皆でご飯
本日は?本日も?ちょこっと短めです
さて、家に帰り着いたら、もしかすると神様よりも怖い人の叱責が待っていた。
「こんなに遅くまでどこに行っていたの?」
と言って目を釣り上げていたのは誰有ろう母さんだった。
「しかもいつの間にか姿が見えないと思っていたら雨子ちゃんまで…」
ああ、これは拙い、母さん本当に怒っている。
母さんが怒ることは滅多に無い事なのだ。それでも怒ることがあるのだけれども、大体においてそれは人のためと言うことがほとんどだ。
「いくら神様だとは言っても女の子は女の子、こんな遅い時間に一人で出かけていってどうするの?」
あの雨子様が本気で怒る母さんの前ではたじたじだ。
「あの…節子?」
何とか言い分けようとする雨子様なのだけれども、雨子様、それは今の母さんには愚策だと思うよ?
「言い訳は不要です。そこにお座りなさい」
母さんのその言葉の迫力に負けて、玄関上がって直ぐのところで思わず正座してしまう雨子様。うっかりそれを他人事のように見て居てしまったところへ雷が落ちた。
「祐ちゃん!何を人ごとみたいにしているの?大体あなたの帰りが遅いから、雨子ちゃんが心配して出ていったのじゃない?何故遅くなるのなら遅くなると一言連絡しないの?」
母さんの言うことはもっともだった。僕さえしっかりと報告していれば、例えその目的が何でどこに行くという細かい話をしていなかったとしても、こういう事態を引き起こすことは無かっただろう。
僕はすごすごと雨子様の隣に正座すると頭を垂れた。
「ごめんなさい、きちんと一度連絡を入れるべきでした。そしてそれは雨子さんにも言えることでした。ごめんなさい」
そう言うと僕は母さんと雨子様のそれぞれに頭を下げた。
すると母さん曰く。
「あらもう謝っちゃうの?折角久々にあなたのことを叱れると思っていたのにぃ…」
って、何その台詞?ドン引きなんですけれども?
横を見ると雨子様もまた同様に驚いてあんぐりと口を開けている。
そんな雨子様ににっこり笑みを送ると母さんは更に言葉を続けた。
「雨子ちゃん、家の祐二は昔から聞き分けの良い子みたいで、余り手が掛からない子だったのね。だから本気で叱ったことなんか数えるくらいしか無いかしら?でもね、親が子供のことを本気で叱れるのって、今くらいまでで、大人になっちゃったらもうそんなに叱れないじゃ無い?だから…ちゃんと叱れる内に叱ろうと思っていたの。それと、雨子ちゃんを叱ったのは、決してそのとばっちりなんかじゃ無いのよ?あなたはあなたで私の大切な存在なの。だから叱るの…」
そう言うと母さんは僕と雨子様の間にすとんとしゃがみ込み、二人の肩を抱きしめながら言う。
「あなた達二人は、私の命よりも大切な存在なの…。憶えて置いてね?」
母さんは時々こうやって何も着飾らずに自分の本気の言葉を子供にぶつけてくる。
そこには嘘も無ければ妥協も無い、自身の心からの言葉を偽らずに真剣にあるがまま伝えてくる。
そんな言葉、こちらの心に響か無い訳がない。当たり前にこらって怒られるよりも遙かに胸の奥深くに届くのである。だから母さん、もしあなたに叱られることが少ないとしたら、それは貴女のお陰なんですよ。そう僕は心の中で呟いた。
そんなことを考えながらふと隣を見ると、束の間ぽかんとしていた雨子様だったのだが、やがて徐々に目を潤ませ、その内滂沱の有様。う~ん、最近の雨子様少し涙腺が脆すぎ?でも何となく分からないでも無いかな?
神様同士のお付き合いって、人間で有る僕の目から見ているとどちらかって言うとドライなところが多く見受けられるじゃ無い?引き換え僕ら人間ときたら、ちゃんと心を動かして居たら、そりゃあもうウエットも良いところだもの。
まだそれほど人の心の機微に慣れていない雨子様とすれば、こう言う甘々べたべたの人の心に触れていると、きっと想像以上に感化もされるのだと思う。まあそれもいずれもう少し馴染めば普通になっていくのだろうけどね?
「節子…」
そう言いながら母さんにしがみ付いている雨子様を尻目に、僕はそっと母さんの耳に囁く。
「ごめん、先にお風呂頂くね?」
すると母さんは雨子様の頭をよしよしと撫でながら、目と顎であっち行けと合図してくる。
此所はもう雨子様と母さんの二人にしておくのが良いだろう。
そう思った僕は出来るだけ音をさせないようにその場を去り、風呂場へと向かうのだった。
既にお腹が空きすぎて、信じられないほど大きな音で抗議の声を上げているのだけれど、こればっかりは暫し我慢するしか無い。
やっぱり出来たら雨子様と一緒に食卓を囲みたいじゃ無い?
そんな事を思いながらそそくさと風呂に入り、心と体をリフレッシュさせた後、ダイニングでのんびり座って麦茶を飲んでいると、俯き加減になった雨子様が入ってきた。
余りじっと見るのはいくら何でもなので、軽く視線を走らせるくらいにしてみたのだが、それでも雨子様に感づかれる。
僕の視線に気が付いた雨子様は少し顔を上げつつ、にへらっと照れ臭そうに笑って見せた。
その横を母さんが通り抜けていってキッチンへと駆け込む。僕達二人の晩ご飯を用意してくれるのだ。
こんなに遅くなってしまって申し訳ないと思うのだが、甘んじて母さんの好意に甘える物とする。元より僕の手際では、手伝おうとしても邪魔になるばかりなのだ。
だが雨子様は、気が付くと急ぎ母さんのところへ駆けつけて行った。
「手伝うのじゃ」
「あらそう?ありがとう…」
そう言う母さんはなんだかとても嬉しそうだった。
二人でいそいそと料理をしたり、既に出来上がっていた物を温めたりしていること約数分、さすがに手慣れた物であっと言う間に食卓に料理が並んだ。
そしてその数三人分。
「あれ?母さんも食べていなかったの?」
僕がそう言うと母さんが口をへの字に曲げた。
「当たり前でしょう?ご飯なんて一人で食べてもちっとも美味しくないもの」
そう言う母さんの横で、雨子様がなんだか妙に激しく頭を振っている。
「我はこの家に来るまでそう言う感覚を全く知らなんだのじゃが、一度知ってしまうともう、後戻りをするのは無理じゃの。寂しいのは嫌じゃ」
そう言うとなんとも幸せそうな目つきで僕と母さんのことを見るのだった。
僕はそんな雨子様のことを見ながら、改めて共に生きていこうという思いを固めていくのだった。
この日の夕食の献立は何だったのだろうなあ?




