「神様お願い」
お待たせしました
ハイキングに行ってから暫く経った日のこと。唐突に祐二の携帯に和香様から一度こちらに来て欲しいとの連絡があった。
こう言う形で連絡が来ることは珍しいので、首を捻りながら祐二がその旨雨子様に尋ねると、案ずるよりはさっさと行けと尻を叩かれるのだった。
でも雨子様にでは無く、何だって僕の方へ和香様から連絡が来るのだろうと訝しむ祐二。
ともあれ、悩んでいても仕方が無いので意を決し、急ぎ週末早速に宇気田神社へと向かうのだった。
当たり前の事ながら雨子様が着いてくるのだが、本人曰く、保護者としてだとのこと。
暫く家に居た葉子の指南を受けて、最近の雨子様は結構おしゃれになっていて、今日は清楚な白のワンピースにバケットハットという可愛らしい出で立ちで、おかげで凡人でしか無いと自認している祐二は一緒に横を歩くには少し気後れして仕方が無いのだった。
だが当人はそんな彼の思いなぞ全くお構いなしに、むんずと祐二の二の腕を掴んでいるのだが、お陰で電車の中や街中で周りの男達の視線が突き刺さるような気がし、終始居心地悪そうな顔をしているのだった。
それでも何とか無事宇気田神社に行き着いた二人は、大きな鳥居を潜ると勝手知ったる奥の院の方への細道を辿った。
途上竹箒を以て辺りを掃き清めている巫女姿の小和香様に出会うのだった。
「こ、小和香様?小和香様がお掃除までなさるのですか?」
驚いた祐二が声がけすると小和香様は笑顔を浮かべながら挨拶を返す。
「これはいらっしゃい祐二さん、ようこそお出で下さいました雨子様。…因みに祐二さん、私もちょくちょく掃除はしていますよ?第一綺麗になるのって気持ち良いじゃ無いですか?」
そう言うと小和香様は輝くような笑みを寄越した。
最近の小和香様と言うか、人の身を纏うことが多くなった彼女は、以前のような堅苦しさが抜けてとても親しみやすくなっていた。
その背景には、和香様と密接な連携を取っての隗との戦いを経験したことや、その身を疑似宝珠へと変化させてまでも和香様に尽くす第一分霊としての自覚、そしてそのことによる自信など、様々なことが関与しているだろう。
だがおそらくは祐二という存在と関わりを持ったことこそが、彼女により深い人間性を与えて居ることは、神の身である彼女をして知らぬ事なのだった。
彼女らは奥の院に向かい、そこの応接間で一端腰を下ろして小和香様自らのお茶で供応される。
一口そのお茶を飲んで目を見開く雨子様。
「小和香、これは?」
「ご満足頂けましたでしょうか雨子様?」
そう言うと小和香様は嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「元より其方の淹れる茶は美味いとは思うて居ったのじゃが、これはもう一皮むけたというか…」
そう言う雨子様の言葉をとても嬉しそうに聞く小和香様。
「節子様のところに足繁く通ったことがようよう実りましたね」
そう言うと小和香様はころころと笑う。
それを見ながら雨子様は、いつの間に節子と小和香の間でそんなことがと、驚きに目を丸くするのだった。
実際、上には上が存在するもので、節子のその上には椋爺という茶を淹れる達人が存在するのだが、椋爺のように極めた物を使って極めた茶を淹れると言う事は、そうそう誰しもが出来、いつでも出来るという事では無い。
そう考えた時に日常の中でその時々にもっとも美味しいお茶を淹れ、相手の望む時にそれを勧めて出すという意味では、節子の持つ才は非常に珍重される物なのだった。
「我ももうちっと腰を入れて節子に色々習わねばならぬの…」
密かにそう独り言ちする雨子様の言葉を聞いて、苦笑する祐二。
しかしこの間のお弁当だって、節子の監修が会ったとは言う物の、雨子様手作りの物は十二分に美味しかったのだ。あんまり焦ることも無いのになと思う祐二なのだった。
皆がそうやって茶を楽しみ、それぞれに思いを馳せていたその最中、部屋の外からばたばたと足早に誰かが駆けてくる音が響いていた。
「バタン!」
部屋に通じる扉が勢いよく開けられる。
「和香様…」
小和香様が渋い顔をしながら小声で呟く、その言葉の通りそこに現れたのは和香様だった。
「ごめんしてや~、氏子さんの結婚式やさかいにさすがに離れられへんかってん」
そう言う和香様に頭を下げながら挨拶をする祐二。
「お久しぶりですと言うかお疲れ様です和香様。今更ながらなのですが、和香様ご自身で結婚式に臨席して居られたりもするのですね?」
そう祐二に労われた和香様は実に嬉しそうだった。
「そうやで、結婚式や七五三みたいな吉事には、出来るだけうちが参加するようにしてるねん。もっとも参加する言うてもその場に姿を現すことは出来へんねんけどな」
そう言うと少し寂しそうな顔をする和香様。
その表情を見た雨子様が祐二に対して説明してくれる。
「昔、今よりももっと人と神の距離が近かった頃には、神が直接姿を現して吉事を祝うこともあったのじゃ。じゃが今はそう言うことも出来無くなって久しいの」
すると祐二が不思議そうな顔をして雨子様に問う。
「どうして神様はその様に人前に姿を現すことが無くなられたのですか?」
するとその問いには和香様が答えてくれたのだった。
