家への途次
お待たせしました
無事最寄り駅に着いた僕達は、列車の中での休養が良く効いたと見えて、さほど疲れを感じること無く家路を辿った。
もっともそうは言っても、あくまでそれは比較の問題で、多分今日は寝床に入ると爆睡してしまうことだろう。
「今日は良いところに連れて行ってくれたの、感謝じゃ」
雨子様がそんなことを言いながらにこにこしている。
そこで僕は先ほど疑問に思ったことを聞いてみた。
「ところで雨子さん」
「何じゃ祐二?」
「雨子さんは眠って居る時に夢を見ているんですか?」
「夢かや?」
「はい、夢です」
それから少しの間雨子様は、なにやら考えている風だった。
「思うに…」
そう言いながら雨子様は歩みを早め、少し先に行ったところで振りかえながら話の続きをするのだった。
「現状での話となるのじゃが、そなた達の見て居る夢とは少しばかり異なって居るかも知れぬ」
僕がその場に追いつくと雨子様は並んで歩き始める。
「其れは一体どう言うことなんですか?」
「我の意識の本体はあくまで物質に依存して居らぬ知性体の部分にあるのじゃ。じゃから本当のところ睡眠を必要とすることは無い。じゃが今は人としての肉を纏うて居って、その身体との接続の為に脳の様なものを此処に…」
そう言うと雨子様は自らの頭の部分を指差した。
「持って居るのじゃが、これは脳の様なものとは言ってもほとんど脳同様と言っても差し支えが無いじゃろう。故にそなたらと同じように休息が必要になり居るのじゃが、こやつがその合間になにやら色々な記憶をおかしな形で反復し居る。そしてそれを我自身ある意味楽しみながら眺めて居ると言った感じかの?」
「成る程、そう言うことならほとんど僕達の見ている夢と同じ様なものなのかな?」
「かも知れぬの、何と言うか論理に属さぬ突飛なものが多い様に思うのじゃが、そう言うのがそなたらの言う夢に当たるのじゃろ?」
僕は雨子様のその言い様に苦笑しながら応えた。
「まあそうですね、自分で見ていて言うのも何なんですが、訳の分からないものが多いです」
「そうやって夢を見ている間、脳は休眠状態になる故、我はこの身に働きかけることは通常出来ぬ。よってその間に色々な動きが有るとすれば、それはこの身の属する脳の働きのものと言って良かろう」
「通常って言われましたけど、通常では無いことも在るのですか?」
「うむ、真なる緊急時には脳をバイパスして、直接我自身で身体を動かすことが可能じゃ。じゃが…」
そう言うと雨子様はきょろきょろと辺りを見回した。
「先の戦いでこの身に直接ダメージを受ける様な事も有り、些か不都合であることに気がついての、なんとかせねば成らんとずっと考えて居ったのじゃ」
雨子様がそう言い終えるとその身体がちらちらと瞬く様に光った。と次の瞬間、その身がぼやけたかの様になったかと思うと、女子高生としてのその在り姿が消え、かつて僕が出逢って間もない頃の、市松人形に似た小さな雨子様の姿になった。
「雨子さん…」
驚いてしまった僕はそれ以上の言葉を口にすることが出来なかった。
だってついこの間、今の人間の身体との接続が切れてしまうのは、絶対に嫌だと言っていたのでは無いのか?人間の身体に由来する、僕との間に生まれた人間的な感覚や感情、そう言ったものを何よりも大切にしたいと言っていたのでは無いのだろうか?
多分そんな思いが僕の顔に表情となって表れていたに違いない。
その小さな雨子様が苦笑しながら手で僕のことを招き寄せた。
「もう…一体何を心配して居るのじゃ?我がそなたとの思いを断ち切る訳が無かろうに…」
そう言うと雨子様は僕の頭を引き寄せると、頬にそっと口づけした後言う。
「我がこの様な工夫をしたのは、それこそそなたとの思いを大切にすればこそなのじゃ」
そう言うと雨子様は一歩後ろに下がり、再び身体をちらつかせた後、元の雨子様の姿に戻った。
「それは一体?」
僕が首を捻りながら言うと、雨子様は優しく微笑みながら説明してくれた。
「今のこの人の身は、先ほどの間だけ、我が別に拵えた異空間にしまい込んで居ったのじゃ。そしてこの身との接続を保ちつつ、あの身を顕現させたというのが実際の所じゃな」
「そう言うことだったのですか…」
僕はほっと安堵の胸を撫で下ろした。
「だがの、今のこの方法はまだまだ暫定なのじゃ」
「それはまたどうして?」
僕がそう言うと雨子様は苦虫を噛みつぶした様な顔をしながら言った。
「この手法を常用するには精が足らぬのじゃ。日常的にこの方法を使おうと思えば、小雨達分霊を常にこの身に纏うて居らねばならぬ。もちろん本当に非常時であるならば何の問題も無いことなのであるが、今はあやつらにもそれぞれ役割というものがある。それを無碍に中断させるのはちとの…」
雨子様の言う分霊達、ユーや小雨やニーのことを思い起こしながら僕は言った。
「雨子様、やっぱり優しいですね?」
すると雨子様は片眉を軽く持ち上げる。
「やっぱりとは何じゃ、やっぱりとは?」
雨子様はなんだかにやにやしながらそう聞いてくる。分かっていて聞いてくるのだから始末に負えない。
「元より優しいとは思って居たのですが、やっぱり優しいのだなって言うことです」
そう言う僕も分かっていてそのことをきちんと言葉にした。
時に何でもちゃんと言葉にして相手に言うことも大切では無いか、そんなことを思ったからだ。
で、雨子様の反応を見てみるに、存外効果があった様だった。
急に顔を赤くするなりぷいっと、在らぬ方へ顔を背ける。
「か、からかうのでは無いのじゃ」
そうやって少し照れながらも怒るを装いつつ、その実口元は僅かであるが綻んでいる。
僕はこう言った繊細な雨子様の感情に接することが出来るのが、何とも言えず嬉しかった。
もう目の前に家の門が見えてきている、
「今日はお疲れ様でした」
僕がそう言うと、雨子様は嬉しそうに笑いながら言う。
「うむ、実に楽しかったのじゃ、あのようなところをよう知っておったのじゃな?」
「昔友達のお兄さんに連れて行って貰ったことがあったんです。途中道がうろ覚えだったので不安だったのですが、何とかなってほっとしています…」
「むぅ?そうじゃったのか?しかしえらく自信を持って歩いていた様に見受けたがの?」
「ならまあ、良かったです」
僕がそう言うと雨子様は少し目を見開いた後笑っていた。
原因はわかっている、先ほどから僕と雨子様のお腹がぐーぐーと鳴っているのだ。
「腹の虫が先ほどから騒いで居って五月蠅うてたまらぬ。夕餉が楽しみじゃの?」
そう言うと雨子様はくふふと笑った。
ご飯の炊ける独特の香りが家の方から漂ってくる。今日の夕飯は何なんだろうなあ?
僕はそんなことを考えながら門から中に入り、玄関をくぐった。
「ただいまぁ~~」
二人の声が同時に辺りに響く。
「お帰りぃ~」
母さんの声が聞こえてくる。この声を耳にした時からまた普段の日常が始まる、そんなきっかけになる瞬間だった。
例によって日常回です。しかし色々な災害がある昨今、その日常がいかに大切なことか、とても良く分かるような気がします




