「鳴動」
それはとある田舎の片隅で起こった小さな小火騒ぎから始まった。
言ってもそれによって被害に遭ったのは、寂れかけて参る人も居ないような神社の、小さな社が燃えただけで、それも他に延焼すること無く早い時期に消し止められた。
だがそう言った事柄も数が集まれば噂になり、噂が集まれば事件として表に出てくるようになる。
どうしてこうも寂れた神社ばかりに火災が発生するのか?偶然も重なれば必然になり、必然の向こう側には何者かの意志が感じられるのだった。
そしてそれらの報告は、ある時点を以て全て、宇気田神社の和香様の下に集められるようになるのだった。
神社の奥の院にあるとある一室、そこでは和香様が眉根に深い皺を寄せながら、筆頭神職の榊からの報告を聞いていた。
「…と言うことで現在手元に届いている資料に寄りますと、合計で二十数社に上る社が火付けの被害に遭っております」
一通りの説明が終わったところで、重苦しい雰囲気が辺りを支配する。
普段はおちゃらけた感じで、親しみやすさを出しているところがある和香様なのだが、今日ばかりはその様な雰囲気は微塵も感じられないのだった。
「それでその犯人についての目撃報告などは受けて居らぬのか?」
和香様に尋ねられた榊は表情も変えぬまま静かに返答する。
「はい、今のところそれを目撃した者の報告は受けておりません。ただ奇妙なのは…」
「奇妙なのは?」
榊がさらりと手元の書類を捲る音がする。幾ページか捲った後に目的箇所が見つかったのだろう、引き続き報告を続ける。
「栃木県のさる社についてなのですが、普段から悪戯されることが多く、地元の有志によって防犯用のテレビカメラが設置されておりまして」
「何?もしかするとそこに何か映って居ったと申すのか?」
和香様のその問いに初めて榊は顔を顰めるのだった。
「それがおかしいのです、カメラはずっと社の様子を捉えていたのですが、火付けに係わるような物は何も映っては居らないにも係わらず、突如として炎が上がり、社を全焼させて居るのです」
「何と面妖な…」
「尚消防関連から上げられた資料に寄りますと、当該箇所には電気配線等、火災を引き起こすような物は何も無かったとのこと。また、当日は晴天で穏やかな天候とのことで、自然災害による発火とも思われません。残念ながら完全に五里霧中の状態に入りまして御座います」
「成るほどの…」
そう言いつつ和香様は、榊が何か言いたげにしているのを見取り、その発言を促すのだった。
「榊、思うことが有るのであれば申してみるが良い」
そう言う和香様の発言に、榊は恐れ入りながら丁寧に頭を下げると語を継いだ。
「和香様、例の隗が係わる厄災に付いては覚えておられますでしょうか?」
勿論榊も和香様が忘れている等とは露ほども思って居ない。
「うむ、忘れようも無い厄災であったな」
思い出したくも無いと言った渋い表情をしながらの和香様の言だった。
「あの折は御自らの御出陣により、無事敵将を討ち取られ、災いを絶たれて居るのですが」
そう言う榊に、和香様は苦笑しながら言う。
「だから何度も言うたでは無いか、隗を討ち取ったのは雨子ぞと」
そう言う和香様に初めて相好を崩した榊が言う。
「私は存じておりますが」
そう言うと榊は周囲を見回すようにした後、小さな声で言う。
「存じては居りますが、世間的に雨子様は無名の存在。遍く知らせるにはちと不都合と言うことで、和香様の御々力でと言うことになっておりまする故」
「まあ本人もまたそれを望んで居るが故、致し方無きことかの」
「それで例の隗を討ち取りし時、彼の者に付随して居った多くの悪し者も時同じくして消え、あくまで推測では御座いますが、恐らく霊的に隗と繋がって居たのだろうと言うことになりました」
「うむ、その話は聞いて居るし、神々の間でもその痕跡が認められたことにより、まず間違い無かろうと言うことになって居る」
和香様のその言葉を聞いた榊は尚も声を潜めながら言う。
「それでなのですが…」
その様子を目にした和香様は手招きをして榊を身近に招き寄せる。
「秘すべきことか?」
真剣な眼差しで和香様から視線を逸らすこと無くゆっくりと頷く榊。
「申してみよ」
和香様にそう言われたことで榊は更に側に歩み寄り、その耳元で和香様にのみ聞こえる様に話を始めるのだった。
「あくまで私見で御座いますればご容赦の程を」
「良い話せ」
「私が思いますのに、我が国には他国に比するものが無いほど、多くの神々が御座します。その様な国土を攻めるのに、如何に隗という将器が優れた者で有ったとしても、彼の者一騎というのは少なすぎるのでは無いか、その様に愚考するのです」
おちゃらけている時はいざ知らず、この様相の和香様が大きく表情を崩すのは珍しいのだが、今ばかりはぎょっとした感じで榊のことを見つめるのだった。
「有り得ぬ話しでは無いの?」
「はい」
そう言うと榊は再び元居た位置に後ずさりながら戻る。
「つまりは未だ見ぬ今一人の将が、龍像無き今己が判断にて捲土重来を考えて居る、そう言うので有るな?」
「はい、あくまで絵空事の域を出ない考えでは御座いますが…」
一時和香様は深く沈思黙考を行うのだった。その後ゆっくりと口を開く。
「うむ、捨て置いて良いほど軽きことでは無い故、手を打たねばなるまいて。現状被害が有るのは主無き社のみとは言うものの、それでもそれらの社はこの国を守る結界の一端で有り、災の訪れを知る為の物見でも有る」
それを聞いた榊は深く頷く。
「仰るとおりで御座います」
そう言う榊のことを見つめながら、和香様はまずは対策案を述べる。
「ともあれ全国の神に連絡を入れ、配下の社に可及的速やかに小者を配するのが良かろう」
だがこう言った神様関連の連絡事となると、もはや榊の手には負えなくなってくる。
となると小和香様の受け持ちとも成るのだが、その小和香様は現在、和香様の代理としてとある神事を熟している最中なのだった。
「良い、ここから先の手配はこちらで行う故、榊は一般での警戒を呼びかけよ」
「畏まりまして御座います」
そう言うと榊は一礼した後、その場を辞するのだった。
その後ろ姿を見送りながら和香様が呟く。
「さてなあ、持つべきものは友言うけど、やっぱ早めに相談しとくべきなんやろなあ」
榊が居なくなった途端に気が緩んだのか、はたまたこちらの方が今や定着しているのかは分からないのだが、急ぎ相談の為に出掛けることにする和香様なのだった。
遅くなりました
さて、新章突入みたいな感じでしょうか?




