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天露の神  作者: ライトさん
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夜話

 台風一過、やれやれであります。

皆様被害が無ければ良いのですが…


 食事を終えた僕は部屋に戻って静かに音楽を聴きながら本を読んでいた。


 すると少し経った頃、遠慮がちに部屋の扉を叩く音がしてきた。


「どうぞ」


 僕がそう言うと扉を開けて音も無く入ってきたのは雨子様だった。

お風呂上がりと見えてまだ何となく髪がしっとりとしている。


「雨子さん、髪はしっかりと乾かさないと風邪引いちゃいますよ?それに綺麗な髪が傷んじゃいます」


 僕はそう言うと階下の洗面所からドライヤーとヘアブラシを持って戻ってきた。


「此所に座って下さい」


 僕はそう言うと雨子様を普段使っている勉強机の椅子に座らせた。

まさか僕に髪を乾かされるなど、想像もしていなかった雨子様が無言のまま驚いている。


 まあ普通ならそうだろうな。ただ僕の場合、葉子ねえが髪を乾かす時に使われて、ちゃっかり仕込まれていたから何の違和感も無かった。


 手早く丁寧に髪をくしけずりながら、離れたところから優しく温風を髪に当てる。

それなりの経験があるだけに、もしかすると雨子様自身より手際も良いかも知れない。


 最初の内は戸惑う風だった雨子様も、その内心地好くなったのか、軽く目を閉じて微かに笑みを浮かべている。


「その…済まぬの…」


 遠慮がちにそう言う雨子様。


「別に構いませんよ」


 僕は雨子様の負担には成らないように軽くそう返した。


 僕のその応えに対して雨子様が僅かに口を尖らせる。


「髪の毛のことだけでは無いのじゃ。今日のその…諸々のことを合わせてのことなのじゃ」


 そう言う雨子様に僕は優しく笑んで見せながら応えた。


「だとしても、構いませんよ」


 すると雨子様は今度は頬を膨らませながら言う。


「のう祐二。どうしてそなたはその様に落ち着いておられるのじゃ?これではなんだかまるで我が人間で、そなたが神で有るかのようでは無いか?」

 

 そんなことを言う雨子様に僕は苦笑してしまった。


「一体何だって雨子さんはそんなことを考えているんです?」


 そう言うと僕は机の上にドライヤーとブラシを置いた。雨子様の髪はもうすっかりと綺麗に乾いていて、艶々と天使の輪を作っている。


「じゃが、じゃが…ここ暫くいつも我ばかりが右往左往しておる。こんなこと我が言うのはおかしいとは分かって居るのじゃが、なんだか悔しいのじゃ」


 おやおや悔しいと来ましたか。でも僕も最近になって何が原因で雨子様がそう成っているのか、少しずつだけれども理解出来て来たので、そのことを説明してみようかなと思った。


