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天露の神  作者: ライトさん
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ハイキング一

大変遅くなりました。やっとこさっとこで有ります


 テレビ番組の中で田植えのシーンをみていた雨子様が、実に懐かしそうにしているのを見ていた僕は、そんな雨子様のために何かして上げられないかと考えていた。


 その時僕はまだ小さかった頃、友人のお兄さんに連れられて昆虫採集のために向かった、とある土地のことを思い出していた。


 なんでわざわざ遠くにあるそんな土地に向かったかというと、その地は周りに有る他の地よりもずっと多くの昆虫の類いが取れるだけでなく、人の足で行くに便利なところだったからだ。


 連れて行かれたあの地には昔ながらの棚田があり、正に日本の原風景とも言えるような光景が広がっているのだった。おそらくあの地でなら雨子様の田畑を懐かしむ思いを、ごく自然に満たす事が出来るのでは無いか?そう思ったのだった。


 思い立ったところで善は急げである。

調べてみると翌土曜日のお天気は快晴、これなら良いだろうと思い、その日にハイキングに行こうと雨子様のことを誘う。


 何故今時ハイキングと訝しむ雨子様だったが、是非にという僕の願いに負けて、渋々では有るが頷いてくれた。けれども横見でちらりと見た時にはとても喜んでいるように見えた。まだまだありのままにそう言った感情を外に出すことは苦手なのかな?


