爺様との会話
遅くなりました
「だがそうやって色々と悩みながら頑張ってくれて居るお前にも、何か褒美のような物をやりたいものじゃな?」
爺様の言葉で少し晴れた心を抱え、なんとはなしに月を見上げていた僕に、唐突に爺様がそのようなことを言うのだった。
だが何かそう言った物を貰うことをもくろんでいた訳でも無い僕としては、どう言葉を返したら良いものか何も思いつかなかった。
「そうは言われましても…、この様な場所を設けて頂き、更に修行させて貰っているだけでも余り有ると言うか」
そうやって歯切れ悪くもそもそと物言いをする僕のことを、爺様はにこにこしながら見守っている。
「まあ良い、そう言うところがお前の良いところで有るからな」
爺様はそう言った後、急に真剣な面持ちになると声を抑えていった。
「じゃがそう言ったお前の思いと儂の意思とは別物じゃ、ちと近う寄れ」
そう言うと爺様は僕を側へと招き寄せた。
「だがその謙虚さが時に裏目に出ることも考えられる。まあ、それは当たり前のことなのじゃがな、何事も全てを満たすことは出来ぬ物じゃ。だが儂としてはそう言ったお前の長所が後悔の元にならぬよう、ほんの少しだけ助けになる物をやろうかと思うて居る」
そう言うと爺様はその手の平の上に、七色に光るリンゴくらいの大きさの珠を出現させた。
「何なんですかそれは?」
思わず僕はそう聞いたのだが、爺様はその問いには答えてはくれなかった。
「お前には直接何の役にも立たぬ物じゃとだけは言っておこう」
「僕には役に立たない?」
なんだってそんな物を僕にと思ったのだが、直ぐに思い当たることがあってそのことを口にした。
「と言うことは、何か有った時にでも雨子さんに渡せば良いのですね?」
すると爺様の顔から表情が抜け落ち、ぽかんと口を開けた。
しかしそれは一瞬のことで、直ぐに眉根を寄せて僕のことを睨む爺様がそこに居た。
「お前は本当に人間なのか?」
僕には爺様のその問いの意味が分からなかった。
「え?爺様にそんなことを言われたら、僕は一体どう答えれば良いので?」
そう言う僕に爺様は苦笑した。
「全くじゃな。じゃがお前には時折、読心能力でも持っておるのかと思わせられるの」
そう言うと爺様はふうっと深い息を吐いた。
「儂はお前達人間達と事を当たるにあたって、専用の演算モデルを作り上げて使用して居る。じゃが屡々お前はその枠をはみ出して来おる、一体何があってそうなり居るのやら…、何か思い当たることは無いか?」
そう聞かれて僕は暫くの間考えを巡らし、やがてに口を開いた。
「もし何か有るとしたら、やはりそれは雨子様がらみなんだと思います」
「やはりそうなり居るか?」
「はい、間に少しブランクはありますが、本当に小さな頃から雨子さんとは密接な関係を持ってきていると思いますので、そのことが起因しているかと。そしてそれ以外思い当たる節がありません」
「じゃろうな…」
爺様は半ば独り言ちするかのように言う。
「どんなに優れた存在であったとしても、視点を固定化してしまえば、その部位から眺めた情報しか入らぬもの。儂はそう思うたればこそ、疑似人格のような物まで拵えて、偏らぬように情報を収集しようとして居るのじゃが、どうやらそれでもまだ足らぬと見えるな」
そう言いながら僕のことをじっと見つめる爺様。
「後もう一つは若さ故かの…」
そう言うと爺様は突如がはがはと笑い始めた。
「さすがにこればっかりはどうしようも無いかもしれぬな」
そんな爺様に僕は及ばずとは思いながらも異を唱えた。
「でも爺様には余人の誰も及ばないような、膨大な知識が有るでは無いですか?」
そう言う僕の言葉に爺様は顔を顰めた。
「じゃがの、知識というのは上手く使えて初めて役立つものじゃ。そう考えると儂をして尚全く足らぬと言うことなのじゃなあ。本当に…道は遠いのぅ」
そう嘆くように言葉を紡ぐ爺様に、何とも切なさのような物を感じてしまう。
「なまじ力があるばかりに何もかもをも上手く行かせようと思うが余りに、逆に大いに手詰まりを感じてしまう。時に切り捨てねばならぬのじゃが、時を経れば経るほど色々な物に執着してしまうのじゃなあ」
そう言いながら爺様は、先ほどからずっと手の平の上に有った七色の珠を、気軽に僕の方へと放り投げてきた。
「うわたたたた!」
それが何かは分からないものの、多分おそらくとんでもなく貴重な物であろう事は想像出来る。
そんな物をいきなり放り投げてこられるのだから堪ったものじゃあ無い。
僕は必死になって取りこぼさないようにと受け止めたのだが、無事受け止めたと思って手の平を解いてみると、そこには何も無い。訝しみながら周囲を見回して見るも、辺りにはそれらしきものは何も無いので有った。
「…?」
尚も必死になって辺りを探し回る僕に、爺様がごく普通の口調で告げる。
「何をやって居るのじゃ?探したところでもう見つからぬぞ?」
「ええ?」
僕が驚いていると爺様が説明してくれる。
「先ほどの珠は既にお前の中に有る。そしてお前が本当に必要と思うた時に再び現れるであろう」
「はぁ…」
一体何を貰ったのやら良く分かって居ない上、いつの間にやら僕の中に入ってしまっていると言われて、なんとも間の抜けた返事しか出来ない僕だった。
「まあ、今は分からぬでも良いのじゃ。しかしその内本当にお前が必要と思い、望んだ時にそれは現れるであろう。その時は…」
僕は確信を持ってその先を爺様に告げる。
「雨子さんに渡せば良いのですね?」
爺様は僕のその答えに、やれやれと言うように頭を振りながら言う。
「その通りじゃ、それで間違いは無い…」
そこではたと目を見開いた爺様が僕に聞く。
「ところでお前に尋ねてみたいと思うのじゃが」
「はい、何でしょう?」
「もし目の前にお前達より遙かに劣る者達が現れたとして、その者達を手助けするか否かはどうやって決める?」
それを聞いた僕は僅かな時間考えると、ほとんど即答に近い形で答えを返した。
「それは僕らが決めることじゃなくて、その者達がどう思うかでしょう?彼らが助けて欲しいと言えば助けるし、そうで無かったら静観しますね」
僕がそう言うと爺様は暫し黙りこくった後、うんうんと頷くのだった。
「成るほどの、その者に問うか…むう、それが正しいように思うの。我らに足らぬは謙虚さであったか…」
爺様はそこまで言うと矢庭に呵々大笑しながらその場を後にしていくのだった。
そして後ろから見えるその肩の揺れる様は、実に何か楽しそうなのだった。
時々容量の小さい筆者の脳みそは、オーバーフローしてしまいそうになります(^^ゞ




