表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天露の神  作者: ライトさん
275/672

ハイキング二

ハイキングの続きです


 駅に到着した雨子様は、かつて初めて電車に乗った時とは一変して、慣れた手つきで改札の読み取り機にカードを押し当てていた。


 その様を感慨深げに見ていると、その視線に気が付いたのか少し照れ臭そうに笑う。


「くふふふ、もうかつての我とは異なるのじゃ」


 そう言うと駅の階段を足取りも軽く駆け上がっていく。


「早う来ぬか?」


 階段上、ホームに上がり着くと振り返り、そう声を掛けてくる雨子様。

僕はそれを聞きながら心密かに甘酢っぺぇと独り言ちしてしまう。


 だがそうやってわくわく顔で待っている雨子様を待たせているのも申し訳ないので、階段を二段飛ばしに駆け上がっていった。


 予め時間を調べていた通り、さほど経たないうちに快速列車が入線してくる。


「今日はこれに乗るのかや?」


 普段は近場にしか行ったことが無いので、ほとんど普通ばかりに乗っていた。

それが今日は快速に乗って結構な時間揺られていくことになる。


 そのせいか雨子様の中ではおそらくちょっとした旅気分になっているのだろう。

目をきらきらさせながら、この先何があるんだろうと言った思いが、言葉にしなくても溢れ出ていた。


 到着した列車の扉が開くとバラバラと中から人が居り、その流れが途切れたところで乗り込むと、丁度四人掛けのボックス席に並びの空席があった。


「雨子さん、ここ!」


 僕はそう言うと、列車に乗り込むなり辺りをきょろきょろと見回していた雨子様を呼んだ。


「窓側の席にどうぞ」


 進行方向窓側と言うことで、これから列車が動き出せば存分に外の景色を楽しむことが出来るだろう。


「良いのかえ?」


 遠慮がちに雨子様が聞いてくるが、当然否やはない、


「勿論です、そちらへどうぞ」


 すると雨子様は満面の笑みを浮かべながらぽすんと席に収まった。


 僕は自分も座る前に、雨子様が手に抱えたナップサックと自らのリュックを網棚の上に上げた。その動きを雨子様の興味深げな視線が追う。


「のう祐二、その上は寝棚かや?」


「ね?寝棚?」


 全く予想外の言葉だったので、言葉を聞いても直ぐには理解が出来て居なかった。


「いやいやいや、ここは寝棚じゃあないです、あくまで荷物専用ですよ?」


 すると雨子様は少しつまらなさそうな顔をする。


「なんじゃそうなのか?あの上に寝転がるのも面白そうじゃなと思ったのじゃが…」


 雨子様のその言葉を聞くつもりもないままに聞いてしまった前のカップルが、急に下を向いて身体を震わせ始めた。うん、多分必死になって笑いを堪えているに違いない。


「あそこに寝そべったらそれこそ顰蹙ひんしゅくを買いますよ?絶対駄目です」


 だが雨子様は余程気になるようだった。


「一度くらいは…」


「ぜ~~ったい駄目です!」


 あーあー、前のカップル、笑いを堪えるのにもだえ苦しんでるよ。


 だが当の本人、雨子様は自分のせいでそんな事になっているとは露とも知らない。多分親切心からなのだと思うのだが、カップルの女性の方に声を掛けていた。


「のう、そなた、何やら苦しそうじゃが大丈夫かや?」


「は、はい?」


 そう言いながら顔を上げた女性は、顔を真っ赤にしながら涙を浮かべている。


 丁度その時列車は次の駅に到着していたのだが、傍らの、これまた目に涙を浮かべた男性に促されて、二人は列車から降りていった。ん~~、ぎりぎりセーフ?


 その一部始終を見ていて、理解していた僕としては、なんとも申し訳の無い気持ちで一杯だったのだが、こればっかりはなんともしようがないことなのだった。


 次に目の前に空いた席に座ってきたのは品の良さそうな老夫婦だった。

穏やかに抑えがちの声で何事か話しては、にっこり微笑むその仲睦まじい姿を見ていると、胸の内が温かくなるような気すらしてしまう。


「こほん」


 と、男性の側が軽く咳をする。

それを見ていた女性がそそくさとバッグを探ってそっとのど飴らしき物を差し出す。


「ん、ありがとう」


 何も言われずとも相手の望むものを探し、差し出し、貰った側もちゃんとその思いの応えて礼を言う。この二人が培ってきた人生を、一部ではあるが覗き見たような、そんな思いを感じた。


