面目躍如のユウ
最近話に困っていると、登場人物達が助けてくれることがある。今回はユウが立役者かな?
子猫の食欲に振り回される一時が終わると、静かな気怠い時間がやってきた。
雨子様の膝の上が気に入ったのか、なにやら寝息をすぴすぴと立てながら眠っている。
「かわいいのう」
雨子様はそう言うと、目を細めながら子猫の背中をそっと撫でさすっている。
『僕ほどじゃないですけれどもね』
なんてことを言っているのはユウ。子猫に組み敷かれていたときは悲壮な表情をしていたのに、今はふんぞり返ってそんなことを言っている。
だが誰もその言葉に耳を傾けることなく、子猫とそれを撫でる雨子様のことを見つめているのが分かると、なにやらぶつぶつぼやいている。
『後から来たくせになんだよ』
些かブーたれているのを見つけた七瀨が、ひょいと抱え上げて抱きしめると、もうにこにこしている。何とも単純な奴だ。
「さてこの後なんだけれども、どうしたものだろうね?」
そう僕が言うと、雨子様が細めていた目を見開いた。
「確かにそうじゃの、我がもう少し身軽であればこの社にて、少しばかり大きくなるまで面倒を見てやるのじゃが」
「身軽って?」
今一良く分からないと言った表情で七瀨が聞いてきた。
「七瀨は雨子様が僕を悪夢から救って下さった神様だってことは知っているよな?」
「うん、前に話して貰ったよね」
「実は僕もまた雨子様を助けていることになっているんだよ」
「え?それってどう言うことなの?」
そこまで話して僕は、それ以上話して良いものかどうか雨子様の方を見た。
すると今度は雨子様が説明の続きを引き継いでくれた。
「実はの、七瀨よ。我が最後に祐二に会ったとき、我は力が尽きて滅ぶ寸前だったのよ」
「え?雨子様が?」
よほど驚いたのかいつものさん付けが様に戻っている。
「うむ、我らはそなたら人族が発する精(ある種のエネルギーじゃな)を祈りや特別な契約を通じて分けて貰って居る。大昔はそういうことが無くとも事足りる方法があったのじゃが、既にその方法は失われて久しい。で、この社を見よ」
そう言うと小さな神社の小さな神域を手で指し示した。
「この様に小さな社に居る神になど、昔ならいざ知らず、今は参る者などほとんど居らぬのじゃ。そのせいで我は次第に力を失い、こやつに最後におうた時には、もう消える寸前になって居ったのじゃ」
雨子様はそう言うと少しの間口を噤んだ。
「我はその時もう消えても良いと思って居ったのじゃが、こやつが我の消えるのを惜しんでくれて、力を分け与えるとゆうてくれたのじゃ。お陰で我は今もここに居るのじゃが、側に居ることで力を分けて貰って居るが故、あまり遠くへは離れられんのじゃ」
「離れているとどうなるの?」
心配そうな顔で七瀨は問うた。
「まあ、離れたからと言ってそうそうすぐには消えたりはせぬよ。じゃがな、この身はこやつに力を分けて貰うことに慣れてしもうた。お陰で離れているとそのう、辛いのじゃ」
雨子様は最後の言葉を絞り出すと皆に背中を向けた。
何だかこうしてみると神様として長らえさせたとは言うものの、随分不便な思いをさせてしまっているのだなと、とても申し訳なく思ってしまった。
だが僕にはどうしようも出来ないことだし、雨子様自身でも打つ手が無い故に今の状況に甘んじているのだろう。不便ではあるが致し方のないことだった。
雨子様の少し丸くなった背中を見つめていた七瀬は、元気づけるように言った。
「私、友達に誰か子猫を飼ってくれる人が居ないか聞いてみるよ」
僕は七瀬のその言葉に背中を押される思いを感じた。
そうなんだよね、出来ない出来ないと言っても何も問題は解決はしない。無理かも知れないと思いつつも動いた人にだけ解決策は示される。
「僕も探してみるよ」
「しかしそれにしてもまだ頑是無いこの子猫を夜中など一人で放っておくのは何とも心許ないことだのう」
くるりと振り返りながら雨子様が言う。
するとそこへ思わぬ所から思わぬ提案があった。
『何だったら僕が見ていましょうか?』
とはユウ。
『僕もあまり長い時間、主から離れているのは無理なんだけれども、それでも雨子様にこの新しい体を頂いてからは、前よりずっと長い時間離れていることが出来る…と思うのです』
「なんと、お前からそのような提案が有るとは思いもせなんだは」
流石の雨子様も驚いている。僕や七瀬に至ってはあんぐりと口を開けたままだった。
「でも七瀬は大丈夫?」
今度は七瀬が一人で寂しくないのかと気になってしまう。
だがその心配は杞憂だったようだ。
「私のことを一体いつまで小さな子供だって思っているのよ?」
ちょっと膨れる七瀬。
「おかしいの、つい先達てユウの姿が見えぬと大騒ぎ…」
「ワーワーワー聞こえない聞こえない」
その七瀬の姿に僕は吹き出してしまった。何だ、やっぱり子供じゃないか。
しかし今はユウのその提案に頼るしかなさそうだ。温めたミルクやなんかはその都度持ってきて上げれば良いだろう。
「ユウよ、すまぬの。思いも掛けぬ厄介ごとをお前に任せることとなる」
するとユウは嬉しそうな表情をしながら首を横に振った。
『いえいえ、僕こそこんなことくらいで恩をお返し出来ると思ってないくらいです』
そう言うとユウは思いっきり胸を張ってふんぞり返って、そして転けた。
…うーん、やっぱり不安だ。
子猫の話はもう少し続きます




