雨子様と…
誰しもが多分一度くらいは有るのじゃ無いのかな?子猫や子犬を拾った経験。
雨子様がそれに行き当たるのですが、さてどうなることやら。
さてその貧乏くじを引いた雨子様、夏休みに入ってからは図書館通いを始めた。
理科年表の資料の新旧で味わった惜敗の悔しさが尾を引いたせいなのか、はたまた単なる知的好奇心からなのかは分からない。
僕としても夏休みの宿題をさっさと片付けてしまいたいこともあって、その図書館通いに度々付き合っている。
雨子様の図書館通いは当初のきっかけこそ不明であるが、何回か経た現在の主な目的は小説を読むことらしい。
それもかつてのように本を丸々走査するような読み方?では無くて、紙面に在る文字一文字一文字を愛おしむように丁寧に目で追う、そんな読み方だった。
雨子様曰く、そう言う読み方をしないとどうにも人目線での感情の変化などが読み取りにくいのだそうだ。
時に同じ件を何度も何度も読み返すようなこともしているところを見ると、もしかすると今の雨子様は人であることを楽しんでいるのかも知れない。
そして読み終えた時の雨子様の満足の度合いは、読了した本の最後のページを閉じる時の手の動きに込められている、ぼくにはそう感じられて成らない。
そんな図書館通いを繰り返していたとある日のこと、朝からしとしとと纏わり付くような雨が降っていた…
雨子様と二人、傘を差しながら通りを歩いていると、傍らの溝の中から何やら声が聞こえてくる。
何事かと覗くと小さな子猫がびしょ濡れになって消え入りそうな声で鳴いている。
雨子様はしゃがみ込んでその子猫にひょいと手を伸ばすと優しく抱き上げた、びしょ濡れになっていることなどお構いなしである。
そして腕の中の子猫の顔を見つめると柔らかな声で話しかける。
「そなたの母御はどうしたのじゃ?こんな頑是無いお前を放り出してどこに行ったというのじゃ?」
子猫はニィニィと鳴きはするが、雨子様の問いに答えることはない。
「むぅ、このまま放って置いては体が冷えて儚くなってしまうの、さてどうしたものか…」
そう言いながら僕のことを見上げてくる。
「え?雨子様?」
上目遣いで見上げてくる雨子様の視線には、とんでもない破壊力がある。訳も無くドキリとした僕は何とか取り繕いながら目顔でその真意を問うた。
「のう、祐二よ。こやつを飼うことは出来ぬかの?」
雨子様のその表情を見ながら拒むことが出来る人間がどこに居るだろう、しかしそれはあくまで気持ちとしての話。
人が生きて行くには当然人の理を問うこともしなくてはならない。いやなに、そんな難しい話でも何でも無いのだ、母が猫アレルギーである、それだけの話なのだった。
しかもその話には落ちがある。元々僕の母は大の猫好きで、猫をとっ捕まえては俗に言う猫吸いをスーハーとして、それが度を超したせいでアレルギーになったのではないか?
