「令子の祥(きざし)」
宇気田神社に来て、一応全ての所期の目的を果たした吉村家の面々は、そろそろと言うことで和香様に暇乞いを願い出ようとしていた。
と、その中で令子と雨子様だけが未だ少し用があるとのことで、後に残ることを希望する。
帰りはそう遠いことでも無いので電車で戻る事も出来る。
だからさして問題になることでは無いのだが、さて、未だ残ってしなくてはならないことが何かあったかしらんと、祐二と節子は顔を見合わせるのだった。
「雨子さん?」
気になってしまった祐二が、何を聞くでも無しに雨子様にそう声を掛ける。
雨子様は曖昧に問う言葉を口にする祐二の、少し物言いたげな表情を汲み取りながら返事をする。
「案ずるな祐二。別に大きな問題があって残る訳では無いのじゃ。ただ少しばかりの…」
そう言うと令子の方へ視線を向ける。すると何となくでは有るが、雨子様の思いを感じ取った令子が、その笑みに併せるように微笑みを浮かべつつ、祐二のことを見返すのだった。
そんな彼らのことを見ていた節子は、にっこり白い歯を見せながら言う。
「なら先に帰るわね?出来れば御夕飯までには戻ってくるのよ?」
そんな節子に向かって雨子様はうむとばかりに頷き、一方令子は「はい!」としっかりと言葉にして返事を返すのだった。
彼女らの言葉に納得し、それ以上の干渉は無用と考えた吉村家の者達は、またねとばかりに手を振りながら部屋を出て行った。
その後を見送りながら令子は笑顔を浮かべ、雨子様もまた小さく手を振りながら祐二のことを見送っている。ほんの僅かなことなのだけれども、その目に寂しさの影が落ちたことは、多分祐二だけが知っていることだろう。
小和香様が彼らの後を追い駐車場まで送って行くという事で、後に残ったのは和香様と雨子様、それに令子の三人ということになるのだった。
「それで雨子ちゃん、後に残ってまで話したいって言うのは何やのん?」
予めこうなることを何も聞いていなかった和香様が、ちょこっと首を傾げながらそう問いを発する。
「うむ、済まぬの和香。其方相も変わらず忙しいであろうに、この様に時間を取ってしもうて…」
だが和香様はそんな雨子様の気遣いを一笑に付すべく、にこやかな笑みを浮かべながら言った。
「何言うてんの雨子ちゃん、自分この国を救った立役者や無いの?そんな雨子ちゃんの話を聞かんといて放り出したら、それこそ罰当たるわ」
そう言う和香様の言葉に苦笑しながら雨子様が言う。
「助かるの和香。しかし一つ疑問に思うのじゃが、この世の一体誰が其方に罰を当てられるというのじゃ?」
雨子様のその言葉に一瞬きょとんとした表情をする和香様。その後吹き出しながら言う。
「ぷふぅ!確かにそう言われたらそうやな?感じとしたら爺様くらいなんやけど、それって完全に筋違いやしなあ」
いつもの事ながら仲の良さそうな二柱の会話に、呆れたり驚いたりの令子。そんな令子の頭にふっと手を載せると雨子様が言う。
「さてそれでは本題に入るとするかの?」
「って、やっぱり令子ちゃんがその中心に居るんやね?」
「まあどうしてもそう成ってしまうの。」
だがどうにもこの会話の流れ着く先が見えない令子は、きょとんとしながら雨子様の言葉の先を待っていた。
「ところで和香、これなる令子のことを見ていて何か感じぬか?」
そう言う雨子様の言葉に、眉根を顰めた和香様が真剣になって令子のことを見つめる。
と、そこへ吉村家の面々を見送ってきた小和香様が戻ってきた。
「ただいま戻りました…って、和香様は何をされているのです?」
帰着の挨拶の言葉から後ろ、急に声を潜めるとそう雨子様に問う小和香様。
そんな小和香様の問いに、和香様の集中を妨げまいと配慮した雨子様は、耳に口元を寄せて小さな声で言う。