 さて当日朝起きると、雨子様は既にとっくに起きていた感じで、母さんと二人してキッチンに居るようだった。


「おはよう」


 ダイニングに入った僕がそう言うと、二人はハモりながらおはようを返してくる。

おもむろにテーブルに座った僕の前に出て来たのはお握りとお味噌汁。


「これは?」


「朝ご飯よ。私達はもう食べているからさっさとお食べなさい」


 母さんに言われるままにお握りを頬張り、味噌汁を啜る。

程良い塩味のお握りに齧りついていると、眠っていた食欲が俄然目を覚まし、あっと言う間に平らげてしまう。


 その食べっぷりを見ていた母さんが、目を細めながら言う。


「美味しかった?」


「うん、ご馳走様」


 そう言いつつ僕は出されたお茶をのんびりと啜る。

出されたお握りなどが胃の底に落ち着いて人心地着いたような、そんな感覚を味わっていた。


 一方、そんな会話をしつつも母さんと雨子様は、尚もキッチンの方でばたばたしている。


「それ、もしかしてお弁当?」


 僕がそう問うと、母さんがにこにこしながら教えてくれる。


「そうよ~~、昨日から雨子ちゃんが張り切って色々と仕込みとか…もがぁ」


 見ると顔に朱を差した雨子様が母さんの口元を手で押さえている。


「節子よ、そう言うことは言わぬで良いのじゃ。もうもう」


 母さんはそんな雨子様の手を振り払うと楽しそうに言う。


「何言っているの雨子ちゃん、なんにしてももう本人が目の前に居て、こちらが何をしているのか知っているのよ?この際だもの思いっきり恩を着せなきゃ」


「節子ぉ…」


 なんとも恥ずかしそうな顔をしている雨子様だったが、どうやら今回の軍配は母さんの方に上がりそうだった。


「ところでもう出来上がりそう?」


 時計を見ながら出掛ける時間が迫っていることを確認していると、再度スイッチの入った二人がばたばたと動き始め、直ぐに返事が返ってきた。


「料理はもう出来ているから後は詰め込むだけなのじゃ、それくらいの時間は有るのじゃろ?」


「うん、あと十五分くらいは余裕であるんだけれども、それで足りる?無理なら少し出発時間延ばすよ?」


 そう言う間も雨子様は慌ただしく動き回りながらお弁当の最終仕上げを行っている。

その横では母さんが、とぽとぽとお茶を水筒に注ぎ込んでいた。


 お弁当への仕込みをほぼ終えたのを見計らったところで母さんが雨子様に声を掛ける。


「後包むのとかやっておくから、身支度とかしてきなさいな雨子ちゃん」


 そう言ってくれる母さんに雨子様は嬉しそうに微笑むと頭を下げた。


「済まぬの節子、では今少しの間この場を離れるのじゃ」


 そう言うと雨子様はパタパタという足音を残してこの場から去って行くのだった。

それを見送りながら母さんが、雨子様の仕上げたお弁当を手早く包み、お茶の入った水筒と共に僕に手渡す。


 受け取った僕は、昨日の内から用意して置いたリュックに、天地を考えながら詰め込み、きゅっとジッパーを閉めた。


「余り詳しいことは知らないのだけれども、今日は一体どこに出かけるつもりなの?」


そう聞く母さんに、僕は付近に雨子様の居ないことを確認しながら小声で言った。


「雨子さんって本来天候を司る神様で、農作物に豊穣の雨を降らせる役目を持っていたらしいんだけど、でもここいらにはもうそう言った田畑がまるでないでしょう?だからそう言うのが見られるところに、連れて行って上げようかなって思って…」


「あらそう言うことだったの。確かにもうこの近辺にはそう言った昔ながらの田畑なんて無くなってしまったわね。そうかあ、それを雨子ちゃんにね…。うん、きっと喜ぶと思うわよ」


 そう言うと母さんは僕の背中をバンと叩く。


「我が息子ながらなかなかに偉いぞ!」


 さて、そうこうする内に雨子様が再び姿を現した。


 ハイキングとあって日差しを避けるためにポニーテールの髪の上に何やらロゴの入ったキャップを被っている。


 その様が何か物言いたげな様子なのだが…と、気が付いて慌てて口を開く。


「そのポニーテールと帽子、よく似合っているね」


 どうやら正解だったようだ、雨子様の顔に笑みが広がる。

加えて言うなら背後から小さな声で、合格という母さんの声が聞こえてきていたのだが、これは聞こえないふりをして置いた。


 その雨子様が僕のリュックを見ながら言う。


「我は何か持つものは無いのかや?」


 すると母さんが小さめの水筒を一つ手渡していた。


「これは雨子ちゃんが歩きながら渇きを癒やすのに使いなさいな。後は自分が使うものだけ小さくまとめて、はいこれ…」


 そう言うと軽量なナップサックを手渡していた。


「これにお手拭きとか入っているから後は自分の物を入れて使いなさい」


 すると雨子様は嬉しそうに受け取りながら、先に買っておいたのかいくらかのおやつのような物とタオル、その他の物を自分で用意していた別の鞄からいそいそと詰め替えていた。少しばかり歩くことを考えたら明らかにその方が良さそうだ。


「じゃあ出かけようか?」


 支度を終えた雨子様にそう言うと僕達は玄関に向かった。


 歩きやすそうなスニーカーを履くといそいそと玄関を飛び出していく雨子様。どうやら今日という日を楽しみにしていたようだ。


 スリムのジーンズにTシャツと言った出で立ちで、キャップの後ろからひょいと出ているポニーテールがゆらゆらと揺れてなんとも可愛らしい。


「ちゃんと日焼止めとか塗ったの?」


 その雨子様への注意に余念の無い母さん。


「うむ、節子が言うので塗ったのじゃ。もっとも我は、元来日焼けは余りせぬのじゃがな…」


「あら羨ましい」


 そんなことを言いながら雨子様の出かける姿にきっちりと目を通す母さん、そして頷いている。どうやらお出かけチェックは合格だったようだ。


 とそこへ葉子ねえの眠たそうな声。


「あら、どこかへお出かけかしら?」


「祐二がハイキングに誘ってくれたのじゃ」


 そう言う雨子様は実に嬉しそう。その様を見て色々と察したのか葉子ねえは笑顔で僕達を送り出してくれた。


「怪我しないように楽しんできてね、行ってらっしゃい」


「大体何時頃の帰宅になるかまた連絡頂戴ね」


 とは母さん。


 僕達はそんな二人に軽く手を振りながら元気良く我が家を離れ、最寄りの駅まで歩き始めるのだった。



色々なイレギュラを片付けてやっとこ投稿となりました。

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