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天露の神  作者: ライトさん
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「月の兎」

 遅くなりました


 さてそれから暫くの間、尚も色々な本を持ってきては二人で見ることを続けた。

図書室という場所柄もあって余り大きな声を出すことは憚られたが、周りに迷惑を掛けない範囲であれば喋る事も許されているので、色々と本の内容について話している。


 本という物は同じ文字や絵が描かれていても、読み手の持つ知識やそれまで経験してきている事柄、それに培われた性格などによって得る情報は異なるものだ。


 だからそうやって一つの本を挟んで語り合うと言うことは、時にお互いのそれまで知らなかった部分を知り合うことに役立ったりもする。


 それ故、神様という立場の雨子様と、まだ年若い人間の男の子という立場の祐二の間では、ある意味とても有意義?な意見が交わされていたのだった。


 人間である祐二が何かの物語を読む時、例えば『不思議の国のアリス』を読んだとしたら、そこに登場する様々な者達のことを、ただそのままの有り様で、そう言うものだとして捉えてしまう。


 だが雨子様が読むとなると、時計を見ながら掛けていくウサギは、そう言う形状を伴った異種ヒューマノイドで、トランプの兵達は付喪神だったりするわけなのだ。


 その様に読み取り方が異なってくると、当然にそこから受ける印象は大いに異なってくる。


 だから祐二にとってそのお話はそう言う物語として捉えるのに対して、雨子様の目から見ると異種族間交流というとんでもなく訳の分からない物語と言うことに成ってしまう。


 作り手が人間であることを考えると、多分祐二のものの見方の方が本来の形に近いと思われるのだが、雨子様の物の見方で読むと、それはそれでまた別格の面白さを持ってしまう。


 そうやって様々な本を巡り読んでいるうちに、二人は月にまつわる本に行き当たった。


「ふむ、日本のお話では月は男性神として、太陽は女性神として書かれて居るが、これは色々な国によって異なって居るのじゃな」


 そんなことを感慨深げに言っている雨子様に祐二が問うていた。


「え?他の国では違うのですか?」


「うむ、これは祐二でも知って居るじゃろうが、ギリシャ・ローマ神話に於いては太陽は男神、月は女神として表現されて居るの。ほう、インカの神話でも同じなのじゃな」


「一体どうしてそんな風に変化するのでしょうね?」


「さての、見た目の感じと言うことも有れば、地域的な特色というのもありそうじゃな。例えばドイツでのお話となると、太陽は寒さの中で人を暖めてくれる優しい神と言うことで女性として表現され、月は寒さの中で更に凍てつかされる厳しい存在として男性の神として表現されているの」


「成るほど、そうなんだ。色々と有るものなんですね」


「うむ、いずれにしても天空に二つ並び立つ存在として、一つの側が男性として書かれた場合、必ずもう一つは女性として書かれていることが多いようじゃな」


「その辺は何となく人間になぞらえた神の存在として、そう表現されているのは分かるような気がします。でも…」


 そう言うと祐二は苦笑した。

そんな祐二のことを不思議そうに見つめた雨子様が問う。


「祐二はどうしてその、なんとも曰く言いがたい表情をして居るのじゃ?」


 すると祐二は困ったなと言うように頭を掻きつつ話した。


「いや~、現在の世の中であったなら、色々とジェンダーの問題でややこしいから、きっとそう言った神話が作られるとしたらもっと複雑多岐となって大変だろうなと…」


 祐二のその話を聞いた雨子様は、一瞬きょとんとした後ふふふと笑った。


「そう言った事柄はあくまで自身の問題であって、人に押しつけるものでは無い。敢えて押しつけるからおかしなことになるのじゃ。本人が○○だと言えば、周りは成るほど○○なのかと理解すれば良い。そう互いに認識して居ればそれで仕舞いなのじゃ。悪意やらなんやら、妙に人の意思を付け加えてしまうからややこしくなる。人間はもちっとあるがまま素直に捉えることにした方が良いと思うの」


 そんなことを言いながら雨子様は、尚もその月について書かれている本のページを繰った。


「成るほど、月は人や神の住まう場所としても書かれているのだな。なんと刑を与える場所というのもあるのか?まあ場所としてはこの見解は正しいかも知れぬの。とんでもなく厳しい自然環境のところじゃから」


