「令子さんの攻略」
さすがに長らく居た所だけ有って、新たな身体になって来たとしても、何となく懐かしい感じがする。別に嬉しいという訳では無いのだけれども、自然にほっとした表情で辺りを見回してしまうのだった。
「この駅が令子ちゃんが居た場所なのよね?」
節子さんが私の様子を見ながら聞いてきた。
「ええ、そうなんです」
「一体どれくらいの間此処に居たのかしら?」
そう節子さんに聞かれて、私は自分の記憶を掘り返してみるのだけれども、あいにくとそれについての覚えが全くない。
「あれ?変だなあ、随分長く居た気がするのですが、どれくらいとなるとさっぱり分からないみたいなんです」
「そうなんだ、やっぱり幽霊で居ると、そう言った所が人間とは異なってくるのかも知れないわね?」
なんだか節子さんは、かつて幽霊であった私よりも詳細に考察している。そのことが可笑しくて少し笑ってしまった。
そうやってくすりと笑いを漏らしていると、節子さんが私のことを見ながら言う。
「令子ちゃん、人間に戻れて良かったわね?」
そんな節子さんに、私は大きく頷きながら満面の笑みを浮かべて見せた。
その後私は、はぐれないように手を引かれながら駅の構内から外へ、そして今日の目的地であるファッションタウンと呼ばれている所に足を伸ばすのだった。
目的は今の私にとって必要な様々な衣類を整えること。
私がこの身体を得るときに、いくらかは節子さんの目利きで用意していてくれたのだけれども、私が乗り移る前の状態と乗り移って以降では、体格が若干異なってくると言われたそうで、最低限のものしか購入していなかったんだそうだ。
そして今、不足分を買いに来ている訳なのだけれども、どうしても私は思ってしまう。
祐二君を始めとして節子さんや拓也さん、吉村家の人は皆凄く良い人達なんだけれども、果たして私はそこまで厄介になってしまって良いのだろうかと。
こうやって衣類を整えるにしたって、ただでは無いのだから…。
だがそんな思いを余所に、節子さんは次から次へと様々な店に私を連れ込み、あれやこれやと買い漁っていく。その余りの即断即決ぶりに、私の背筋を何とも言えない汗がすっと流れていくのを感じてしまう。
「節子さん、節子さん、もうそれ位で良いです、そんなに沢山要らないですって」
そう言いながら私はもう気が気でない状況だった。
そうで無くとも女児の服となると、それなりに値が張っていたりもするものなのだ。
だがいくつかの服を抱えてフィッティングルームに入っている時、節子さんに種明かしの言葉を貰うことになったのだった。
「そうそう令子ちゃん、言い忘れていたのだけれども、和香様の方から結構な金額を支度金として頂いているから、気にしないでね?何でも令子ちゃんの怨霊化を防ぐという名目で、お祓い代としての出費なんですって。何それって思っちゃうわよね?」
「え?え?え?」
なんだかもうびっくりしてしまう。気術無いのはそのままなのだけれども、それでもお陰で吉村家への負担が無いと聞くことで安堵してしまった。
「だから令子ちゃんのお陰でね、私なんかストレス解消出来ちゃっているかも!」
節子さんはそうからっと言い放つとふふふと笑う。う~む、こういうところなかなかに節子さんって、肝っ玉母さんなのかも知れない。
ともあれそうやって心の重荷を軽減して貰いながら、節子さんとの買い物は暫しの間繰り広げられるのだった。
「まあこんなところかしらねえ?」
節子さんがそう言って一呼吸置いたのは大きな買い物袋が四つになって、五つ目に取りかかった頃だった。
さすがにもう十分だ。支度金を頂いた頂かないの問題では無くって、数量的な意味でもう十分だと思ったのだった。
「後はまた季節季節に買いそろえていかないと行けないけれども、当面は事足りそうね?」
そうやって買い物終了宣言をする節子さんに、私はほっと胸を撫で下ろしてしまった。
