があかないと考えた和香様は、期待を込めて小和香様のことを見る。


「え?何です和香様?もしかして私に行けと?」


 些か呆れながらそう言う小和香様。


「うん、あかん?」


 そう言いながら伺う様に上目使いで小和香様のことを見つめる和香様。

それを見た小和香様はつんとしながら言う。


「おやめ下さい和香様」


 小和香様にしては割ときつめのその言い様に、少し傷ついた和香様が拗ねたそぶりをする。すると小和香様がぼやく様に言う。


「お恐れながらこの私は、和香様御自らの手により、分霊でありながら姉妹の様にお作り頂きました。そうで有るが故、元々の私は貴女様に瓜二つなのでございます」


 そこまで言うと小和香様は微かに嬉しそうに微笑んだ。


「けれども私にとって、和香様と全く何もかも同じというのは余りに畏れ多く、故に髪型

や、その他を変化させるなどして、色々異なる様にしてきて居るつもりでございます。でも、それでも鏡を覗き込むと、自身の中に和香様の影を見てしまうのです」


 そう言いつつ小和香様の示した表情は、喜びと切なさがない交ぜになった様な、そんな複雑なものだった。


「なのにそんな御方がですよ?今こんな時に私に対して上目遣いだなんて…。どうか、どうかお控え下さいませ」


 そう言い終えると、少しだけれどもべそを掻きそうな表情になる小和香様のだった。


「うん、ごめん小和香」


 さすがに小和香様にその様に言われると、大分堪えたと見えて、素直に謝ってみせる和香様なのだった。


 だがそうやって謝罪の言葉を述べられても、未だ今少し言い足りなさを感じている小和香様は、加えて後少しだけ言い募る。


「大体ですよ、自分と同じ顔で上目遣いなどされたら、どうお感じに成られます?」


 和香様はその情景をそっと脳裏で思い浮かべてみる。


「うわ!あかんあかん、これはあかんわ」


 そう言いながらしきりと腕を擦っている。もしかしたら鳥肌でも立ったのかも知れない。


「それで和香様は、本当にこの私に、調査に行く様に仰るのでしょうか?」


 無事仕切り直すことが適い、なんとか通常モードに戻ることが出来た小和香様がそう問う。


「そうなんやけどあかんかな?」


 対して小和香様は何の躊躇いも無くきっぱりと言う。


「無理でございます」


「無理って、そないにつっけんどんに言わんでも…」


 思わず和香様は膨れっ面をしそうになるのだが、先ほどのことを思い出して必死になって普段の顔を装った。


「ではこちらをご覧下さいませ」


 そう言うと懐からメモの様なものを出してきて、それを和香様に見て貰う小和香様。


「なんやのんこれ?」


「私のスケジュール帳でございます」


 和香様が目を凝らしてみると、紙面に生真面目な綺麗な字で細かくびっしりと書き込んである。


「うわ~~~、なんやのんこれ?」


「今一度申しますが私のスケジュールです。ところどころに空きこそ有るものの、目一杯空けられたところで一日がせいぜいでございます。此度のことで調査に行くなどとてもとても…」


 しみじみとその紙面を見た和香様自身も、頷きながら渋々無理であることを承知する。


「しかしそしたら、どないしたらええんかいなあ?」


 途方に暮れた様に言う和香様。


「少なくとも派遣して現地の様子を調べて貰う以上、それなりに頭が良く、気の利いたもので無くてはなりませんね…」


 悩んだ風にしながらそっと頬に指を添える小和香様。そのさまがなんとも可愛らしい。


 小和香様の言葉を聞いた和香様が、頭を掻きむしる様にしながら言う。お陰で御髪が大変なことになってしまう。


「そんな気が利く様なやつ、そこいらにおったらうちが雇いたいは!…って、居るは!」


 和香様のその言葉に驚いたように問う小和香様。


「え?そのような方がどこに居られると?」


 まるっきり思い当たる節がないと不思議そうに問う小和香様。


「何言うてんのん、自分かて知っとるやん?」


「え?え?え?」


 そこまで言った小和香様もまた思い当たってしまう。


「え~~~、またですか?」


 もの凄く嫌そうにそう言う小和香様、いや、嫌そうと言うよりも申し訳なさそう?


「だってしゃあないやん、うちが知っとる範囲でこの仕事こなせそうなんはあの子しかおらへんやん?」


 その言葉を聞いた小和香様は、そのまま前にずしゃりと滑り込むように突っ伏してしまう。


「きっと、きっと雨子様、お怒りに成られるのだろうなあ…」


 そう言いながらそのままそっと和香様のことを見上げると、その場で腕を組みながら、まるで人ごとのように頷いている。間違いなくこれは、小和香様が頼んでくるものと考えているのだ。


「はぁ~~~~~~~~~~」


 これ以上無いくらいに長い溜息を吐いた小和香様は、さすがにどうしようもないと観念し、そのままはたりと力なく横たわるのだった。






 お待たせしました。


かつて見知った方が居られなくなると、寂しいですねえ…


本文舌足らずなところがあったり、おかしいところがあったので修正致しました

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