目覚め
今日は少し余裕を持って準備出来ました
「うっ…」
僕は体中がミシミシ言う感じで目を覚ました。痛いという所までは行かないのだが、丸でそれは油が切れてしまった機械よろしくだった。僅かに身体を動かそうとするだけで体中の筋肉という筋肉、関節という関節が悲鳴を上げていた。
そんな状態で気が付いたのが、自分が今布団に寝かされていること。
見慣れない天井と思いながら少しずつ記憶が甦ってくるのを感じていた。そうここは宇気田神社の一室に違いない。
徐々に記憶を甦らせながら、ふと気配を感じて頭をゆっくりと横に傾ける。たったそれだけの動作でも辛いのだから、どんな状態なので有るかは推して知るべしだろう。
それでも苦労しながらも視線を向けたそこには、安らかな顔をした雨子様が静かに眠っていた。
なんでまた同じ布団にと思ったものの、考えたところで僕にその理由は分からなかった。だがその幸せそうに眠っている顔を見ていると、何となくでは有るが、身体の辛さや苦痛と言った物が傍らに押しやられてしまう。
けれどもそうやって首だけ横に向けて見る姿勢も、次第にしんどくなってしまう。
なので思い切って身体全体を雨子様の方に向けて動かそうとした。
「ぐぅっ!」
思わずうめき声が漏れてしまうほどの鈍痛が体中を走った。一体何をしたらこんなことになるのだろう?その痛みの発し方は、まるで体中の細胞一つ一つが悲鳴でも上げているかのような、その様に感じるものだった。
それでも何とか藻掻き苦しみながら身体を変え、ようやくにして雨子様の方へ視線を向けると、折しも丁度その目が見開かれるところなのだった。
「祐二…」
まだ薄ぼんやりとしてしっかりと状況を把握し切れていない感じだ。
だがそう言った時間は束の間で、直ぐにはっきりと目を開ききった雨子様は、半分身体を起こすと僕のことを見下ろしながら言った。
「大丈夫なのかや、祐二?」
そう心配そうに言うと、目に掛かりかけていた僕の前髪を優しく掻き上げてくれた。
そんな雨子様に対して、僕は全ての筋肉を強ばらせたまま、何とも嗄れた低い声で答えを返した。
「何とか…生きております」
僕のその言いようにどこか安心したのか、ほっとした様子を見せると、雨子様は優しく言う。
「馬鹿じゃのう祐二は、斯様な時にまでその様な喋り方をしおるのじゃから…」
そう言い終えると雨子様は静かに涙を一滴こぼした。
「済まぬの祐二、我のために…」
そう言いながら雨子様は柔らかな手で優しく僕の頭を撫で付けるのだった。
「お前のことは我が一部始終を見て居った。じゃから分かるぞ、お前が今どうしようも無い身体の痛みで苛まれて居ることを。辛いか祐二?」
そんなことを言う雨子様、僕はそんな雨子様にあんまり心配を掛けたくは無くって、無理にでも笑顔を浮かべようとするのだが、あんまり上手くは行かない。
半分泣き笑いのような顔で、それでも何とか笑顔を見せようと頑張っていると、雨子様もまた半分泣き顔のような半分笑い顔のような、そんな状態になって僕を見つめた。
「のう、祐二。人の身で感じる愛おしさと、神の身で感じる愛おしさには大いに差が有るのじゃのう」
そんなことを言う雨子様に少し苦笑しながら僕は応えた。
「そうなのですか…?」
そう言うと雨子様は静かに笑みを浮かべながら言う。
「うむ、神の身の愛おしさというと、正に何と言うか雲の上から愛でて居るような、多くのものを眺めるような当に神の目線じゃの」
そこまで言ったかと思うと雨子様はふぅっと溜息をついた。
「一方人の身の愛おしさは何と言うか…」
そこまで言うと雨子様はぎゅうっと我が身を抱きしめるようにしながら、僅かばかり顔を歪めるようにして言う。
「もっともっと身近というか、熱を感じるというか、時に息苦しさまで感じ居るものじゃの…」
そう言うと雨子様は手を伸ばし、僕の髪の毛をくしゃくしゃとした。
「こうやって双方の愛おしさを知って初めて、我はそれぞれの愛おしみの意味を真に理解したような、そんな気がするのじゃよ」
そう言い終えると雨子様は僕の額にそっと口付けをした。
「もっとも今の我にとって何よりも愛おしいのはそなたじゃがの…」
