閑話「天露雨子」
今日のは超短いです
天露神社の御祭神、その本来の名は天露雨子様と言う。
今は人の身となりて、天宮雨子と名乗っているが、かつては思兼神の名に於いて神々の間で知識と知恵の神として軽からぬ地位を占めていた。
けれども神々がこの地に降り立ち、永き時を経て人々と暮らしを共にし、安らけし時を経るに従い、次第にその智が用いられることも少なくなり、やがてに人の心より忘れ去られ様としていた。
しかし神たる身、人の思い無くして生きてはいけ無い。末はただ消え去るのみと言うことになり、腹心の友でもある至高神は大いに悩むこととなる。
至高神は側近の神々達を集めると神議を行い、如何に友の延命を図るか、その知恵を求むるのだった。
だがその神議は紛糾する。
ある神は思兼神に山を与えれば良いという。しかし人々の信奉する多くの霊峰には既に多くの神々が配されており、残るのは名も無い雑山ばかり。
ならばと言うことで湖を与えるのはどうかとなったのだが、これまた名だたる湖には既に神々が御座し、残るは水たまりの様な池ばかり。斯様な水たまりに一体誰が思いを注ぐというのだろう?
次に河も上がるがこれまた同様の結果に終わる。
神々はつくづく弱り果て、いっそ思兼神の知恵を借りるかと言う者も現れるが、至高神はそれを許さなかった。
神議はそれからいくつも光と闇を重ね、やがてに至高神の弟神が声を上げる。
いっそ人そのものに聞いてみるのは如何なものかと。
そこで神々は山々と海に囲まれた、とある痩せた土地に住まう人間を一人、呼び寄せることにする。
そして問われた、汝はいかなる神を望むのかと。
すると人は応える。我らの住まう土地には雨が少ない、適うならその地に雨をもたらす神を与え給えと。
その答えを聞いた神々は顔を見合わせる。そして調べると、東の地と西の地には大いなる権能を持つ神が居るものの、この地には然したる神が居ないことが明らかになった。
それを知った至高神は大いに顔を綻ばせ、密かに開かれていた神議の場に思兼神を呼び寄せることにしたのだった。
「これなる場所に多くの神々が集い、如何なる謀が為されましたのでしょうか?」
そう言って突如呼び出されたことを不思議に思う思兼神。
対して至高神は言う。
「そなたの知恵は我らの光りであるが、糧となる人の精を得るには難しい。故に新たな権能を与えようと思う」
すると思兼神はいやいやをする様に首を振り、そして語る。
「糧を得るのが難しいのは、既に我が役割を終えただけのこと、後は消えゆくのみ」
そう言って毅然と頭を上げる思兼神に、至高神ははらはらと涙を流し神払いをする。
その後、思兼神の手を取り、目を腫らしながら自らの思いを表す。
「何故その様な些事にて、我は友を儚のうせねばならぬのじゃ?」
至高神の嘆きの言葉を聞き、かつての恩を思い出した思兼神は言う。
「成れば我に如何せよと?」
友の心の扉が僅かに開くのを感じた至高神は、ここぞと申しつける。
「我が命に従い、あれ成る土地の…」
そう言うと至高神は、先程の人間がやって来た地を指差した。
「天の気を司り、豊饒の地と為して住まう人々を慈しむが良い」
改めてその地に目を凝らした思兼神は、そこに住む人々の少なき雨に喘ぐ姿を目に収め、大いに同情してその権能を受け取ることにする。
而して此処に思兼神改め、天露雨子神が誕生することになるのだった。
そしてその友の消息を知る為に至高神は友神が祭られる社から、そう遠からぬところに分社を建立し、折々友の所を尋ねるのだが、やがてにその分社が本社になってしまうのはまた別の話となる。
かくして雨子様が誕生した次第です




