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天露の神  作者: ライトさん
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「颯爽雨子様?」


「お待たせしました」


 にこやかな笑みを浮かべた小和香様が、巫女衣装に着替えた雨子様を伴って部屋に戻ってきた。


 雨子様が自身で言うだけ有って、巫女の姿がとても良く似合っている。


 神様なのに何故に巫女と突っ込みたい気もするが、本来の神の装束は装飾が多く、軽快な動きを取る為には余りにも制約が多いらしい。で、次点で選ばれたのが巫女の衣装と言う訳で、今やすっかり雨子様の戦装束として定着しているようだった。


「雨子さんかっこいい!」


 令子の口から黄色い声が飛ぶ。彼女は初めて雨子様の巫女姿を見たのだが、さすがに戦装束として使うと言うだけ有って、何とも様になって凜々しいのである。


 当の雨子様は、まさかこんなところで嬌声を浴びるとは思っても居らず、顔を赤らめて思わず小和香様の背後に身を隠してしまう。


 そんな仕草が、またいたく令子の心を刺激したらしい。


「可愛い!雨子さん!」


 そんな風に言いながら目を輝かせて見ている令子のことを、まるで珍しい動物か何かのように見つめている和香様。そしてそんな和香様のことを苦笑しながら見つめている小和香様。正に四者四様である。


「れ、令子?」


 自分のことを熱い視線で見つめて来る令子に、雨子様は恐る恐る声掛けしている。

かつて無い令子の姿にどう反応したら良いものかと、戸惑っている様がありありと分かる。


 そんな神様方の中で、ある意味もっとも人慣れ?している小和香様が、場を取り仕切ることにする。


「申し訳御座いませんが令子さん、それ位になさって下さいませ。雨子様が戸惑われております」


 令子は小和香様にそう言われて初めて、その背後から怖々と覗いている雨子様の様子に理解が行くのだった。


「ごめんなさい雨子さん」


 そう言いつつ顔を真っ赤にしながら両手の平で顔を覆う令子。

そんな令子と雨子様の両方を、交互に見ながら何故だかうんうんと頷いている和香様。


「和香様もそんなに嬉しそうに状況を見ていないで、なんとかして下さいまし」


 ただ楽しむばかりの和香様に、小和香様は少しばかりお冠状態だった。

 

「いやいや、こう目まぐるしく色々有ったもんやから、なんか頭が付いていかへんかったんよ、ごめんしてな小和香?」


 僅かではあるが珍しく怒りを表に出している小和香様のことを見て、少しばかり慌てながら和香様が言う。


「ま、とにかく当初の目的をはたさんとな?」


 そう言いつつ小和香様の顔色をうかがってしまう和香様。

そんな和香様のことを見ていた小和香様はすっといつもの状態に戻り、ぱんぱんと手を打つ。すると部屋の外から小者達が、小さめの座敷机をもって中に入ってきた。


 よって部屋の中には、普段から置いてある大きめの座敷机と、今持ち込まれた小さめの座敷机、都合二つの机が少し離れたところに配置されたのだった。


 そうこうするうちにお茶の道具やら、茶菓子の載った皿などやらを持った小者達がわらわらとやって来て、小さい机の上にそれらの品を載せていく。


 全ての物が揃ったのを確認した小和香様は、にっこり満面の笑みを浮かべながら皆に言った。


「これで全てが揃い準備が出来ました。皆様方、それでは雨子様に給仕を行って頂くことと致します。お客様には令子さんがなって頂けますか?」


 するとそう言う小和香様のことを妙に必死になって和香様が見つめてくる。


「如何為されました、和香様?」


 すると和香様は小和香様を拝むようにして言う。


「なあなあ小和香、うちもお客さんにしてくれへんのん?」


 まるでせがむようにそう言う和香様に、小和香様は実に平静に返答する。


「そうは仰いましても、木賃と全体を見てことの如何いかんを見守って下さる方が居りませんと、此度の企ての意味が無くなるでは無いですか?」


 小和香様にそう言われてしゅんとしてしまう和香様。その余りの萎れように気の毒に思った雨子様が言う。


「良い小和香、最初の客は令子として、二番目を和香とすれば良いだけのこと。我の給仕の美事な姿を見れば良いのよ」


 何故だか既に自信満々の雨子様のその提案により、和香様は無事二番目の客となることが出来たのであった。


 さて余裕綽々の様子の雨子様に給仕を願う前に、小和香様は令子といくつかの打合せを行う。そしてメニュー代わりに、そこに用意してある物品が記載されているメモ用紙を手渡すのだった。