そう言うとくふふと笑う雨子様。なんだか悪戯を見つけられた直後の子供の様で、はにかみながら面白おかしそうに笑うのだ。
「その心地よさの余りにともすれば溺れそうになるのじゃが、根本では神としてきちんと自覚もせねばならぬの」
そう言い終えると雨子様はずいと身体を起こし、僕だけを布団の上に残して立ち上がった。
「どこか行かれるのですか?」
そう言う僕の表情がもしかすると寂しげに見えたのかも知れない。
雨子様は再び僕の枕元に跪くと、先ほどくしゃっとして乱れた髪を丁寧に直した。
「我は行くべきとこに行くのじゃ」
そう言うと少し顔を赤らめた。
「戻ってきたら祐二も手伝うて連れて行ってやるから少し待つがよい」
そう言って後に僕一人を残して、雨子様は静かに部屋から出て行った。
そしてそれからどれくらいの時間が経ったろうか、ゆっくりと襖が引き開けられると初めて見る姿の小和香様が入ってきた。
いつもはほとんど巫女姿、偶に私服となってもおよそ大体フェミニンな格好をしているのだが、今日ばかりはブラウスにスリムなジーンズで、後ろ括りのポニーテールも勇ましい。
そんな出で立ちの小和香様のことを僕が目を丸くして見つめていると、ほんのり顔を桜に染めた小和香様が言う。
「余りそんなに見つめないで下さいな、祐二さん」
以前は本当に堅苦しい喋り方しか出来なかった小和香様なのだが、人の身を得てからこっち、神社に勤める他の巫女さんに交じることも有るせいか、物腰穏やかな、とても親しみやすい喋り方になっている。
「す、すみません」
うっかり不躾なまでに見つめてしまっていた僕は素直に謝った。
それに対して慌てて頭を横に振る小和香様の髪が、左右に振れる様がとても可愛い。
「とんでもないです、謝られるほどのことでは無いですから…。それはさておき雨子様には、ついでと申しては何なんですがお風呂に行って頂いております」
ああそれでと思いかけて僕は焦ってしまった、と言うことは?
「ま、まさか小和香様が?」
多分雨子様から申し送りは受けていたのだろう、だから皆まで言わずとも意味は理解していたようだ。先ほどよりも激しく、ぶんぶんと音が鳴りそうなほど頭を横に振ると言う。
「いえいえ、その、私はもうすぐ榊さんが参りますので今少しお待ち下さいとお伝えしに来たのです」
それを聞いた僕は何と言うか、安堵の余り全身の力が抜ける思いをしてしまった。
そして言っている間にも外から榊さんが入ってこられた。
「お久しぶりです祐二君」
そう言う榊さんは結構お年を召しているにもかかわらず、矍鑠とされている。
「こちらこそお久しぶりです榊さん」
そう言う僕に榊さんはにっこり微笑みかけてくれる。
「今回はなんだか大変な目に逢われたみたいですね、詳しいことまでは知りませんが、和香様から生まれ変わるくらい大変だったと聞いております。あ、小和香様、後はこちらで引き受けますよ?」
そう言う榊さんの言葉に小和香様はそっと拒絶の意を示す。
「いいえ、適うなら私にも少しくらいは手伝わせて下さいませ」
「でもお友達の方との待ち合わせの時間はよろしいのでございますか?」
榊さんのその問いに対して小和香様は大きく頭を振る。
「ええ、大丈夫です、だからお手伝いします」
そう言うと二人は互いに示し合わせながら、僕が身体を起こすのを手助けしてくれるのだった。
さてそれから、身体を起こす時は何と言うかもう体中痛くて大変だった。けれどもいざ起こして少し動き始め、徐々にでは有るが血が通い始めると、次第にその痛みが取れて来始めた。
お陰で部屋を出る時は全面的に二人の力を借りなくては成らなかったのだが、厠、つまりトイレの前辺りに来る頃にはフラフラしながらではあったけれども、自立することが出来るようになっていた。
榊さんはその急速な回復ぶりに目を丸くしながら言う。
「こう言うのが若いという事なのかねえ?」
そう言いながら僕を無事トイレへと送り込んでくれた。勿論小和香様は顔を明後日の方向に向けながら外で待機。
お陰様で僕は緊急事態になりかけていた事案を解消出来、また違った意味で心底ほっとしてしまうのであった。
小和香様もなんだか素敵な子になっていそうですねえ^^