そんな事を言われている。
何事もほどほどにしておけばそんなことも無かったであろうに、結構過敏に反応するようになってしまっていて、今では遠くから猫のことを見つめては、実に切なそうな目をしている母だった。
そんな事情があったから、残念ながら雨子様の視線にどんな破壊力があろうとも、子猫を家に連れ帰る訳には行かなかった。
「ごめん、雨子様。母さんは結構きつい猫アレルギーなんだ、だから…」
「成る程そうであったか、ではしかたないの」
そう言うと雨子様は顔を俯けた。その時僕には雨子様が微かに唇を噛んだように見えた。
「すまぬの、子猫よ。我も居候の身の上故、無理は言えぬのじゃ。じゃがせめても体を乾かしてやろう、それくらいは構わぬよの?」
僕は雨子様のその問いに黙って頷いて見せた。
今日はこのまま図書館行きは中止だなあ。
子猫を抱えたまま立ち上がった雨子様は切なげな表情をしながら言った。
「のう、祐二よ。我からの願いなのじゃが、子猫のことは母御には内緒にしてもらえはせぬかの?」
「それはまた何故なんですか、雨子様?我が家でこの子猫を飼うことは出来ないかも知れないけれど、それでも何らかの手助け位してくれると思いますよ?元来母は超が付くくらいの猫好きでしたから…」
雨子様は首を横に振りながらいった。
「なればこそ余計にじゃ。そのような母御であれば子猫の姿を見ればきっと悩む。理では無く心で悩むことは目に見えて居る。我は母御にそのような苦しい思いをしてほしゅうは無いのじゃ」
それは雨子様から母への優しい思いやり故の言葉だった。
「分かりました、しかしこれからどうしたものかなあ?」
まずは濡れそぼって震えている今の状態を何とかして上げなくてはならない。
「とにかく我の社に連れて行くが故、乾いたタオルなどを持ってきてもらえるかの」
どうやら雨子様は自らの社を、猫をかくまう拠点にと考えているらしい。
神様の住居に猫を上げるなんてと中には目を三角にする人が居そうだが、当の神様自身が良いと言っているのだから問題ないだろう。
僕は自らの神社に向かう雨子様を見送りながら、自身は家へと足早に向かった。
「ただいまぁ」
と言いながら入ると当たり前の事ながら母と会う。
「あら、さっき出かけていったところじゃなかったかしら?」
「うん、そうなんだけれどもね…」
さてどうしたものだろう。雨子様には黙っておくようにと言われているのだけれど、家からタオルだなんだかんだと持ち出そうとすれば、どうあがいたって母の追及を受けることになってしまう。
僕があれやこれやと悩み、逡巡していると母があっさりと言う。
「雨子様がらみの事かしら?」
いきなり言い当てられてドキリとしながら僕は黙って頷いた。
「あらやっぱりそうなの」
母よ、どうしてあなたはそんなにも勘が鋭いのだ。まだ何もアクションを起こしていないし、一言も口にしていないのに問題の核心を言い当てる。
「何も言わずに黙っておいて上げるから、あなたの良いようにして良いわよ?」
「母さんどうして?」
僕はそう言い放つ母のことが不思議で思わずそう聞いてしまった。
「だってあなたは雨子様と一緒に出かけて一人で帰ってきた。そのことからきっと雨子様に何か言われてのことだと思うのよね。そして雨子様が言うことで私にとって何か悪いこと、悪くなるようなことが有るはず無いもの。だとしたらあなたに任せるのが良いでしょう?」
いやはやもう脱帽だった。
「まあ確かにそうなんだけれども…」
そう言うと僕は大きくため息をついた。まあいいや、当面必要なことをしていこう。
僕は浴室に向かうと積んであるタオルの中から、そろそろお払い箱かなと思うようなものを数本手にした。更には小さめのプラスチック容器に段ボール箱。
こんなところなのかなと更に思案していると、母がやって来て僕の手に金を押しつけた。
「え?何これ?」
「それで必要と思うものを買ったら良いわよ」
「へっ?」
「へ、じゃないわよ。どうせ自分の小遣いとかから出そうと思っているのでしょう?いくら何でもそれは気の毒かなって思うもの、良いから使いなさい」
「…」
目を点にして母を見つめる僕。
「ほらさっさと行きなさいったら。きっとニィーニィー鳴きながら震えているわよ」
「え?何で?」
「だってこんな雨の中出かけていったと思ったら直ぐに帰ってきて、タオルを物色して更には私を関わらせまいとするなんて、どう見たって子猫が関係しているに違いないじゃない?」
実は洞察力では僕の父は人が一目も二目も置くものを持っている。その父をして母さんの直感力や推理力にはまったく適わないと言わしめる。
それを目の当たりにして僕は舌を巻いてしまった。
「…分かった、行ってきます」
僕はそれ以上何も言うことが無くなって言われるままに出かけようとした。
「あ、祐ちゃん、もし子猫にミルクをあげるんだったら一度帰ってきて温めてから持っていって上げなさいね」
僕は黙って頭を振り、そして急ぎ足で雨子様の待つ社へと向かったのだった。
祐二君のお母さん、もしかするとコナン君と対を張れるかも?w