「令子さん、これらの中から選択してオーダーして下さいませ。出来るだけ現実に即するのが目的ですが、その辺のことは凡そ令子さんにお任せ致しますのでご自由に」


 渡されたメモに玲子が目を通すと、インスタントではあるが珈琲紅茶、更に日本茶を始めとして、それ以外に何種類かの和菓子が取りそろえてある。これだけ急なことにも係わらず、小和香様は随分頑張られたものだと、令子は思わず感心してしまった。


「それでは皆様宜しいでしょうか?」


 皆の様子に目を通す小和香様。それに応えて頷く雨子様に令子、最後に和香様に視線を向けると、その彼女も鷹揚に頷いてみせるのだった。


「ではお願い致します雨子様」


 小和香様にそう言われた雨子様、直ぐに令子の所にオーダーを取りに行くかと思われたのだが、何やら固まっている。


「え、あ、う?」


 そして小和香様と令子の間に交互に視線を走らせているのだった。


「雨子様?」


 思わずそう問いかける小和香様の言葉に、何故だか嬉しそうにしている雨子様。


「何じゃ?」


「どうぞお客様の所へ注文を取りに行って下さいませ」


 小和香様がそう言うと雨子様はほっとしたようにうんうんと頷いている。


「うむ、行けば良いのじゃな?」


 この段になってその様なことを言ってくる雨子様に、小和香様は少し頭を抱えたくなりつつ言う。


「雨子様、注文を取りに行く判断はご自分でなさることでございます。誰もそうしなさいとはもうしません故、適時なさって下さいませ」


「う、あ、うむ。分かったのじゃ」


 そう言う雨子様は漸く動き始めるのだが、どうもその動きがおかしい。


「雨子様、何故か左手と左足が同時に出ていますが?」


「う、あ?そうかや?」


 全く以て何ともぎごちないのである。目は虚ろになり何とも定まらず、口元は出来の悪い操り人形の様にかくかくと動き、手足の動きはぎぎぎとまるで油の切れたおんぼろ機械で有るかのよう。


 思わず見ていた和香様から野次が飛ぶ。


「ポンコツか?」


 普段の優美な雨子様の動きを皆見知っているだけに、正に和香様のポンコツという言葉に相応しい有様に、全員目を白黒させているのだった。


 そして誰よりもそのことに驚き、意気消沈しているのは雨子様。


「何故じゃ、何故なのじゃ~~~!」


 通常この様なことは全くあり得ないというか、有り得てはいけないことなだけに、雨子様のことを笑う訳にもいかず、寧ろ慌ててその元に急ぐ和香様。そして心配そうに言う。


「一体全体どないしたん言うんよ、雨子ちゃん?」


 すると雨子様はべそをかきそうになりながら言う。


「それが分からぬから困って居るのじゃ…」


 そう言う雨子様の額にこつんと自分の額を当てると和香様が言う。


「ちょっと待ってみ、うちが見てみたるから…」


 そしてそのまま時が経つこと十余分、ゆっくりと額を離し、ぺたんと座り込んだ和香様が言う。


「あのな雨子ちゃん、自分が組んだその人の身体。その身体を動かす為の呪の構文の中に、間違いとかでは全く無いのやけれども、いくつかの条件の下で、互いに干渉し合う部分が一カ所有るみたいやな。そしてそれが干渉すると輻輳状態になってあないな具合になるみたいや。印付けといたさかいに、自分でも見てみてみ」


