愚痴の聞き手
少し遅れました。
全く思わぬところで和香様のわんぱくぶりを知ってしまった僕は、その後暫くどう接したら良いものか分からずに悩んでしまった。
だが和香様ときたらこちらの思いなど全く忖度せずに、まるで今まで通りに知らんぷりで接してくる。どうしたものかと思って雨子様の方を時折見るも、これまた普段と全く変わらず。
「はぁ~~」
思わず溜息が出てしまったのを雨子様に見とがめられてしまった。
「どうしたのじゃ祐二?」
そこで僕は胸中の思いを話すことにした。
「だってね雨子さん、雨子さんならいざ知らず…」
だがこれは些か拙い言葉の選択だったようだ。
「我ならいざ知らずじゃと?」
「いやその、何と言うか、げふんげふん…」
何とも睨め付けるような目で見てくるものだから、それ以上言葉を続けることが出来なくなったのだ。
「むぅ~」
すると雨子様が破顔しながら謝りだした。
「すまぬすまぬ、祐二の困った顔がなんとも面白うて揶揄うてしもうた。で、何をその様に困って居るのじゃ?」
そう言いながら雨子様は湯の中でふわりと手足を伸ばして伸びをする。
「だって雨子さん…」
そう言いながら少し離れたところで湯に溶けそうになってほやんとしている和香様のことを盗み見た。
「和香様の在り様が何と言うか、ギャップが凄いというか…」
僕がそう言うとその言葉を受けた雨子様はその溶けかけている和香様に話しかけた。
「和香、祐二にこの様に言われて居るぞ?」
すると溶けていた和香様が少しばかり元に戻った。
「そんなん言うたかてな祐二君、うちの普段のお仕事は大変なんやで?」
和香様はそう言うと半分顔を水面の下に沈め、ぶくぶくと泡を吐いている。
「うちのこう言うとこ、榊さん辺りは薄々知っとるみたいやけどな。そもそもうちの神社言うたら全部で五百人ちょい人が居るんやけど、ほとんどの人とは口を聞く機会もあらへんねん。それどころか姿見せたこともあらへんと思うで?偶に姿見せるのが十人くらい、時々見せるのが三、四人かなあ。でも大体の人がうちの存在を知っているか、少なくとも信じてる。そしてそれ以外にも氏子さんが、きちんと数えたことは無いのやけど最低でも数万は居るやろな…」
その数の多さを聞いていた僕は思わず仰け反ってしまった。
「和香様はその人達を皆束ねて行かないといけないのですね?」
僕がそう言うと和香様は少し嬉しそうにしながら応えてくれた。
「そうやねんで?分かってくれる?こないな立場やともう肩が凝って凝って仕方無いねんで?そやけどうちがやらへんかったら誰もやるもん居らへん、そやから頑張るねんけど、頑張りはするねんけど、いくら神様でも偶には息抜きしたくなると思わへん?」
そう言ってはぁーと長い溜息をつく和香様を見ていると、何だか同情したくなった。
「けどな、息抜きしよう思うてもな、今みたいに気を抜いたとこを見せられる様な者は、まずもって居らへん。神様仲間にもほとんど居らんな。一緒に馬鹿出来るのは雨子ちゃんと八重垣と、あと数柱くらいかなあ」
そんな話をしょんぼりと話す和香様を見ていると、少しくらい羽目を外しても大目に見て上げるべきなのではと思う様になってきた。
「本当に大変なんですね、和香様は」
「そうなんやで祐二君。そやから少し位うちのこと甘やかしてくれても罰当たらへんねんで?」
そう言いながらすすすと僕の方へ近寄ってきた和香様の頭を再び雨子様がぽかり。
「なっ何すんの雨子ちゃん?」
抗議した先の雨子様は、口をへの字に曲げながら和香様のことを睨んでいる。
「確かに和香は大変な地位に居るが故、その気苦労も計り知れぬものが有るであろう。然れどそれを祐二の元に持ってくるのはお門違いじゃ。何より祐二は我の連れ合いじゃ」
だがそう言う雨子様の言葉に和香様が異議を唱える。
「えええ~?そんなん言うけど、雨子ちゃん、まだ祐二君の奥さんになった訳や無いやん?そんな我が儘言わんと、少しくらい貸してくれてもええんと違う?」
「我が儘じゃとぉ?」
あ、駄目だ、これは本気で雨子様が怒り始めている。
「雨子さん雨子さん…」
さすがに和香様のことが気の毒になってきて、僕は雨子様のことを少し宥めることにした。
「甘える云々は無理にしても、愚痴を言うくらいは良しとして上げて下さいよ」
そう言う僕の言葉に雨子様が少し口惜しそうな表情をする。一方和香様はと言うと、何和香様それ?なんだかもの凄く嬉しそうなんですけど?
そこまで来て僕は何となくでは有るが合点がいった。
「あ~~、和香様、もしかして謀りましたね?」
「な、何のことやろね?」
そう言うと和香様はあらぬ方向を向きながらヒューヒューと口笛を吹いている、つもりである。だが生憎と上手く音が出て居らず、漏れ出るのは隙間風の様なものばかり。
そんな僕達のことを見ながらはぁーっと溜息をつきながらぼやく雨子様。
「祐二よ、元より和香はそれが目的じゃったのじゃ」
「それが目的?」
「祐二に愚痴の聞き手になって貰うことよの。そこを敢えて甘える相手などと無理難題を言い居って。仕方なしに祐二が次善の策を取ること、初めっから読んでのことなのじゃ」
そう言われてみてはっとして和香様の方を見ると、安定のてへぺろ、全くこの神様は…。
でもまあ、和香様の普段の仕事の大変さを窺い知ることが出来た僕は、必ずしも全面的に賛成という訳では無いのだが、これはこれで良しとすることにしたのだった。
僕が静かに溜息をついていると、そんな僕のことを見ながら雨子様が苦笑している。
「祐二は皆に優し過ぎなのじゃよ」
「確かにそれは言えとるねえ」
って、和香様がそれを言う?
「じゃがそれこそが祐二の最大の強みじゃの?」
「ほんまほんま、うちもそう思うわ」
そう言うと二柱の神々は顔を見合わせ、大きな声を上げて笑うのだった。
良い季候になってきました…




