「蚪龍無尽」
お待たせ致しました。
「成る程脳、岳蛟神か。あやつが武を誇るようになって居るのか…、それなりに時が流れて居るのじゃな?」
そう言うと爺様は少し遠い目をした。
その爺様のことを見ながら和香様が問いかける。
「なあなあ爺様、そう言う言い方しはると言うことは、岳蛟神とも面識が有るん?」
すると爺様は再び何かを思い起こすような目をしながら話し始めた。
「実はな、直接にはというか、儂自身は見知って居るのじゃが、向こうは多分儂のことは知らぬじゃろう。まあ儂がそうし向けたからと言うことなのじゃが…」
それを聞いた雨子様が不思議そうな顔をしながら尋ねる。
「何じゃ爺様、何事も白黒を付けるのが好きそうな爺様が、何とも奥歯に物が挟まったような言いようじゃの?」
そんな物言いをする雨子様のことを、爺様は暫しまじまじと見つめた後、頭をふりふり話すのだった。
「それはの、未だ我らが彼の地より旅に出る前のことじゃった」
「って、それってもしかして爺様が宝珠持ってとんずらする前の話なん?」
とは和香様。それを聞いた爺様は物凄い渋い顔をして言う。
「和香、お前とは後で皆とは別に話をせねばならぬようじゃな?」
それを聞いた和香様は急に青ざめたかと思うと、手すり足すりと言った感じで必死になって言い訳を始める。
「いや、爺様!別に爺様が宝珠を盗んだとかどうとか言う訳や無いねんで?元々宝珠は爺様が作った物なんやし…」
だが和香様がそうやって言葉を重ねる程に爺様の眉根に深く皺が刻まれ、頭の上で小さな稲妻でも光っていそうな雰囲気になってくる。
そのただならぬ気配に皆が後ずさり仕掛けているところ、その原因を作った和香様が雨子様の腕に縋り付いて泣き言を言い出す。
「わぁ~ん、雨子ちゃんなんとかしてぇ~」
そう言いながら刺すような爺様の視線を、雨子様の背後に隠れることによってなんとか躱そうとする。
「和香様…」
小和香様が呆れて口を開けて見つめている。
「和香は一体何をやって居るのじゃ?」
頼られた雨子様自身も同様に呆れながらも、それでもその身を庇いつつ自ら爺様に頭を下げるのだった。
「済まぬの爺様。和香には何も含むところは無い。少しばかり浅慮な物言いをしただけなのじゃ。どうか許してやってはくれぬか?」
そう言いつつ雨子様は和香様の頭に手をやって今一度自分と共に頭を下げさせた。
と、小和香様が祐二の動きの妙なことに気がついて問いかける。
「あの…、祐二さんはそこで一体何をなさっておられるのでしょうか?」
するとそれまでの爺様と和香様のやり取りそっちのけで、皆の視線が祐二の方へ注がれる。
因みにその祐二が一体何をやっているのかというと、皆の居るところから少し離れた場所に移動し、背を向けて正座をしながら天井の有らぬ方を睨んでいるのである。
そんな祐二のことを不安そうに見つめながら優しい声で雨子様が尋ねる。
「のう祐二、小和香の言うようにお前は一体何をやって居るのじゃ?」
すると祐二は小さな声でなにやらぶつぶつと呟いている。
「何じゃ?聞こえぬぞ?」
そう言って雨子様がもう少し大きな声で言うように促すと、恐る恐るといった感じで祐二は声を上げた。
「だって雨子さん、なんか畏れ多くて見聞き出来ませんよ」
そう言う祐二の言っていることの意味が分からず、雨子様は周囲を見渡す。
「のう皆の者、こやつの言うて居ることの意味が分かるかや?」
すると爺様を始めとして全ての神々が首を傾げるのである。
ここに来て雨子様は本気で祐二のことを心配し始めるのだった。
「祐二?もしかして修行中にどこかぶつけでもしたのかや?」
「何じゃ、雨子。修行の最中にそんなへまをやらかしたのか?」
爺様にそう言われた雨子様は仏頂面をしながら言い返す。
「何を言う爺様!我がその様なへまをするものかや」
「二度も死にかけておいてへまをせぬじゃと?」
そんなことを言われたものだから雨子様は顔を真っ赤にして言い返す。
「それとこれとは別じゃ!」
そんな親子神?の喧嘩を見ておろおろし出す小和香様に、放って置かそうとする和香様。
皆が好き勝手にあーだこーだと言い始めていると、いずこからか蚊の鳴くような小さな声がしてくるのだった。
「あのぅ~」
一体どこからそんな声がと思って皆が見ると、どうもそれは雨子様の手元からしているのだった。
「何じゃ雨子それは?」
怪訝な顔をして爺様が問うたそれは、ハイキングの時に出逢った小さな蚪龍の無尽なのだった。今は雨子様の腕にて装飾品の呈を為しているのだが、顔の部分だけ顕現させている。
「こやつか?こやつは多比良神社の近所にあった仁王堂に居った蚪龍よ、名は無尽と言いおる」
「それで無尽とやら、何か意見があるなら言うてみるが良い」
がなるように言う爺様の言葉に、雨子様の袂を飾る蚪龍はがたがたと震えていて、それ以上何の言葉も発しようとはしない。
それを見た雨子様は少しうんざりと言った表情をしながら、努めて平静に爺様に願った。
「爺様、少し言葉を発する時は柔らかくしてくれはせぬかの?そうで無くとも爺様の言葉には力が載りやすいのじゃ。些か気をつけては貰えぬか…」
雨子様のその言葉を聞いた爺様は、渋々と言った感じで頷くのだった。
「それで無尽よ、そなたは何を言いたかったのかや?話してたもれ」
そう雨子様が優しく言葉を掛けると、今暫しの間震えていた無尽だったのだが、ようようにして落ち着きを取り戻し言葉を紡いだ。
「某の察するに和香様と呼ばれておりまする御方、もしや日の本の神々を統べるあのお方では?」
「うむ、そなたの推察通りじゃの」
「であればあの方の思いは某にも分かるかと思います」
「話してみるが良い」
「某は蚪龍とは申せそれでも一応は龍で御座います。が、龍で有るこの身でありながら、和香様のような御方が罵られる様なぞ、恐ろしゅうてよう見られませぬ。況んやあそこに居られるお方は只人の身…」
「「「あ…」」」
ここに来て初めて神様方は祐二がただの人であることに今更ながら気がつくのだった。
そうなので有ります、偉いさんの間にいつも交じっていますが、祐二君は今は未だ只の人間なんで有ります