「最近令子に些か変化があっての、そのことを今和香に確認して貰って居るところなのじゃよ」
「令子さんに変化?」
他ならぬ令子の変化とあって小和香は少し気色ばむ。顔を合わせ、話をするほどにうまの合うことを憶える二人は、最近は旧知の親友のような交友を続けている。
それだけに小和香様としても、雨子様の言葉に聞き流せないものを感じているのだった。
「あの、雨子様。私も令子さんのことを見てもよろしいでしょうか?」
小和香様と令子の関係性を既に知っている雨子様としては、その要望を断る理由が無い。言葉に出すまでも無く軽く頷いて許可を出すのだった。
そこで小和香様は、一気に注意力を引き上げ、視覚的走査以外に様々な感覚器の感度を爆上げさせつつ、令子のことをしっかと見始めるのだった。
暫しの時間の経過の後、和香様が小和香様に静かに声を掛ける。
「なあ小和香、令子ちゃんの変化、理解出来たか?」
すると小和香様は、大きく目を見開きながら言う。
「これは…」
和香様はその反応に満足しながら言う。
「そうやろ?びっくりやろ?うちも暫くの間信じられへんで、もう何回調べ直したか分からへんで…」
そんな神様方の会話に、短から無い時間ずっと沈黙を強いられて不安になっていた令子が、べそを掻きそうに成りながら言う。
「雨子さぁん…」
そう言うと、とととと歩みを進めて雨子様の身体にしがみ付く令子。
まるで幼子のようなそのさまに破顔した雨子様は、その笑みを苦笑に変えながら軽くその身を抱きしめてやるのだった。
「それで雨子ちゃん、自分一体いつ頃からこのことに気がついたん?」
既にいつもの調子に戻りながらそう雨子様に問う和香様。
その傍らで、自分達が令子に、少なからないプレッシャーを与えて居たことに気が付いた小和香様が、急にあたふたと慌て出す。
「れ、令子さん、そんなつもりは無かったんです、そんなつもりは…」
その様なことを言いながら、雨子様にしがみ付いている令子の方に手を伸ばそうとしては引っ込めるを繰り返している。
だが雨子様の身体に顔を押しつけている令子には、そんな小和香様のことが見えていなかった。
「ほれ令子、良い加減顔を上げて小和香のことを見てやらぬか?あのままでは何とも気の毒では成らぬのよ」
雨子様にそんな声がけをして貰った令子は、ふと我に返って顔を上げ、視線を小和香様の方へと走らせる。
そこには悄げきった小和香様が、どう令子に接すれば良いのか分からず、ただもうおろおろとしているのだった。
狼狽える小和香様の目には冷徹な神の視線など微塵も無く、ただもう令子のことを思う優しい思いと、思いを上手く令子に伝えられぬ事のもどかしさが、ない交ぜに成って溢れ出しているのだった。
普段の小和香様のことをよく見知っている令子だけに、彼女のその不安な思いというのが痛いほど分かる。故に令子が雨子様の身体を離れて、小和香様の元に走り行くのにさしたる時間は掛からなかった。
「ごめんね」
「ごめんなさい」
それぞれが口々に謝罪の言葉を述べあい、そうしなくては成らないと信じ切ったかのように互いの身を抱きしめ合った。
「なんだか仲ええなあ…」
そう呟くように言う和香様。そんな和香様の傍らに立つと雨子様が言う。
「祐二に言わせると、我らもまたあのように仲良く見えるようじゃぞ?」
「え?そうなん?って、そう見られていると思うと、なんやえろう恥ずかしいなあ…」
「全くじゃの…」
そう言うと雨子様はくふふと笑った。
「それで和香よ、令子のあれをどう見立てる?」
事はいよいよ核心へと迫っていくのだった。
少し遅くなりました、申し訳ありません。
休み惚けなのか、キャラ達ものんびりしていて、なかなか動き回ってくれないのであります
(^^ゞ