 そう言うと雨子様はくくくと笑った。

そんな雨子様の様子を見て祐二は言う。


「もしかして雨子さん、月に行かれたことでもあるのですか?」


 すると雨子様は少し恥ずかしそうに言う。


「うむ、有るのじゃ。大昔のことなのじゃが、空に煌々と映える月を見て、なんだか無性に行ってみとうなっての、それで行ってしもうた」


 そのなんと見えない回答に祐二は思わず吹き出し掛けながら言う。


「なんだか雨子さんは時折、子供みたいって思えることがありますね?」


「むぅ、笑うでない。恥ずかしさが増すでは無いか?」


 そう言うと雨子様は僅かに頬を膨らます。


「思うにああ言う場所はわざわざ行ったりせずに、神話のまま、物語のままにしておくのが良いのかも知れぬの」


 しみじみと言う雨子様の言葉に祐二は頷いた。


「確かにそうかも知れません。でも時と場合によると言えるかも知れませんよ?」


 祐二がそう言うと雨子様は不思議そうな顔をした。


「はて祐二よ、何を思うてそのように言うのじゃ?」


 雨子様はそう言うとこてんと首を傾げた。


「だって、神話が神話のままでしかなかったら、僕はずっとあの蜘蛛の悪夢に悩まされたままであったろうし、今こうして好きな人と一緒に居られなかったじゃ無いですか?」


 祐二がそう言うと、雨子様は本の上に突っ伏して顔を隠しながら言う。


「馬鹿…」


 この言葉、本来は人を罵るためにだけ有る言葉なのだが、今回に限って言えばなんとも愛らしく、可愛い罵り言葉となっているのだった。


「さてそろそろ帰りませんか?」


 祐二は時計を見ると雨子様にそう促した。

雨子様もまた自らの携帯に目を走らせ、祐二の提案に頷く。


「うむ、節子の機嫌をそこのうても困るからの」


 そう言うと雨子様は身体を起こし、借り受けていた本を所定の場所に戻しに行くのだった。


 二人で図書室を後に校舎の外に出ると、そこはもうすっかりと日が落ちて、次第に夕闇が濃くなりつつ有った。


 彼方の虚空には今し方登り始めたばかりのお月様が、真ん丸の姿を見せて煌々と光り輝いている。


「月か、こうやってみると本当に美しいものじゃな?」


 雨子様はそう言いながら暫し足を止めてその月を眺めみるのだった。


「そう言えばこの国の月には、うさぎが住んで居るのじゃの」


「ええ、お餅をついているって言われていますね」


「元々それは、杵を打って薬を作っているという中国のお話から来ているとか言う話が有ったの」


「へぇ、そうなんですか?」


「うむ、これらの話以外にも、月にうさぎが居ると言う話が有りおるの」


「それは初耳です」


「昔インドに居った神が皆に供物を捧げることを要求したのじゃが、うさぎだけはその供物を揃えることが出来なんだそうじゃ」


「なんでまたうさぎだけ…」


 そう言ってうさぎのことを気の毒がる祐二。


「それでそのうさぎはどうしたんですか?」


 話の続きが気になってそう問う祐二。


「うさぎはの、火を熾してその中に自らの身を投じながら神に、我が身を供物としてささげると言うたそうじゃ」


「そんな!」


 いくら神様の為にとはいえ、それは余りにも酷すぎると思う祐二だった。


「驚いた神で有ったが、既に火の中に在るうさぎをいかがすることもならず、やむを得ずその献身を讃えて、うさぎを月に生まれ変わらせたそうな」


「それでお月様にうさぎが居るようになったのですね」


「……」


 祐二がそう話しかけたにもかかわらず、雨子様からの返事の言葉が無い。

一体どうしたのかなと思った祐二が、ふと雨子様の方へと振り返ると、雨子様はその真ん丸のお月様を見ながら、目からはらはらと涙を流し続けている。


「雨子さん…」


 祐二はそう呼びかけるだけで精一杯だった。雨子様のその悲しそうな顔を見るとそれ以上どうしても言葉を継ぐことが出来なかったのだ。


 意識の中では無窮の時が流れたかに思えつつも、現実に於いては僅かな時間の後、雨子様は静かに口を開くのだった。


「かつての…、我のために命を捧げたうさぎが居っての…。我は、我は、そのうさぎを月に上げてやることは出来なんだ…」


 そう言い終えると、滂沱の如く涙を溢れさせる雨子様。


 驚き慌てる祐二、一体どうして差し上げたらと思うのだが、思うよりも、考えるよりも先に自然に身体が動いた。


 祐二は急ぎ雨子様の元に駆け寄ると、身体からだを震わし泣き暮れる雨子様のことをただ強く抱きしめる。おんおんと声に出して泣く雨子様の熱い身を抱きしめる。それだけしか出来ない、それが精一杯なのだった。


 暫しの時間が流れ、ようようにして泣き止んだ雨子様。

目は真っ赤、顔と言ったら…いや、さすがにそこは神様のこと、口にするにははばかられる。


 なので一端雨子様は校舎へと顔を洗いに戻るのだった。


 その間敢えてその場に居て雨子様の戻るのを待つ祐二は、先ほど雨子様が見上げていた月をじっと見つめていた。


 あんな風に雨子様に泣いて貰えるうさぎ、もしそんなうさぎが居るのだとしたら、きっとあの月に住まわり、雨子様のことを優しい目で見守っているに違いない。そう確信してしまう祐二なのだった。

 家族としてともに暮らしてきた存在が、看病の甲斐無く昨日のお昼頃無くなりました。

今日は荼毘に付してきたのですが、彼女の思い出が何かの形で残ればと思い、こんな形でお話となっております。大した話では無いかと思いますが、お楽しみ頂ければ幸いかと思います

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