雨子様のお仕事
気が付いたら、いつの間にか燕が居なくなっているのだなあ
今朝ほどのこと、朝ご飯を食べながらテレビを付けていたところ、その画面の中で丁度田植えの場面が紹介されていた。
それを見ていた雨子様が感慨深げに言う。
「もうそんな季節なのじゃのう」
そこでは大型の農業用機械を使って、一度に十条もの苗を植えていたのだが、それを見て些か呆れ気味の雨子様。
「かつては近隣の娘達を集めて田植え祭りなどやっていた物なのじゃが、なんとも味気が無いの」
僕は雨子様のその言いように苦笑しながら言う。
「でも雨子さん、あの田植えって言う作業はとんでもなく大変な作業なのでしょう?」
「それはまあそうなのじゃが…」
そう言いながら雨子様は少し寂しそうな顔をする。
「早乙女達の田植えもさることながら、皆が集うて豊穣を願う、そう言ったこともまた必要なことだったのじゃ」
少し遠くを見つめるような雨子様に僕は問いかけた。
「もしかして雨子さんはそのお祭りに関わられていたのですか?」
雨子様は僕にそう問いかけられたのが思いの外嬉しかったようだ、笑みを浮かべつつ丁寧に教えてくれる。
「うむ、我にとって大切な祭りの一つでもあったの。そこで上げられた豊作を願う思い、そこから我は多くの精を得たものじゃ」
雨子様から余りそう言った昔の話を聞く機会が無かったので、これはちょっと貴重だな等と僕は思った。
「それで雨子さんは米が豊作になるように頑張られたんだ」
僕がそう言うと雨子様は静かに頭を横に振った。
「え?違うの?豊作を祈願するところから集められた精は、なら一体どこで使われることになったの?」
僕の問いに雨子様は苦笑しながら言葉を返してきた。
「では尋ねるが我は何の神じゃ?」
僕は考えるまでも無く知っていることを述べた。
「それは勿論天候を司られる神様ですよね?」
そんな僕のことを雨子様は少し呆れながら見つめる。
「更に尋ねるが、天候とは簡単に変えられるものかえ?」
僕は暫し雨子様の言われた言葉の意味を考えた。
考えれば考えるほど、いくら神様が力を行使すると言っても、そんなに簡単にはいかないで有ろうと思われる。
「影響を与えなくては成らない規模を考えると、そんなに簡単にはいかなさそうですね?」
僕がそう言うと雨子様はにっこりと笑んだ。
「ようように気が付き居ったか。その通りじゃ、我が対峙すべき物は天候なのじゃ、一筋縄ではいかぬこと理解できるであろ?」
「でも人間から得られる精って、そんなに多いものでは無いのですよね?だとしたらなんで天候を変えられるのだろう?」
僕がしきりと首を捻っていると、雨子様は我が意を得たりと言った感じでにこにこしている。
「そろそろ種明かしが必要かの?」
端で見ていて分かるほどに何やらウキウキしている雨子様。こんな感じの雨子様ってなんだか初めて見るような気がするなあ。
だが此所で直ぐ白旗を揚げるのも悔しいと思う僕は、もう暫くの間粘ったのだが、結局はその軍門に降ることになってしまった。
「参りました、何か考えるにしてもその材料が少なすぎてなんとも成らないや」
「くっくっく」
嬉しそうに笑う雨子様。
「なんだか雨子さん凄い嬉しそうですね?」
「そう見えるかや?」
「ええとても?」
僕がそう言うと雨子様がつんと僕の脇腹に突きを入れてくる。
「わたっ!何するんですか?」
「何故だか知らぬが腹が立ったのじゃ」
僕はそんな雨子様に口をへの字に曲げながら言った。
「そんな理不尽な…」
全くもって理不尽である。だがそんな僕の思いを考慮すること無く雨子様は説明を始めた。
「実際まともに目の前にある天候をいじろうなどとすると、それこそ宝珠でも無ければまず無理であろうな」
「え~~、やっぱりそうなんですか?」
「うむ、その辺りは祐二の推測は実に正しい。またそれだけでは無く、一地域の天候を操作すると、その余波が周りの各所に大きく派生するから、下手をするととんでもないことにもなり兼ねんのじゃ」
僕は雨子様のその説明を聞いて色々と思い当たることが有るのだった。