「何じゃと?その様なことが…」


 和香様の話を聞いた雨子様は、自分もまたその場にぺたりと座り込むと、何やら瞑想状態に入るのであった。


 そんな雨子様のことを見ながら顔を見合わせる小和香様と令子。


「大丈夫なのかしら雨子さん?」


 心配そうにそう言う令子のことを見ながら、同様に不安そうな顔をした小和香様が言う。


「和香様、本当に大丈夫なのでしょうか?」


 すると和香様は苦笑しながらゆっくりと説明してみせるのだった。


「大丈夫や、そんなに心配することやあらへん。そやけどなあ…」


 何とも物思わし気な表情をする和香様。


 不安になった令子と小和香様が、目の色を変えて和香様の下へ詰め寄る。


「「一体雨子さん(様)に何があったと言うのです?」」


 気色ばむ二人に気圧され、些かたじたじとする和香様。


「ちょちょっと待ちやぁ~二人とも!直ぐにどうこう有る訳やあらへんから、そないに詰め寄らんといてんか?ちょっと怖いで?」


 なんとは無しに和香様が涙目に見えるのは気のせいか?


「それで一体どう言うことなので御座いますでしょう?」


 更に聞き募る小和香様に、和香様は静かに言う。


「まあ待ち、大まかなことはさっきうちが雨子ちゃんに言うた通りなんやけど、実際こう言うの調べるのは雨子ちゃんの方がうちより上手いやろ?そやから今は静かにして雨子ちゃんの調べるのを待ちぃな」