「それはなあ祐二君、人の欲が大きゅうなってきたからやねん」
その説明が腑に落ちない祐二は改めて聞き返すのだった。
「人の欲が大きくなるとどうして?」
「うん、そないな風に聞きたくなるのは当然やろうね。おいおい説明していくとな、祐二君も知っとる様に、うちらが君達人の願いを叶えるために必要な物は精や。けど人一人の精の量ではとてもや無いけど誰かの願いを叶えるには不足やねん」
それを聞いた祐二はうんうんと頷きながら、以前雨子様から聞いた話を思い出すのだった。
「そう言う話は雨子さんから聞いたことがあります。何でも人の願い、特に天候を左右するような大きな願いともなると、何年分もの人の精の力を費やすのだとか…」
祐二のその言葉を聞いた和香様は、ちらりと雨子様の方を見ながら言葉を続ける。
「うん、雨子ちゃんの説明の通りやね。そやから願いを受けても全ての人の願いを叶える訳にはいかへん。よって願いの内容や、必要性、はたまたうちらの思いで、叶える願い叶えない願いを分けへんかったら仕方無いねんけど、それってどうしても公平性を欠いてしまうやん?」
何とも言いようのない複雑な表情をしながらそう言う和香様の心中を、僅かなりとも察しながら祐二は思ったことを口にした。
「そもそも公平性も何も、そう言ったことをどう量れば公平になるかって言う基準自体作ることが出来ないじゃ無いですか…」
そう言う祐二の言葉に感心しながら嬉しそうな表情をする和香様。
「うん、その通りやねん。でもそれでも願いは叶えて上げないかん。すると叶えられたり叶えられなかったりしている内に、どうしようも無いことで有るにもかかわらず、人々の間に色々な不平不満が溜まっていくねん。そしてこう言った思いもまたそれなりに力というか、エネルギーを持っとるもんやから、放っといたら災いの種になる。そやからうちらはそれらを精を使って打ち消さなあかんねん」
それを聞いた祐二は驚いたような表情をする。
「え?そんなつまらないことにまで精を使わなくては成らないのですか?」
和香様は苦笑しながら言葉を繋ぐ。
「そう言いたくも成るはなあ。そやけど現実はそうやねん。そう言った負のエネルギーを放って置いたら、流行病が生まれたり、戦争が発生し易くなってしまうんよ」
「うわ…」
その説明を聞いた祐二にはそれ以上の言葉を発することが出来ないのだった。
「難儀なことやろ?そやからうちらはもうごく一部の人の前でしか姿を現せへんようになってん。少なくとも目の前に神様って言う見える対象が居らへんかったら、その居るか居らんか分からんもんの気まぐれに、腹も立ったりせえへんやろ?」
うんうんと納得した思いを素直に表に出す祐二。
「しかもやで、昨今の人は誰もがネットとか言うもんを通じて、己の近況を世界に伝えられるやん?ますます以て簡単には姿を現すことが出来へん様になってきてるねん」
そう話す和香様の周りでは、雨子様も小和香様も頷きつつ、何とも悲しそうな顔で静まりかえっていた。
そしてそんな神様達の表情を見ていた祐二もまた、何とも切なさそうな表情をしているのだった。
「しかしそう成ると、人間は自分達自身のせいで幸せになり得る機会をどんどん放棄している訳でもあるのですねぇ」
そう言う祐二の言葉にしょぼんとしながら和香様が応える。
「そう言うことに成るんかも知れへんなあ」
「けどそれって結局は人間自身の問題なんですよね」
そうやって言葉を続ける祐二に、神々はおやと眉を上げるのだった。
「何故そう思うのじゃ?」
雨子様が皆を代表するかのように祐二に問うた。
そして雨子様は、まるで祐二を守るかのように、そっとその身に寄り添うのだった。
「それはね雨子さん。例え神様方がかつてお持ちだった宝珠の力を再びお持ちになったとしても、やっぱり人類全ての願いを叶えられる訳には行かないと思うからなんですよ」
「それは?」
再び雨子様が祐二に答えを求める。
「なんて言うのかな、人はまだその性をコントロールできているわけじゃないって事なのかな?そう、まだまだ自分のことしか考えられない人が沢山居るじゃ無いですか?そういう人達が大勢を占める間は、願い事の間に整合性が持て無くって、点でばらばらになって、結局はすベてを叶える訳には行かないというか…」
それを聞いた雨子様は呟くように言葉を放った。
「成るほどの、足るを知らざりと言ったところかの…」
そう言う雨子様の言葉を引き継ぐように和香様が喋り始めた。
「ほんまやねえ、そう考えるとある意味うちらは表面だけ見とって、対症療法しかとってけえへんかった訳やねんね」
「しかしそれは結局人間自身が何とかするしか無いのであろうな…」
沈んだ面持ちでそう口にする雨子様。
「なんでそう思うん、雨子ちゃん?」
「なに和香、人の間で矛盾した願いを神にしてくる現状、神がその願いの軽重を勝手に決める訳にはいかんじゃろう?で有れば人自身がその問題を解決するまで、我らは待たなくては成らないと言うことなのじゃ」
「成るほど、全ては人次第という訳なのでございますね?」
それまで黙ってじっと話に耳を傾けていた小和香様がそう言うと、三柱の神々は揃って祐二のことを見つめるのだった。
お陰様で病も大分よくなりつつあります。この調子で良くなればと思っております。




