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天露の神  作者: ライトさん
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「深紅」


「事の発端は大体二週間くらい前に成るんかな?東北地方のとある小さな神社の社が燃えたんよ。まあそれ位なら八万以上もある社のうちの一つ言うことで、誰も気にせえへんかったと思うねん。そやけどな、それから現在に至るまでの間に毎日毎日、二十数棟にも上る社が燃えてるねん」


 そう重々しい口調で説明する和香様の表情は、今まで見たことが無いほど沈痛なものだった。そしてそれを聞いていた雨子様は、信じられないと言った表情で言う。


「いくら何でもそれは多過ぎるの」


「そうやねん、自然の発火現象とはもう言えんのやけど、さりとてこれが人の手に寄るものとも、また言い難いねん」


 和香様のその説明に雨子様が柳眉を上げる。


「それはまた何故なのじゃ?その様な件数が続くとあっては、そこに何らかの意志が働いている。もっとも可能性が高いと思われるのは、人の手に寄ると思うのが筋では無いのかえ?」


「うん、うちも最初火災の件数だけ聞いてた時はそう思うとってん。そやけどな、田舎も田舎、本当に僻地にばかり有るような神社やねんけど、それが全国各地に分散しとると聞いたらどう思う?」


「全国各地に分散?その様なことが有り得るのかや?」


 厳しい表情をしながら和香様のことを見つめる雨子様。その雨子様に応える和香様。


「現にそれが起こっとるんやからどうしようも無いねんで…」


「むぅ…」


 雨子様はそう言う成り腕組みをし、暫し考え込んでしまう。


「仮にそれが人の手に寄るもので有るとして、その様なことをして何か利が有るものじゃろうかの?広範な地域においてその様なことを為すには、それ相応の人員も要れば、資金も必要となろうぞ。残念ながら現在のこの国においてそれを成す意味が分からぬ」


 雨子様の語る言葉に、逐一頷きながらほんの僅かに頬を緩める和香様。


「雨子ちゃん、何やうち少し安心したわ。うちも同じ様なこと考えて、心の内、人の為し得たことでは無いと思うとってん。そやけど誰にも言われへんかったもんやから…」


 そう言うと和香様は、少しだけほっとしたような表情をするのだった。


「確かにの、其方のような大神が治める神社に所属する者は様々で有るだけに、迂闊なことはなかなか言えまいて。勿論此処に居る者達もこの話は内密ぞ?」


 そう言いながら雨子様は、部屋の中に要る面々を見回すのだが、居合わせた者達は、当然と言った表情で頷くのだった。 


「しかしの、だとするならば、余計にその社の火災は訳が分からぬことに成り居るの?」


 正に腑に落ちないと言った表情で問う和香様。


「やろ?その内の一件の場合は、火災が発生するところをテレビカメラでも捉えとったんやけど、突然何も無いところから発火しとるんやで?」


 和香様の説明を聞いた雨子様は渋い表情をしながら言う。


「であるとすれば、それはかつての令子の如き霊のような存在か、或いは付喪神と言ったような者どもの仕業と考えるのが妥当なのかも知れぬ。じゃが…」


「じゃが?何やのん?」


 身を乗り出してそう問う和香様。


「それだけの広範囲において、同様の事件が発生して居るのが何とも解せぬ」


「やっぱそうなるはなぁ」


 そう言いながら長い溜息を吐く和香様、その様子を見ながら雨子様が言う。


「和香、早う言わぬか?更にその先の何か情報が有るのであろ?」


 そう言う雨子様の言葉に、和香様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。


「あ、雨子ちゃん?何で自分そう思うん?」


 そう言う和香様に、呆れたような表情で雨子様が言う。


「異な事を言うでない和香。一体其方と我、何年にわたる付き合いじゃと思うて居る?見通しじゃ」


 その言葉を聞いた和香様は、実に嬉しそうな顔をする。だがそれも束の間のことで、直ぐに厳しい表情に成ると話し始めるのだった。


「やっぱり雨子ちゃんやな、思てたとおりや。自分が言う通り有る説が浮かび上がってるんよ。これはうちの榊が言い出したことなんやけどな」


「榊がか…」


 そう言いながら雨子様は、榊と呼ばれる穏やかな表情の初老の男性のことを思い起こしていた。

 和香様はそんな雨子様の様子を目に留めつつ言葉を繋げていく。


「榊が言うには、前にあった龍像と隗の事件、あの時うちの神社目がけて隗と、その他諸々多くの悪しき者どもが一斉に押し寄せて来とったやろ?そやけど雨子ちゃんがその頭目と思しき隗を討ち取った途端、後に残った連中まで、皆一遍に消えてしもうてん」