 おそらくは雨子様も同様の思いを感じているのだろう。まるで聖母のような優しい笑みを湛えながらその老夫婦のことを見つめていた。


 ところが老婦人の側からはそうは見えなかったようだ。


「お嬢さん、飴ちゃん要る?」


 そう言いながら雨子様に、バッグの中から取りだしたもう一つの飴を手渡している。

要ると聞きながらもうその飴を雨子様の手の中に押し込んでいる当たり、なかなかの修練の技である。


 だがその雨子様の方は…


「え?あ?その?」


 そんなことを言いながら目をきょろきょろさせつつ僕の方を向く。おそらくは何をどう対応したら良いのか分からなくなったのだろう。


 僕はそんな雨子様ににっこり笑みを送りながら言った。


「雨子さん、折角のご厚意です。有り難く頂きましょ?」


 僕がそう言うと雨子様は納得したのかほっとした顔つきになりながら、飴をくれた老婦人に向かって頭を下げつつ礼を言った。


「ご婦人、ありがとうなのじゃ」


 礼を言われた婦人は、雨子様のその古風な喋り方に驚いたのか、少し目を丸くする。

だが微かに連れの男性と視線を交わすだけで何もそのことについては言わず、穏やかに別の話題を話すのだった。


「今日はどちらへお出かけですか?」


 そう言いつつ網棚にある僕達の荷物に視線を走らせたようなのだが、昨今どこに行くのでも皆リュックを持っていたりもするので、行き先を推測するには不十分だろう。


 雨子様はハイキングに出かけることは知っていても、まだその行き先は知らない。

サプライズの思いがあるから、僕がわざと教えていないので仕方の無いことだった。


 そこでその雨子様の視線を受けて僕が口を開いた。


「今日は少し山の方に行ってハイキングをしてこようと思っているんですよ」


 僕がそう言うと婦人は少し目を細めると窓の外を見ながら言った。


「良いわねぇ」


 そう言うと彼女は視線を僕の方へと戻し更に言葉を継ぐ。


「私も少し前までは良く主人と、近場の山に登ったりしていたものなのよ。緑の木立の中を歩いていると、なんだか心が洗われるような気がするのよ。でももう今は…」


 そう言うと彼女は寂しそうに微笑みながら、傍らから杖を持ち上げて見せた。


「私が足を傷めてしまって、もう山道には耐えられなくなってしまったの。年だから仕方無いと言えばそうなんだけれども、やっぱり少し寂しいわね…」


 そう言いつつも健気に笑みを浮かべてみせる老婦人なのであったが、その目の奥に走る何とも悲しげな思いをうっかり見てしまったように思う。


 そんな婦人に何か話しかけようとしている雨子様もまた、僅かに口の端を歪ませていた。


「それで今日はどこに行かれるのじゃ?」


 すると彼女は少し嬉しそうに言葉を弾ませて言う。


「山登りが出来なくなって腐っていたら、この人が、それなら寺社巡りはどうだと提案してくれたの。最初の頃は渋っていたのだけれども…」


 そう言いながらその目は傍らの男性に向けられていた。

彼は少し困ったように頭を掻きながらゆっくりとした口調で話し始めた。


「一日家の中に居たって仕方無いし、どうせなら寺社巡りをしながら、神様に彼女の足が治りますようにと、お願いしてみたらどうかなと思ったのですよ。もしかして、万が一にでも治ったら儲けものだし、例えそう成らなくとも色々美しい物を見るのは心の栄養になりますからね」


 そう言う彼の手に婦人がそっと手を重ねると、二人心合わせるように視線を重ねる。

その様を見ていた雨子様は、微かに口元をへの字に曲げる。


 あれ?もしかして泣くのを我慢している?でも余りに一瞬のことだったので良くには分からない事だった。


「ならば今日も何処かの寺社に行かれるのかえ?」


 そう尋ねる雨子様の問いに、男性がゆっくりと頷きながら言う。


「今日は宇気田神社へお参りしようかと思っております」


「宇気田かえ…」


 そう言う雨子様の瞳に、少し悪戯っぽそうな光が灯る。


 そうこうする内に列車は当該の宇気田神社の最寄り駅に近づきつつあった。

降り支度を始めている老夫婦に雨子様が最後に声を掛ける。


「奥方、飴ありがとうなのじゃ、とても嬉しかったぞえ。それから…あの地の神はとても慈悲深く、霊験あらたか故、きっとその願い叶えられると信じて居る、どうか御達者で…」


 そう言いつつその夫婦に向かって頭を下げる雨子様は、下を向きながら何事かを呟いている。


 彼らが列車を降り、人混みの中に姿を消していくのを見届けた僕は雨子様に聞いた。


「雨子さん、あの方達に何かしました?」

 

 僕のその問いに、雨子様は目を瞬かせると窓の外へ視線を移した。


「いいや、彼らには何もして居らんぞえ?」


 だが僕の勘はそうでは無いことを告げている。それになんだか今の雨子様の言いよう、どこかおかしい気がしてしまうのだ。


「彼らにはですか…」


 僕がそう強調しながら言うと、雨子様は両の手を上げた。


「降参じゃ祐二、そなたどうしてその様に勘が良いのじゃ?」


 そんな雨子様に向かって僕は苦笑した。


「別に僕は雨子さんのことを虐めようと思って言っている訳じゃ無いです。ただあの方達に何かして差し上げたのなら、何をして上げたのかなって思っただけなんですよ?」


 僕がそう言うと雨子様は、はふぅと溜息をつくと口を開いた。


「我がしたのは、あやつらに目印を付けたことと、和香への伝言を貼り付けたことくらいじゃな」


「へぇ?どんな伝言なんです?」


 僕がそう聞くと雨子様はなんだか面倒臭そうに言う。


「我の伝言は、この者達良き者故、願いを聞いてやってくれ…。それだけじゃ」


「成るほど、そうですかぁ…」


 そう言う僕に雨子様が少し苛立たしそうに言う。


「別に足を治してやってくれとかどうとか書いた訳では無いぞえ?」


「え?そうなんですか?」


 逆にそうでは無かったことに僕は驚いた。


「うむ、ただ願いを叶えてやってくれ、それだけじゃ。彼らが祈る時、何を願うかは彼ら次第なのじゃ…」


 はてさてあの老夫婦、宇気田神社にて和香様に、一体どんな願いをお願いするのだろうなあ?


 あのような願いを口にはされていたのだけれども、宇気田神社のような大きな神社に行った時、不思議と人は、より人のため、より大きな願いを言ってしまったりするものだ。


 ともあれあの方達が幸せになれるような、そんな願いであったら良いな、そんな事を思う僕なのだった。

人との出会いは全て物語、そんな感じですねえ^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