良く女性の買い物に対する情熱は、特筆すべきものがあるとかなんとか言われることが有るけれども、私は言いたい、世のお母さん達こそその最たるものだと。
大きな買い物袋のうち、未だ一杯には成っていない一つだけは、なんとか私が持つことにする。本当ならもっと持ちたいと思ったのだけれども、無理。この身体では今の一つが限界だと思ってしまった。
これをあと四つ?今更ながら節子さんのお母さんパワーに舌を巻いてしまった。
その節子さんがにこにこしながら私に言う。
「じゃあそろそろ出掛けましょうか?」
って?一体どこに出掛けると言うのかと思っていたら、私が未だうさぎだった時に、祐二君や雨子さんと行ったスイーツの店だった。
「雨子ちゃん曰く、折角美味しいスイーツの店に行ったにもかかわらず、食べさせて上げられなくって申し訳なかっただって。昨日、今日の予定とか話していたら、是非とも連れて行ってくれと頼まれたのよ?」
私は諸手を挙げて喜んでしまった。神様仏様雨子様である。って、雨子さんは神様なんだけれどもね。
席についてメニューの中で自分の食べたい物を見つけるだけでも、もうわくわくする思いが止められなかった。だってだよ、本格的スイーツを食べるのって、もうどれだけぶりか分からないんだよ?期待感がいや増すのだって仕方無いよね?
散々迷った挙げ句、私が選んだのは果物全乗せの超豪華な奴。もっとも最初はそれを選ぶつもりは無かったのだけれども、あれやこれやと悩みまくっていたら、節子さんにいっそ全乗せにしなさいと、これを選ばれてしまったのだ。
その節子さんはと言うと、バスクドチースケーキにエスプレッソのダブル?ドッピオって言うらしいのだけれども、私に言わせると何じゃそりゃ~?おしゃれにも程が有ると思ってしまった。
何だかこう言う所大人で、差を付けられたような気がするのだけれど、まあ実際今の私は全くの子供でしか無いのだからと、諦めるというか、思い切ることにした。
飲み物の方でもまた迷っていたら、店の方にニルギリを勧められた。これってそう言えば前に雨子さんが飲んでいた奴だっけ?なのでこれに決定。
後はもうオーダーしたものが来るのを待つばかり。でももう只待つことが出来なくて、店員が出入りする奥への出入り口の方ばかり見てしまっていた。
そしたら…「パシャリ」。節子さんに携帯で写真を撮られてしまった。
「え~~~?」
等と言っていると、にこにこしながら節子さんが言う。
「だって、わくわくしながら待っている令子ちゃん、滅茶苦茶可愛いのですもの」
「そ、そうなんですか?」
でも、言ってもこの外見は雨子さん達神様方から賜った、頂き物でしか無いのだけれどもな。
そう思うと私は少しテンションが下がってしまった。
「あらあら、どうしたの?」
表情が変わったのを見とがめて節子さんが聞く。
「だってこの外見って、頂き物だから…」
すると節子さんは一瞬目をくるりと回したかと思ったら、小さく吹き出していた。
「あのね令子ちゃん、確かに外観のベースは頂き物かも知れないのだけれども、それをどう動かすかというのは全て令子ちゃんなのよ?今私が可愛いなって思ったのは、令子ちゃんの心から湧いてきた、その表情なんだから胸を張りなさいな」
本当にこの人は一体何なんだろう?心が塞いだり、傷ついたり、自分ではどうしようも無い様な時に、もっとも欲しいと思える言葉をいつも的確にくれる。
雨子さんをしてお母さんと呼んでしまうのも、良く分かるような気がしてしまうのだった。私にしたって実母の記憶が無かったら、思わずそう呼びたくなってしまうもの。
お陰で私は、その後直ぐにやって来た特製のスイーツを、何の外連も無く歓喜の思いのみで攻略に掛かることが出来たのだった。
お気に入りのスイーツ、昨今もっとも気に入っているのはとあるお店の
夏限定の桃のタルト。もうほっぺたが飛んでいって月軌道に乗ってしまいますw