「先達て爺様が仰っておられたように、雨子様が不安定に成られた理由、僕と雨子様の寿命の差というのがとても大きいと言うのは、なるほどと思わされました」


 僕がそう言うと雨子様は少し恥ずかしそうに下を向きながら頷いた。


「う、うむ」


「でもそれについては僕が雨子様と同じ神に成ることを目指すって言うことで、おそらく雨子様の中の問題としては解決に近づいているはずなんです」


 僕の話を聞きながら雨子様の表情が素に戻り、いつもの雨子様らしくなってきた。


「多分そこで雨子様はこう考えられたんだって思うんですよ」


 僕が雨子様の思考を代弁しようとすると、当の雨子様は大きく目を見開きながら僕のことをじっと見つめてきた。


「祐二よ、何故だか知らぬがそなた、もしかすると凄いやつなのかも知れぬの?」


 いきなり妙なことを言い出す雨子様に、僕は思わず吹き出してしまった。


「ぶふっ!一体何を言い出すんですか雨子さんは?」


「ええいっ、笑うでない」


 そう言うとぷんすか怒る雨子様、でもその怒りはそんなに長くは続かない。


「ともあれ先ほどの話の続きを早うするが良い」


 もどかしそうにそう言って僕に話の先を述べることを催促してきた。


「多分雨子さんはね、僕が神様になろうとして努力をするなら、その分雨子さん自身が僕のために、人間になろうと思ってくれたのだと思いますよ」


 その言葉を聞いた雨子様は目をまん丸にしながら口をぱかりと開けた。


「そ、そうなのかえ?」


 今度は僕が驚く番だった。


「あれ?雨子様にはその自覚無かったのですか?」


「う、うむ。全く無い」


「あはっ!そうなんだ。なら雨子さんは本当に自然にそうしてくれようとしていたんだなあ」


 僕がそう言うと雨子様は口元を真一文字に結んで、暫し何かを考えている風だった。


「成るほどの、言われてみたらそうとしか思えぬところが沢山有るの、我の思考や行動に…」


 そこまで言うと雨子様はこてんと首を傾げた。


「はて?しかしなんでその様なことに?我の意思とは関係ないところで何かが動いておる…。一体どう言うことなのじゃ?」


 そこで僕が考えていたことを述べた、勿論確証なんかは無い。あくまで仮定での話なのだが…。


「これは想像でしかないことなんですが、昔雨子さんが落ち込んだ時に、僕がその心の中に助けに入って、互いに少し混じっちゃったことがありましたよね?」


「うむ、確かにその様なこともあったの」


「多分その時に入ってしまった人間の因子が、何らかの役割を果たしているのかも知れないなと言うのが一点」


「なんじゃまだあるのかや?」


「ええ、こちらの方はもう少し確証が持てるかも知れないことなんですが、僕達その…恋人同士になったじゃ無いですか?」


 僕がそう言うと雨子様は顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。


「い、いきなり何を言い出すのじゃ?今そのことは必要なことなのかや?」


「はい。必要なことだから言っているんです」


 すると雨子様は真っ赤な顔のまま目を潤ませつつ小さな声で言う。


「確かに我らは思い合い恋仲と成り、その…恋人と言えるかと思うの」


 それを聞いた僕は更に話を先に進めることにした。


「僕達人間の恋人同士は、なんて言うのかな?お互いにより相手に近づこうとするみたいなんです」


 僕がそう言うと雨子様は不思議そうに言う。


「祐二よ、何故今ここに置いて、みたいなどと言う曖昧な言いようをするのじゃ?」


 僕は頭を掻き掻き苦笑した。


「だって雨子さん、僕だってある意味初めての恋を経験している最中なんですよ?だから自分自身のことだってまだまだまるで分かっていません。だから今述べたことはあくまで伝聞なのですよ」


 僕がそう言うと何故か雨子様は嬉しそうに微笑んだ。


「そうか、祐二にとっても初恋なのか…」


「ええ、ですから一般的な話になるのですが、故に雨子様は僕という人間に自ら近づこうとしているんだと思います。結果、神様としての雨子さんは、人間としての雨子さんの感情を持て余している…そう言うことなんだと思うのですよ」


 僕がそう言うと雨子様は感心したかのように口を開けた。


「ほう、成る程そう言われてみればそうかも知れぬの。すとんと胸に落ちる物が有るようじゃ」


 後半まるで独り言ちするようにそう言うのを見守っていると、雨子様は嬉しそうに笑った。


「と言うことは、我はそれだけ人に近づいてきて居ると言う訳なのじゃな?」


「まあそう言うことですね」


「しかし…」


 そう言うと雨子様は我が身を自らの手で抱きしめた。


「しかし理屈としては良く分かるのじゃ、然れど心というか、この身を襲うこの何とも言えぬ感覚はどうじゃ?何と言うかその、言語化出来ぬのじゃ、一体どうすれば良い?時にいっそこの人の身を逃れ、神の身に戻りたくなることすら有る」


 そう言うと雨子様は僕のことを真剣に、切なさそうな目で見つめた。


「じゃがそうしてしもうたら、そなたを愛しいと思うこの思い、一瞬一瞬が煌めくようなこの思いを失うてしまいそうで…。嫌じゃ、それだけは絶対に嫌じゃ。手放したくは無いのじゃ」


 そんなことを言いながら身悶えして百面相をしている雨子様のことを見ていると、なんだか妙に可笑しくなって吹き出してしまった。


「ぷふぅ!」


 それを目にした雨子様、怒る怒る!


「我が斯様に困っておるのにそなたときたら…、いきなり目の前で笑い出しおって。そこに直れ!」


 そう言うと雨子様は僕の頭をポカポカと殴り始めた。

勿論本気じゃ無いからそんなに痛い訳では無いのだけれども、あの場面で笑ったのはさすがに悪かったと思ったので、頭を抱えたままそのまま叩かれるに任すことにした。


 暫くそうやって居たところ、さすがに叩き疲れたのか、はぁはぁ言いながら手を止めた雨子様。


 もう終わりかなと、恐る恐る頭を庇っていた手を外し、そっと雨子様のことを見上げる。すると雨子様、ちょっと心配そうな顔。


「だ、大丈夫かや?痛かったかや?」


 あんまり罪悪感を持って貰うのも嫌だったので勤めて軽く言う。


「大丈夫です、そんなには痛くなかったから大丈夫です」


 僕がそう言うと雨子様はほっとした顔をしながら言う。


「むぅ、な?斯様なことでも本当に一喜一憂してしまうのよ…。困ったものじゃ…」


 でもそんな雨子様、もの凄く可愛いんですけど?そう思ったのだけれども、さすがに今回はその言葉が口から出ることは無かった。

やぶ蛇というか何と言うか、もうこれ以上叩かれたくは無かったからね。





神様にとって人の身というのはなかなかに大変なようでありますね

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