「むぅ、確かそうであったな。何とも面妖なことと思うて居ったのじゃが」


「やろ?それでその後少し経ってから、神様連中集めて調べてみたりしてたんやけど、恐らくその有象無象共は、隗から力を分けて貰っとったんやろうてなったんよ」


 それを聞いていた雨子様がくいっと眉根を引き上げる。


「何?和香?我はそのことは知らぬぞ?」


 そう言いつつ少し不機嫌そうに成る雨子様。

その表情を見た和香様は少し慌てながら言う。


「こらこら、何怒ってんねん、しゃあないやんか。自分、空に上がった後暫くひっくり返っとったやんか?」


 和香様にそう言われて当時のことを思い出す雨子様。彼の国から発射された核ミサイルに対処する為、神力を尽くして空に上り、様々なことがあってなんとか無事対応出来たものの、力尽きてしまって落下中、危うく燃え尽きてしまうところだったのだ。


 八重垣様の活躍もあって、何とかぎりぎりのところで救い出されたが、復活する為にはかなりの時間を要したのだ。ことは恐らくその間にあったのだろう。


 仕方無しと渋々納得した感のある雨子様、だが仏頂面。


「じゃが、じゃが、なら後ほどであったとしても一言言ってくれて然るべきであろ?」


 そう言いつつ大いにむくれている。

そんな雨子様のことを見ながら、抑えきれずに苦笑した和香様が言う。


「あのな雨子ちゃん、そうは言うけどあの時自分、本当に弱っとってんで?だから要らん話し聞かせとう無かったし、少しでも元気出るようにって、祐二君が会いに行く機会を出来るだけ増やしとってんで?」


 祐二の名が出た途端にぎょっとし、恐る恐る祐二の方を見る雨子様。


 当の祐二はと言うと、大人しく何の表情も浮かべないようにしている。がしかし、その口元を見ると微妙に歪んでいることから、雨子様には、彼が笑いを堪えていることが分かってしまうのだった。


「こほん」


 短く咳払いをする雨子様。


「であれば仕方無きことじゃの?」


 取り繕った表情で雨子様がそう言った途端、さっと後ろを向く者数名。多分笑いそうに成るのを堪えてのことだと雨子様は理解するのだが、放置する。敢えて突っ込んだりしようものなら、自ら傷口を広げてしまいそうに思うからだった。


「それで榊の言うのにはやな」


 何とか場が収まりつつあるのを見計らいながら和香様が言う。


「他の国には八百万の神々が御座すと評されているうちらの国に、隗という将一人で攻めてくると言うのは、少し弱いんとちゃうかって言うんよ」


「何じゃと?」


 さすがにその言葉には雨子様も驚きを禁じ得なかった。


「では他にも将が、この国を攻める為に来て居ったと申すのかえ?」


「うん、その可能性があるのじゃ無いかって言うとるんよ」


「成る程、その可能性は拭えんの」


 そこまで言うと和香様は大きく身を乗り出して雨子様に質問した。


「あの戦いにおいて、一番に矢面に立っとったのは雨子ちゃんや、その雨子ちゃんにとって隗というのはどんな奴やった?」


 すると雨子様はぶるりと身を震わせて言う。


「一言で言うと、この上なき強者であったの」


 そう言うと雨子様はぐっと目を閉じる。


「我に疑似宝珠という手立てなかりせば、今この場には居らぬであろうの。そして例え和香が、遍くこの国の民全ての信心の力を得たとしても、おそらくは勝てなかったであろう。それほどの力をあやつは蓄えて居った。故にその力に依存して居った者達が同時に消えたとしても、何の不思議も無いものと思われる」


「それほどの…」


 雨子様の言葉を受けた和香様が、掠れた声でそう言う。


「まあ元より、我らが人より得ることが出来る力は実に弱きものであるからの。長年に渡り、数億に上る民のあらゆる心の力をむしり取ってきた龍像の力を思えば、致し方無きことであろう」


