帰宅後のこと
ボチボチ行こか?好きな言葉の一つであります
少し遅くなってしまったが、雨子様と二人、学校から帰宅して直ぐに母さんに捕まった。
「雨子ちゃん、一体どうしたの?」
雨子様本人はしっかりと泣いて気も晴れてしまっていたせいか、一体何がなにやらといった感じで母さんに目顔で問う。
「目よ、その目、真っ赤じゃないの?泣いたのね?誰に泣かされたの?」
僕は母さんのその言いように呆れてしまった。一体この世の中のどこにそんなに気軽に雨子様を泣かせられる存在が居るんだ?
かと思ったらしっかりとお鉢が回ってきた。
「こっちに来なさい祐ちゃん」
母さんに手招きされて事情聴取を受ける羽目になってしまった。
だが実のところ僕が知っているのは、雨子様が月を見ていたことと、なにやらうさぎの話をしていたことくらいでしかなかった。
その旨母さんに説明すると、今度は雨子様のことを手招きしている。
「雨子ちゃん、これはあくまで私の我が儘でしかないのかも知れないけれども、どうして泣いてしまったのか話してくれるかしら?」
そう言う母さんに雨子様はほんのり顔を朱に染めながら、少し話しづらそうにしつつもちゃんと説明したのだった。
そこで説明されたのは昔雨子様と関わったうさぎが居たこと、そのうさぎが神使になる機会を得たにもかかわらず、それを断り、雨子様の側で息絶えることを選んだこと。
それから図書室で読んだ本の中で、我が身を供物と為したうさぎが神様の計らいで月に送られたこと等だった。
そして最後に雨子様は
「我はその様にうさぎに尽くされながらも、その子を月に送ることが出来なかった」
と言い、再び涙を浮かべるのだった。
それを聞いた母さんはそっと雨子様の手を両の手で包み込むと言った。
「雨子ちゃん、私はあなたがそんな風に優しい神様であってくれること、本当に嬉しいわ」
そう言いながらにこにこしている母さんに雨子様が言う。
「そうなのかえ?」
雨子様はなんだか妙なところで母さんに褒められているとでも思って居るらしく、少し目が泳いでいる。
だが雨子様のその疑問の思いも、次の母さんの言葉で直ぐに氷解していった。
「だってね雨子ちゃん、祐ちゃんのお嫁さんに貴女がなってくれそうって言うことで、私も神様って言う存在に興味を持ったのよね。それで色々と神様について書かれている本を読んでみたら、なんだか皆怖いことばっかり書いているのよ。私は雨子ちゃんと一緒に日々を暮らしているから、雨子ちゃんがそんな存在ではないこと、身を以て知っているのだけれども、知っては居てもやっぱりどこか少し怖いって思う部分が残っていたの…だと思うの。でも今の雨子ちゃんのその話を聞いたら、こんなに優しい子が祐ちゃんのお嫁さんになってくれるというのがもう凄く嬉しくなっちゃって…」
そう言うと母さんは自然と溢れてくる涙を手の甲でげしげしと擦るのだった。
「節子…」
僕は端から見ていてこの二人のこと、本当に仲が良いなって思う。
母さんは雨子様の心の深部には立ち入ること無く、そうでありながら自然に彼女の孤独になりがちな心を埋めて上げているし、雨子様は雨子様で母さんの無私な愛情に心底感謝しつつ、そんな風に愛してくれる彼女のことを尊敬もしてくれている。
悠久の時を生きてきている神様である雨子様と、彼女に比べたら未だ一瞬しか生きていないような人の子で有る母さんとの、不思議な親子関係。
人間関係、もっともこの場合は片方は神様なんだけれども、杓子定規に計ることが出来るものでは無いことをしみじみと感じるのだった。
「で、祐ちゃんは雨子ちゃんが泣いている時にちゃんとフォローして上げたのかしら?」
突然に母さんから追求の声が飛んできた。
その時僕は偶々お茶を飲んでいる時だったので、思わず咽せて大変なことになってしまった。そして咳き込みながら慌てて布巾で飛び散った物を拭いていると、母さんの目がだんだんと冷えてくるのが分かる。
と、それを見ていた雨子様から急ぎ僕を庇う言葉が入ってきた。
「節子、節子…」
呼ばれて視線を雨子様の方に向ける母さん。
「祐二はちゃんと我のことを気遣ってくれたのじゃ、だからその様に責めてはならぬ、責めてはならぬのじゃ」
雨子様からそう言われて急速に母さんの視線が柔らかくなる。
その変化にほっとしながら雨子様が言う。
「祐二がそんな我を放っておく訳が無いこと、節子が一番知って居るではないか?」
そんな雨子様の言葉に母さんはにこりと笑う。
「うん、祐ちゃんのことだからそんなことは無いだろうな、無いとは思いつつも、それでも私は二人の親だもの、お節介かも知れないけれども、口出ししてしまったの。ごめんなさいね」
そこまで言うと母さんは居住まいを正した。
「雨子ちゃんは、祐ちゃんの為に少しでも人に近づこうとしてくれているじゃない?そうであるが為に不安定になっているとも聞いているわ。だとしたら祐ちゃんがそんな雨子ちゃんのことを少しでも護って上げて欲しい、そう思うのよ」
母さんが如何に雨子様のことを大切に思っているかって事が、如実に分かる言葉だなと思った。
「人と言うのは…」
そう言いながら雨子様が僕と母さんの両方を交互に見る。
「本当に細やかな繋がり方をして居るのじゃな?」
その言葉に対して母さんが少し悲しそうな顔をしながら言う。
「残念ながら雨子ちゃん、皆が皆そう出来る訳では無いし、私にしてもいつもちゃんと出来ているかというと、そうでは無いかもと思うことが屡々有ると思うわ」
そう言うと母さんはふうっと溜息をついた。
「でもだからこそそう有りたいって願うし、せめて自分の子くらいは、そう出来るような子供に育て上げたい、そんな風に思うのよ。何せたった一人の力なき人間でしか無い私の影響力なんて、たかが知れていると思うのよね?でもそんな私でも子供や自分の家族くらいには色々と働きかけることが出来る。だから私はそう言った機会を本当に大切にしたいって思うわ」
母さんの言葉にゆっくりと頷くと雨子様は言った。
「力無き者も力有る者もそれなりに、自分に一体何が出来うるのか?それをきちんと考え尽くすべきなのかも知れぬの」
そう良い終えると雨子様は、更に色々と思いを巡らせているようだった。そして更に言葉を重ねる。
「こう言った思いも、そなたら人と斯様に深く関わり合いを持てたからこそ理解も出来るの。そう言う意味で考えると、案外我とそなたで夫婦になるというのは良き考えで有るように思う」
そう言うと雨子様は僕の方を見ながら嬉しそうに笑った。
本当にそうなのかも知れない、そう僕も思いつつも、せめてもそうなる時までに少しでも彼女に相応しい人間…行く末は神様なのかも知れないが…になろうと、思いを新たにするのだった。
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