実際とある国では地方行政府が自らの好き勝手な都合に合わせて、点でばらばらに人工降雨事業を行っているものだから、突然の突風やら、風呂の底が抜けたかのような豪雨や霰や雹等々、とんでもない災害が起こっていて数え上げたら切りが無い。
それだけならまだしも、その周りの地域では例年に無いような干ばつが生じていたりもする。一重にこれは安易に天候をいじったその副作用と言えるのだろう。
そういった事柄に思い馳せている僕のことを見ながら、雨子様が更に説明を続ける。
「故に我が得た精のそのほとんどは、そう言った災害に繋がらぬ様に必要な計算を施すために使われるのじゃ」
「なるほどなあ」
僕は雨子様の説明を受け感心する様に言った。
「実際その為に使用する精は、一回や二回のそう言った祭りから得られる精では全く足らぬ」
「ではどうするのですか?」
「農業を営むにあたって、それこそ一年のうちに何度も様々な祭りを行って居ったのじゃが、それを更に数年分溜めて、それで初めて幾ばくかの天候操作を行うことが出来るのじゃ」
「そんな何年も溜めるのですか?」
「うむ、可能であれば十年分位は溜めたいところであるの?」
「そんなに?」
「うむ、そこまでやって初めて望むところに雨を降らせることが出来る、そう言うものなのじゃ」
そこまで言うと雨子様は辛そうな表情をする。
「じゃがの、それで操作することが出来る回数はただの一回でしか無い」
「と言うと?」
「干ばつの年が二回続くと、その二回目の時は対応が出来ぬと言うことなのじゃ…」
「え?そうなんだ」
「あとの、干ばつはまだ良いのじゃ、まだ手の打ちようがある。これが冷害とも成るとちょっとやそっとの力ではどうしようも無い故、多くの者達が命絶えていく様を泣く泣く見ていなくては成らん」
「それってもしかして?」
僕は雨子様と共に見たかつての飢饉の光景を思い起こしながら言った。
「うむ、そなたの思って居る通りじゃ。あれは我の力ではなんとも出来んかったものじゃ」
「そう成ると神様ってなまじ力を持っているだけに、余計に辛いのかも知れないなあ」
僕がそう言うと雨子様は悲しそうな顔をして頷いた。
「神々が宝珠を無くして居らねばと思わんでも無いの」
そう言う雨子様に僕は言った。
「でもそれだと神様方は宇宙を彷徨うことは無かったのだろうし、この地球に来られることも無かったのじゃないかな?」
「うむ、確かにそうじゃな」
「おまけにそう成ると僕と雨子さんも出会うことはなかった訳だし、そもそも例の飢饉を知る機会すら無かったことになるよね?」
そう言う僕に雨子様は苦笑する。
「別にそのように言うてくれぬでも、宝珠を失ったことについて我は後悔して居らぬぞ?もうその様な後ろ向きの後悔なぞせぬように決めたのじゃ」
「うん、その方が良いと思う」
そう言う僕に雨子様は優しい視線を向けてきた。
「それもこれも祐二、そなたのお陰じゃと思うて居る」
「そ、そうなのかな?」
「うむ、間違い無い」
そう言うと雨子様は、傍らに来て僕の腕をぎゅうっと掴みつつ身を寄せる。
「我は長らく生きてきて居るが、今が一番楽しく幸せぞ」
僕は雨子様にそう言って貰えたことが本当に嬉しかった。そして適うことならいつまでもそう言って貰えるように頑張りたいなあなんて思ってしまった。
でも頑張り過ぎてしまっても本末転倒だし、そこは雨子様と息を合わして上手くやっていかないとね。
「それで雨子さんはこれからも天候を司る神様で行くのかな?」
すると雨子様は暫しの時間考え込む風だった。
「そこはように考えて見ねばならぬの。じゃがいずれそなたと夫婦になることを考えると、より人間に近しい神として、祐二と共に人の願いを聞いていくような、そんな神になれたら良いかなと思うの。そう考えると我もまたそなたと同じに、一度和香と相談する機会を持たなくてはならぬかもな?」
そう言う雨子様はなんだかとても楽しそうだった。
おそらく神様として、誰かの役に立つことが出来るというのは嬉しいのではないのかな?
僕はそんな雨子様に一杯役に立てるように、色々なことを勉強しておかなくてはね、等と思いつつ更に様々なことに思い馳せるのだった。
この二人、いつか夫婦神になるのかなあ?