 なんとかその説明で納得することが出来たのか、いや、当面待つしか無いと諦めたのか、小和香様と令子は、和香様の傍らで静まりかえりながら雨子様のことを見守っていた。


 さてそれから凡そ二十分ほどの時間が過ぎただろうか?雨子様が微かに身じろぎをしたかと思うと、ぱちぱちと瞬きをしながら身体の緊張を解き始めていた。


 その真剣そうな顔を見ていると、誰もが質問の言葉を口にすることが出来ずに、暫く経って仕方無しとばかりに和香様が口を開いた。


「それで雨子ちゃん、どうやったん?」


 そう聞かれた雨子様は、はっとしながら、皆がそこに居ることを今更のように気がついたようだった。


「うむ…。正に和香の言うた通りであった」


「ちゃんと原因が掴めたんやな?」


 そう聞く和香様の言葉に雨子様が静かに頷いて見せる。


「そしたらもうそれ直すだけやん、やれやれやで」


 と言いつつほっと肩の力を抜く和香様。がしかし雨子様の面持ちは相変わらず渋いままなのだった。


「和香様…」


 それを見ていた小和香様が、そっと和香様に注意を促す、どうにも様子がおかしいのだ。


「なあ雨子ちゃん?もしかして未だ問題が有るんか?」


 そう聞く和香様の言葉が少し堅い。

再びゆっくりと頷く雨子様。


 驚いた和香様が目を丸くしながら言う。


「なんやて?雨子ちゃんともあろう者が、原因が分かっとる呪についての問題を、もしかして直せへんとか言うのや無いやろな?」


 対して雨子様は、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声でぼそぼそと答える。


「現状では直せぬ」


「なんやて~~~!」


 後にも先にも、これほど驚いている和香様のことを、ちょっと見たことが無いと思う小和香様。さておきその小和香様も驚いてしまう。


「そんな、まさか!」


 それを見聞きしていた令子は釣られて泡を食う。


「え?え?え?どうしたの?何があったの?何が起こったの?」


 ただの幽霊を人間とも成せるような、そんな万能さを見せてくれる神様方のこの驚きよう。令子としては、ただそれだけでも大いにショックを感じるに足る事柄だった。


「落ち着け。落ち着け、ひっひっひっふぅ~~~」


「って、和香様、それ違う!」


 思わず突っ込みを入れてしまう令子、そうでもしないとおかしくなりそうだったのだ。


 まあそれだけ皆が驚き慌てたという訳なのだが、その妙な呼吸法をしたお陰か、まずは和香様が落ち着きを取り戻すことに成功した。


「で、何で直せへんの?」


 少しずつ気を落ち着かせながら和香様はゆっくりと雨子様に問うた。

すると雨子様は皆のその慌てように苦笑しながら、何故直せないかを皆に伝えるのだった。


「既に大まかに見て来ておる和香には分かると思うのじゃが、問題の部位なのじゃが、結構基本の所にあるのじゃ。構文を直すこと自体は極めて簡単なことなのじゃが…」


「だとしたらどうして直せないと?」


 目に心配の色を湛えながら小和香様が問う。


「それはじゃな…」


 そう言うと雨子様は何とも切なそうな顔をしながら言葉を続けた。


「それは今のこの身体の有り様を、一旦解除せねばならぬからなのじゃ」


「解除出来ないのですか?」


 詳細は分からないものの、文脈から考えて令子がそう聞いてみる。


「…解除はしとう無いのじゃ」


 そう言うと雨子様は泣きそうな顔になった。


「我はの令子、この身になって、この人間の肉の身を得てから祐二に恋したのじゃ。そして恋とは論理だけで無ければ、心だけでも無く、身体だけでも無い。それら全てから導かれる物じゃ。我は、我は…、その連続性を失いとうは無いのじゃ。もし、もし失えば、今の祐二への恋心が変容してしまうやもしれん。それが怖いのじゃ…」


 そう言いつつはらはらと涙を零す雨子様。その言葉を聞いて初めて、雨子様の心の奥に潜む恐れの正体を知った令子は、もう何も言わずに雨子様の元に駆け寄り、しがみついた。


 本当であれば抱きしめたいと思ったのだが、何分現在の令子は小さな子供の身体、今はそれが精一杯なのだった。


「これは難儀やなぁ~~」


 そう呟くように言う和香様。


「なんとかならないのでしょうか?」


 と問う小和香様。


「こればっかりはなあ、雨子ちゃんに出来へんものをうちに出来るとは、ちょっと思えへんのやなあ。爺様にでも相談すれば、もしやとは思うんやけど、いや~~、やっぱりあれは無理やろなあ」


 何とも深刻な雰囲気に成り、沈鬱な表情になる神様方。

そんな中ふと令子が声を上げる。


「ねえ雨子さん、でもそれって喫茶店のウエイトレスが出来ない、そう言うことだけなのですよね?何がどうなってそうなるのかは分からないけど?」


 今は令子が何を言っているのか良く分かっていない雨子様、変わらず沈んだままの声で言う。


「うむ…その通りじゃ」


「ならいっそ、それ以外のバイトをすれば良いだけのことじゃないのですか?」


「ふへ?」


 この言葉、こともあろうに雨子様の口から漏れ出た言葉なのだ。信じられないといった面持ちで見る和香様に小和香様。


 しかしそんなことはどうでも良いとばかりに、再び沈思黙考に入る雨子様。


 そして今度は待つこと三十分、その答えは雨子様のぱっと華やいだ顔つきを見れば一目瞭然なのだった。


「全く問題無いのじゃ…。他の業種であれば如何なる物も出来るであろうな?」


「ふうはぁ~~~~」とは和香様。


「何や真剣に考えて損した…」


 そう言う和香様の言葉に雨子様がむくれる。


「そうは言うがな、我は目の前が真っ暗になったのじゃぞ?」


 そんな雨子様の言葉を擁護するように小和香様もまた口を挟む


「そうですよ和香様。そうで無くとも恋する乙女は不安定なんです」


 そう言う小和香様のことをぐるりと首を巡らせて見つめる和香様。


「え?小和香も誰かに恋しとるん?」


 すると小和香様は顔を赤くしながら一生懸命にそれを否定する。


「わ、私は誰にも恋なんかしておりません!」


「でもそう言う割にはなんや妙に詳しいやん?」


 更なる和香様の追求に、しどろもどろに成りながら言葉を返す小和香様。


「巫女友達に借りた漫画で学んだんです!この話題はもう終わり、終わりなんです!」


 なんだか無理矢理話題を切られた和香様は、少し不満に思いながらも、それ以上の追求をすることは無かった。はてさて一体何が起こっているのやら…。


「まあ大山鳴動鼠一匹だったことは良く分かった。そしたら雨子ちゃんのバイト、もう一つ提案が有るんやけどな?」


 和香様のその言葉に、他の神々?は大いに耳目を開くのだった。






 大変遅くなりました。

その分長いのでお許しを!

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