雨子様と肩揉み
人の形はしているけれども、まだまだ何処か人離れしている雨子様。そりゃあ色々有るよなあ
※雨子様の年齢についての齟齬の調整のため改変しました
賑々しくブランチを終えた僕と雨子様が寛いでいると、父が起きてきた。見ると目に隈ができている。
「父さんどうしたのそれ?」
驚いて僕が問うと父は食卓の椅子に座りながら、訳が分からないという顔で問い返してきた。
「?」
「いや、目の周りの隈だよ」
「ああこれか、若い奴がポカやってくれてな、その手直しに掛かりっきりになっていたからな。いい加減俺くらいの年齢になってくると、そろそろ目に負担が掛かり出すんだよ」
「それにしたって…」
ちょっと見たことがないくらい鋭く切れ込んだようになっている隈だった。
「眼精疲労って言う奴だな。俺も眼鏡を考えないとまずいかなあ?」
言葉尻をぶつぶつと濁しながら、タブレットでなにやら読もうとし始める父、だが速攻で母に取り上げられていた。
「あなた、目が疲れているというのにまたこんな物に目を通してどうするんです?今暫くはこういうのは禁止よ!」
「え?禁止?え?」
とは父。せっかくの休みの日に好きな動画も見れないというのもどうなんだろうとは思うが、かと言ってあの隈の目で更に酷使するのはまずいよなあ。
そんな家族のやりとりを見ていた雨子様がにこにこしながら父の後ろに回った、
「父御よ、そうやって家族を支えるのは本当に大変じゃの」
突然の神様の労いの言葉に妙に慌てる父。
「いや、まあ、これくらいは普通のことで。雨子様にわざわざ労って頂くほどのことは…」
「しかしの…」
思った通り雨子様の労いは言葉だけに留まらなかった。まさか昨日言っていたあれをやるつもりなのかな?
「こうやって養ってもらって居るのじゃから、我も家族も同然となる訳なのじゃからしてその恩義には報いんとな」
「恩義?報いるって何それ?」
その先を想像できていない父は泡を食いながら椅子から立ち上がろうとする。普段あまり慌てるところを見せない父なだけに、端で見ている者には何ともコミカルに見える。
立ち上がりかけた父の肩に手を添えると再度椅子に座らせる雨子様。
「な、何が始まるんだ?」
と、父は僕の方を向いて問いかけてくる。僕は笑いをこらえながらその問いに答えた。
「そんなに慌てなくてもすぐに分かるよ」
不安そうな父の表情とは打って変わって、雨子様は実に穏やかな顔つきだ。
椅子に座った父の肩にそっと手を添えると、力強く、でもとても丁寧にその部分を揉み始めた。
「うぉ?」
「うぉってなによ?」
その場の流れを見ていた母が吹き出す。
「お、俺は一体何をされているんだ?神様に?」
「何って、ただ肩を揉んで下さっているのよ?」
「肩って何だ?」
「肩は肩よ」
父のきょどり方が想像通りだったので笑いを抑えるのにとても苦労してしまった。
「か、肩揉みなのか?」
「だからそう言っているじゃないの?」
「となるとだな、やっぱりお駄賃を払わないといけないのかな?」
「?」
「?」
「?」
父の言葉に三者三様の疑問符が、多分浮かんだに違いない。
「祐二よ肩を揉むことはともかくとして、お駄賃とは何のことなのじゃ?」
雨子様がなおも肩を揉みながら不思議そうな顔をしている。
だがこの時点で母も僕も何のことだかすっかりと理解していた。
僕が未だ小さかった頃のことなのだけれども、父や母の肩を揉む度に少しだけれども小遣いを貰っていたことがあったのだ。
きっと父は不意に肩を揉まれてその時のことを思い出していたのだろう。しかし何なんだ?神様に肩を揉まれてお駄賃て!
