七瀬の脱走
私は科学好きで、銀河系やらアンドロメダやらの色々な数値を覚えていたりしていたのですが、時が過ぎるにつれて、これがどんどんと変化していく。
最近では日本史の年号なんかも・・・
こう言うのって何か堪らないなあ
さて、夏休み前の最後の登校日、テスト結果の発表等が有る訳なのだが、ちょっとしたアクシデントというか、意外なことが有った。
七瀬と僕の二人に教え、見事に高得点へと導いた雨子様。
その腕前から言って実技はともかく、教科テストはいずれも満点かと思われたのだが、なんと理科の科目だけそれを満たすことが出来なかった。
先生や他の生徒達は、雨子様のたたき出した高得点を凄い凄いと褒めそやすのだけれども、当の本人はそうも行かなかった。
おそらくは全てが満点で有ることを当然としていたのだろう。画竜点睛を欠くというのか、満点に至らなかった答案を見てわなわなと震えてる。
「何故じゃ、何故なんじゃ。祐二の部屋に有った本では間違いなくこの値が書いてあったのじゃぞ?」
雨子様は先生に向かうではなく、僕に向かってそう責め立ててきた。
いや、いくら何でも本の中身に書いてあることまで責任持てないよ。
「ねえ、雨子さん、それってなんの本のこと?」
「色々な科学データを書き記した、確か理科年表と言ったかの?」
それを聞いて合点がいった。
「雨子様、あれって父さんが使っていた奴なんだよ?」
「だからなんだというのじゃ?」
はてさてどう説明したものか…。
「あれは色々な科学データを記載しているんだけれど、科学技術が進歩するにつれてあの中のデータはどんどん更新されていくんだよ。だから中には古くなって、今では間違っているとされるデータも有るわけ」
「な、なんじゃと?」
そう言うと雨子様は愕然としながら口をポカリと開けた。
なるほどあれに記載されているデータを金科玉条として、正しいものと認識していたら、
確かに現代のデータを問う設問なら間違えもするはなあ。
事の次第をようやっと認識した雨子様は、ぺたりとその場に座り込んでしまった。
「なんと、我としたことが…」
まったく思いもしないところに落とし穴が有ったものだ。
ともあれ結果的に雨子様は満点を逃してしまうことになったのだけれど、逆にその記憶力の凄さをしみじみと実感させられてしまった。
でもまあ、雨子様をして慢心によって落ちる穴もあるというわけだ。
神様も決して無謬って言うわけじゃないのだなと、変なところで感心してしまった。
まあ、そうやって雨子様はほとんど身内だけで騒いでいたのだけれども、僕と七瀬についてはそうは行かなかった。
全ての結果が伝えられ、ホームルームも終わった時のことだった。
それまで各々のテストの点で騒いでいたクラスの目が、いきなり高得点をたたき出した僕と七瀬へと向けられる。
僕の場合は以前から比べて少し上がった位であったのだけれど、こと七瀬は、以前の成績からすると、あなた本当に本人なの?と疑われても仕方がないくらいに、長足の進歩を遂げていた。
「七瀬、いきなりなんでそんなに点数上がってんのよ?」
「カンニングでもしたの?」
「前の七瀬だったらカンニングしたってあんな点数取れないわよ」
何だか偉い言われようで有る。
クラスメイト数人に詰め寄られて目を白黒させていた七瀬が、急に僕の手を握ってきた。
「ごめん祐二、状況説明後よろしく」
そう言うと彼女は風のように教室から飛び出していった。
後に残されたのは、狐に摘ままれたような表情の僕と詰め寄った数人。
「「「え?」」」
まったくもってこういう時の逃げ足だけは昔から天下一品だ。
「で?」
「でってなんだよ?」
「吉村君が説明してくれるのでしょ?」
相手が女の子でも数人で取り囲まれると威圧感がある、正直怖い。どう答えたものかと逡巡している間に更に圧が高まってくる。
七瀬め、後で会ったらただじゃ置かない。心の中ではそう思ったものの、さてどうしたものか?
「お主ら、いい加減にせぬか?」
まさに天の救い、神様の一声だった。もっともこの場合は比喩でも何でもなく、本当の神様の救いだったのだけれども。
「こやつらのテストの点が良いのは我が教え導いてやったが故じゃ、何も不正を働いたからという訳では無い」
「「「え~~雨子さんが~~?」」」
彼女らの声が合わせたわけでも無いのに良く揃う。
「なんじゃ、丸で以心伝心でもしたかのように揃うて居るの?」
そう言うと雨子様は苦笑することしきりだった。
だがそんな余裕も束の間だった。
「と言うことは雨子さんが二人の勉強を見て上げたから点数が上がったって言うの?」
「だからそうじゃと言って居ろうが」
その言葉に色めき立つ女の子達。
「なら次のテストの時は私たちも教えてくれる?」
と、ここでの会話に聞き耳を立てていた者達が乱入する。
「それなら俺たちもいれてくれよ」
「私も」
「俺も」
それはもう満員御礼で有る。雨子様はその渦の中心にいてもみくちゃ状態だ。
「これ、祐二よ、助けてるのじゃ、助けよ、助けよというのじゃ~~!」
ことここに至って何だか半分べそでもかきそうになっている雨子様の肩を捉えると、急ぎ教室から飛び出した。
その後はもう荷物のように肩に背負うと力の限り突っ走った。
不思議なことに雨子様の体重は想定したよりかなり軽い。お陰で追っ手をなんとか振り切って無事家に帰り着くことが出来た。
そこにはちゃっかり七瀬が居た。
「お前な~~」
息も絶え絶えに僕が言う。
荷物扱いされた雨子様が何やらブツブツぼやいている。
「祐二は酷い、我を荷物扱い、祐二は酷い…」
当面なんとか逃げ切ったつもりだったが、忘れて帰った鞄やら何やらを持ってきてくれたクラスメイト達に、結局次のテストの時には手助けをすることを約束させられた。
いや僕ではない、雨子様が。
多分今回一番の貧乏くじを引いたのは雨子様だなあ…。
雨子様すっかりと貧乏くじです。でも雨子様は貧乏神ではないので念のため…