 そこまで言うと、自分の前にあった麦茶のグラスをつと手に取り、喉を潤す雨子様。

グラスに付いた水滴がほとりとスカートの襞に落ちたのを、さっと手で払いながら言葉を継ぐ。


「じゃが如何に彼の龍像であったとしても、あの隗ほどの臣下を揃えるのは恐らく難しいであろう。そう考えると、もし隗以外に将が居ったとしても、あの様に力で押すものでは無く、寧ろ智を巡らすものでは無いかと思うのじゃが、そこのところ和香は如何思う?」


 雨子様の述べた言葉に考え込みながら和香様が言う。


「成る程、智将かぁ…。もし、もしやで、雨子ちゃんの言う通りやとすると、これは案外隗を相手にするよりも厄介かも知れへんで?」


 和香様の言葉に、雨子様は大きく頷いて見せる。


「確かにの。して和香、その後如何なる手立てを打って居るのじゃ?」


 それに応える和香様、珍しく少し自信なげな表情を見せている。


「うん、それなんやけれど、全国の神社のうち普段から神や神職が居らん社、…もっともめっちゃ数が多いんやけどな…そこに各地の有力神社から、小者を配してもろうて、何とか少しでも敵の正体を探るべく、小和香に手配を依頼してきたとこや」


「成るほどの、現状を考えるとせめてもそれが最善手と言えるかも知れぬの。だが弱いのう…」


 その言葉に和香様はがっくりと肩を落とす。


「やっぱ雨子ちゃんもそう思うかぁ?うちもそうやってん。でもこっから先どうしたもんか、何も案が思い浮かばへんねん、それも有ってまあ、自分とこに寄せてもろうたんよ」


「ふぅむ…」


 と言いながら胸の前で腕を組み、思案に暮れる雨子様。

時折ぶつぶつと何やら呟いているところを見ると、色々と思索に耽っているようだった。


 そんな雨子様がふと和香様の上に目を留める。


「時に和香、其方を見て居って先程からどうにも違和感を感じると思うて居ったのじゃが…」


「違和感?」


 そう和香様が問い返すのだったが、彼女を取り巻く全ての者がうんうんと頷いている。


「今ようやっとその正体に気がついたのじゃ」


 そう言う雨子様の元へ、一斉に皆の注目が集まる。


「和香よ、其方が普段常用して居るような物に比べて、その衣装、何とも可愛らしいの?よう似合うて居るぞ?」


 その言葉にぎょっとしつつも、目顔でその場に居るもの全てに問う和香様。


「そ!そうなん?」


 そう問われた者全てが大きく頷きながら笑みを浮かべる。


 ここに来て慌てて自らの来ている物に目を向ける和香様。

ぐるりと頭を巡らし節子に向かう。


 節子はそっと席を立つと、和香様の手を取り静かに鏡の所へと案内するのだった。


 数瞬後、聞こえる悲鳴のような声。


「きゃ~~~何これ?めっちゃ恥ずかしい!」


 それから後は何の音沙汰も聞こえてこないのだが、暫く後にようよう、節子に手を引かれた和香様が戻ってくる。


 そしてどっかと元居た席に腰を下ろすと、両手の平で顔を覆う。その手から漏れ出ている両方の耳は真っ赤。


「うちな、色々考えとって…ぼぉっとして、小和香に言われるまま着替えてここに来たんよ…。これ…小和香の一張羅やんか。小和香ぁ~~~」


 普段外に出る時は、得てしてラフな格好しかしない和香様。おそらくはそんな和香様に、少しでもちゃんと着飾って欲しいと思えばこその、小和香様の配慮だったのでは無いだろうか?そう思われるのだが…。


 思いも掛けぬほどの和香様のこの動揺ぶりに、見守る者達も大丈夫かと声を掛けたくなる。


 そこへ心配した祐二がそっと声を掛ける。


「和香様、とってもお似合いだと思いますよ?」


 その言葉に、指の隙間からそっと祐二のことを見る和香様。

そこにはにこやかな笑みを浮かべつつ、優しく彼女のことを見つめる祐二の目、お陰でますます顔を深紅に赤らめる、そんな和香様なのだった。







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