「雨子様、父は雨子様が肩を揉んで下さったことに感動してお小遣いをくれるんだそうですよ?この際ですから一杯強請ってみたらいかがです?」
「一杯強請るっておまっ!」
父の額を一筋の汗が流れる。
「小遣いとな?してどれくらい強請るのが良いのかえ?」
神様である雨子様、故に小遣いを貰う機会なんて多分無かったのだろう。
「そうですねえ、僕の頃なら年齢かける十円くらいだったかなあ?」
当時のことを思い出しながら僕はそう説明した。
「なるほど、となると我が生を受けてからそなたらの時間にして約十万年ほどになるかの?かける十となると百万円ほど強請れば良いのかえ?」
「ぶほっ!」
盛大に吹き出す父、目をまん丸にする母、口をあんぐり開ける僕。
「「「無理!」」」
親子そろってこれほど息が合ったのは久しぶりのような気がした。その後はもう爆笑の渦だったのだが、雨子様一人が怪訝な顔をしている。
「もしや少なかったのかえ?」
いや、その天丼は危険だって!危うく僕たち親子は腹筋に損傷を被るところだった。
「あ、でも雨子様以前伺った時には、雨子様達が地球に来られたのは百万年位前と言って居られませんでした?」
雨子様は少し目を見開いて答えを返してきた。
「なんと祐二よ、よう憶えて居ったものよの。確かに我ら一族がこの地球に来たのは百万年ほど前じゃ。じゃがその当時の我らは人と係わって行くには些か小回りが利かんでの」
「小回り?」
「うむ」
「その頃の我らはただの一体の存在だったのじゃ」
「?」
「以前説明したように我らは肉の身体を捨てた時に融合し、それぞれの有り様の差に基づいていくつかの集団知としての存在に変容した、そのことは覚えて居るの?」
説明をし続ける雨子様の言葉を家族全員が真剣になって聞いている。
「ええ、その説明は覚えていますよ」
「その集合知の内の一つがかつて地球に来たわけなんじゃが、そこで我らは人の遠い祖先と出会い、彼らの心の願い、今で言ってみれば祈りじゃな。その祈りを通じて精を得られる可能性を見いだした」
そこで雨子様はそっとお茶で口を湿した。気を利かせた母が知らぬ間にお茶を淹れてくれていたのだった。
「我らは、その可能性に欣喜雀躍し、更にその可能性を広げるべく人に色々な干渉を施していった。言ってみればより願いを持ちうるような心を持てるようにしていったということじゃな」
「それって丸で人に知恵を授けたという宗教上の話と似ていますね」
とは父。
「まさにその通りじゃの。より多くの願いをするという事はそれだけ未来を思うと言うことで有り、それは則ちより高度な知性を獲得すると言う事でもあるからの」
「なるほど」
「もしかすると人はその過程のことを潜在意識の何処かで覚えて居ったのかもしれん。そしてそうであるが故に何時しか一つのお伽噺として顕現させた」
極々普通のそこいらにいくらでもあるような家庭のリビングで、なんとも気の遠くなるような話が展開されている。雨子様は更に一口茶を啜ると言葉を継いだ。
「我らがそうやって人と係わる内に、そなたらはやがて我らの望む形で精を与えてくれる存在へとなっていった。じゃがその頃の我らはそれを利用するには余りに小回りが利かなすぎたのじゃ。故に我らは己が存在を多くの存在へと分けた、それが丁度十万年位前のこと。我が生まれた瞬間となる」
「つまりそれが百万円の根拠となる訳なのですね?」
とは母。久遠の存在の話を聞いて遠い目をしていた父が一気に現実に引き戻される。
「母さん…」
実に情けなさそうな台詞を吐く父。これは聞かなかったことにしよう。
「くっくっくっく…」
突然笑い始める雨子様。
「雨子様?」
「いやなんじゃその祐二よ…我はそなたらが何を笑っていたのかと言う事が今をして理解出来たようでの…」
そこをまで言うと雨子様は、身体を折り曲げるようにして一人コロコロと笑い転げていた。どうやら雨子様という神様の元にもう一人の神様、笑いの神様がようやく訪れたのかも知れない。
そんな笑い転げる雨子様のことを優しい目で見守っている母。
「ねえ祐二」
「?」
「今度雨子様を買い物に連れて行って上げましょうか」
神様故、今まで自身で直接お金を使う機会が無かったであろう事を考えると、母の提案はとても良い考えかも知れない。
「いいね、でも買い物かぁ」
はてさてどんな珍道中になるんだろう?
書いていて思った、執筆で凝りに凝ったこの肩を揉んでもらえる物なら揉んでもらいたいなあ。小遣い?それは無しの方向で…




