「朝の一時」
お待たせしました
令子さんが新たな生を得るその直前のお話です
結局昨夜はあれから雨子さん達の姿を一度も見ることは無かった。
ずっと部屋に閉じ籠もって作業を続けていたらしい。
かく言う私はと言うと、心細く思っていたら節子さんがやって来て、今日は客間で二人で寝ましょうねと言われて、安堵でほっと胸を撫で下ろしていた。
節子さん曰く、いくら何でも横に旦那が寝ていたら一緒にって言う訳にも行かないしねとのこと。
本当にこの人は色々なところで丁寧に気遣ってくれる。雨子さんをしてお母さんと言わしめるのも良く分かる気がする。
だからお礼になんて思って、でもその実、撫でて貰うと安心出来るので、一杯撫でて貰っていたら、気が付いたら朝になっていた。
そしてその朝、ダイニングテーブルの上で、節子さんがてきぱきと朝ご飯を作っているのを眺めていたら、三柱の神様達がげっそりとした顔をしながら、ぞろぞろと部屋に入って来たのだった。
彼女らはテーブルに着くと突っ伏して伸びてしまっている。
「おはよう、あらあら…皆さん頑張られたのね?」
節子さんがそう言いながら神様方の前に、少し濃いめに淹れたお茶をことりと置いた。
「おおきに節子さん」
そう言うと湯飲みを手で包み込むようにして嬉しそうに飲む和香様。
「頂きます」
とは小和香さん。にこにこしながら美味しそうに飲んでいる。何を隠そう節子さんは、小和香さんにとってのお茶のお師匠様なんだそうだ。
ただ当たり前に淹れているだけなのにねと、節子さんは苦笑しながら言うのだけれども、小和香さんの言うには、その当たり前というのが節子さんの場合、神懸かっているというのだった。
お終いの雨子さんは、盆に載せた食器をそっと節子さんに返していた。
「夜中に態々(わざわざ)の差し入れ、本当に嬉しかった。感謝するの節子」
何でも節子さんは、私のために頑張り続けてくれていた神様方に、夜半に差し入れを作って持って行ったのだそうだ。
私はすっかり寝入ってしまっていただけに、頭の下がる思いがしてしまう。
「それで首尾良く行ったのかしら?」
そう言って節子さんが私のもっとも訊きたかったことを聞いてくれた。
すると三柱の神様方は皆その顔を私に向け、何かを頑張り抜いたものだけが作れるような、そんな素敵な笑顔を見せてくれたのだった。
「うむ、端的に言うならば非常に上手く行ったの」
そう言うと雨子さんはゆっくりと美味しそうにお茶を啜った、そして再び口を開くのだった。
「本来我は令子に、比較的限定された状態の身体を作って渡すつもりじゃった。じゃが和香から高性能な部品を多く譲り受け、かつ、小和香の強い、強い要請により想像以上の身体の仕上がりになった、今は取り敢えずそうとだけ言うて置くの」
雨子さんのその言葉に、私は思わず小和香さんのことを見つめる。
すると小和香さんは恥ずかしそうに顔を赤らめながら言う。
「だって、私としては令子さんに、少しでも豊かに新たな生を楽しんで欲しかったのですもの」
その言葉を聞いて私は、胸の中が熱い物で満たされ、かと言ってその思いをどう表現して良いか分からず、ただもう彼女の側に跳ねていって、その手にぎゅうっと抱きついてしまった。
そんな私のことを小和香さんは優しく撫で、そっと頬ずりしてくれた。
和香様と雨子さんがそんな私達のことを温かい目で見つめていた。
それをじっと見守っていた節子さんが、小さな声で呟いた。
「良かったわね小和香さん、令子ちゃん」
その時の私には何がどう良かったのかはまだ良く理解出来ていなかったのだが、いずれしっかりとその意味を知っていくことになるのだった。
「さあさ、皆お腹が空いたのじゃ無い?朝ご飯にしましょうか?」
パンパンと手を打ちながら、そう明るく言い放つ節子さんの言葉に皆が歓声を上げる。
私ももうすぐその仲間に入ることが出来ると思うと、なんだか胸がわくわくとしてしまう。
だって節子さんの作られたお料理を食べた方達は皆さん揃って、美味しいと大喜びされているんですもの、私だって食べたくなるじゃないですか?
誰言うとも無くさっと雨子さんが立ち上がって、キッチンへと手伝いに入っていく。
節子さんと二人楽しそうに料理を作ったり、食器を揃えたり、端から見ているとまるで舞を舞っているかのようにすら見える。本当に絶妙なコンビネーションだった。
私はふと過去のことを思い出す。
霧が掛かっているようであまり上手く思い出すことは出来ないのだけれども、私も母と仲が良かったように思う。
ただ私の場合少し不器用だったので、彼女達のように美しい立ち回りは出来て居なかったのじゃ無いのかなあ?
そうこうする内に拓也さんや祐二君も起きてきて席に着く。すると食卓は一気に賑やかさを増していくのだった。
「ところでその…」
皆とおはようの挨拶を交わした拓也さんが、そう言いながら私のことを見つつ、言葉を継いだ。
「令子さんの身体の方は上手く行ったのかな?」
するとその拓也さんに、淹れ立ての珈琲の入ったカップを渡しながら雨子さんが言う。
「うむ、我の想像以上の出来での。じゃが今は未だ見せぬぞ?」
その言葉に拓也さんが怪訝そうに聞く。
「何か不都合なことでもあったのかい?いや、そんなはずは無いよね、そうか、うん。なら楽しみにしているよ」
「え?何それ父さん?」
拓也さんの言葉に、何が何やらの感じで祐二君が言う。
拓也さんの脳内で自己完結してしまったその言葉に、どうやらついて行けなかったようだった。
そんな祐二君の後ろから、両肩にそっと手を置くと雨子さんが言う。
「それはの祐二、魂が入り、生きて動いてこその令子を見て欲しいという事なのじゃ。そう考えると楽しみであろ?」
合点が行ったのか、祐二君は大きく頷くと嬉しそうに言う。
「なるほど、それはその通りだね。令子さんの念願がとうとう叶うんだなあ」
そう言って私のことを見つめる祐二君の目が、この上も無く優しい。
いや、もうなんかね、和香様流に言うなら、あかんやろ祐二君、もうあかんやろ。
そうやって食事を美味しく頂きながら、次第に何かを期待して盛り上がり、張り詰めつつ有る何か、期待感とでも呼べば良いのかしらん?
自然、皆の視線が私の元に集まり、そのせいか胸の中に有る思いが次第に高まっていく。
私は、私は今一度この世に生まれることが出来る。そう考えると感無量のものが有った。
以前の生では残念ながら、悲劇的な最後を迎えてしまった、様だった。
適うなら今生は、素晴らしいもので有って欲しい、そう思うのはごく普通のことなんじゃ無いだろうか?
私はゆっくりと周囲を見回した。
私のことを見つめる目また目。いずれも、どの目も例えようも無く優しい。うん、今度の生は間違えなく素敵な物になる、私の中ではその思いが期待から確信へと変化していくのだった。
そんなに長くは無いですが、今日はさっくり書けました。
皆が気持ちよく動いてくれたお陰かなあ?




