笑う門には福来たり
ちと遅くなりました、本日分をお届け致します
無事爺様との打合せを終わってほっとした僕達は、早速暇を告げて家の方へと戻ることにした。
ただ、アーマニとティーマニが今は少し別件で動いているので、帰途に使う門を作動させるのに今少し待てと言われた。なので仕方無く皆のんびり座って例の飲み物の頂いている。
何とも爽やかな飲み心地のその飲み物は、皆のお気に入りのものになっていたのだが、和香様からそれを飲んでいると暫くは病知らずと言われて、目を剥いたのはここだけの話。
こうやってのんびりしている時間を使って、僕は今日有ったことを思い返している。
一つ安心したのは、皆が僕達の考えていることを、とても肯定的に見ていてくれたことかな?
まあ僕の知っている人たちに限って、僕がいずれ不老不死の存在になると言うことを僻んだり妬んだりすることが無いだろうとは思って居たのだけれども、そう思っていると言うこととそれを現実の答えとして知ると言うことは全く意味が異なっている。
実際雨子様の色々な思いを聞いていると、定命の者達の間で永遠に近い命を以て生きると言うことの大変さ、並々ならぬ物で有ると言うことが良く分かる。
だが必ずしも皆が皆そのことを理解出来る訳では無く、時に人は自分に無いものを誰かが持つことを異常なまでに羨んだりするものだった。
ただ七瀨の言葉を聞いていると、人間の思いはそんなものばかりじゃ無いと言うことも良く分かった。
七瀨がべそをかき始めた時、当初彼女が何を言っているのか良く分からなかった。
しかしその後の彼女の話を聞き、よくよく考えてみると、彼女は僕が自分の理解出来ない存在に変化してしまうのだと勘違いしてしまったらしい。
この辺りのことは、七瀨のことを心配して寄り添いに行った雨子様から後に聞いた話なのだが、雨子様曰く、あゆみに対して我のことが理解出来ないのか?だとすると嫌いになるのかと聞いたのだそうだ。
そのことを聞いた七瀨は一瞬きょとんとして、何で自分が雨子様のことを嫌いにならなくては成らないのかと言ったそうなのだが、その時点でどうやら自分の不安が謂われの無いものであると気がついたようだった。
と、和香様が僕のことをじっと見つめていることに気がついた
「どうかしました、和香様?」
すると和香様は穏やかな笑みを浮かべながら話し始めた。
「祐二君、自分ほんまに爺様に気に入られたんやなあ」
「これだけのことをして下さってくれるのですから、そうかなとは思っては居ました」
「考えてもみてみ、うちらでも頭の上がらん様な爺様が。君だけの為にここまで労を執ってくれるやなんて、普通やったら考えられへんことやねんで」
本来であれば和香様や雨子様も雲の上の方々なのだ、その方々をしてそう言わしめる爺様という存在がどれだけのものか想像出来ようかというものだった。
実際その話を横で聞いていた成人メンバー達は皆顔を強ばらせていた。
「肝に銘じておくようにします」
僕がそう返事をしていると、周りの者達もうんうんと頷いているのだった。
と、そこへアーマニとティーマニが現れた。どうやら彼らに命じられていた仕事とやらが終わったようだった。
「お仕事終わったぁ」
「仕事終わり~」
「でもまたお仕事?」
「そうお仕事」
「「頑張るぅ」」
そう言うと彼らは再び互いの周りを回りあい、ドーナツ状の光りの門を生成していった。
目の前で徐々に大きくなって行く輪っかが、人が通り抜けるのに十分になったところで、今一度爺様に挨拶しておこうと思って見回したのだが、姿が見えない。
仕方なしに再度の挨拶は無しに家に向かっての一歩を踏み出すことになった。
三々五々互いに徒然なるままに会話をしながら門をくぐり、皆が通過したことを雨子様が確認し終えると、すうっと光りの門はかき消えていった。
「さほどの大事にならず良かったの」
とは雨子様の言葉。でも雨子様はそう言うけれども実際皆に取ってみたらどうなんだろう?
目の前で巨大な山脈が生まれたり川が出来たりするのを見てしまうと、なんだか大作映画の一本も見て来たような気分になっているのは僕だけなんだろうか?
我が家に戻ることで緊張の糸が途切れたのか、神様方以外のものは皆少し伸びている。全く以てお疲れ様な事だった。
此処で母さんが声を上げる。
「祐二の為に来て下さった方々を労うのに、お寿司でも取ろうかと思うのですけど良いかしら?」
すると父さんが真っ先にそれに賛成した。
「良い案だね、今更出掛けて行って外で食べるというのもなんだか疲れちゃうしね」
そんな両親の会話を聞いていた七瀨が僕のことを見る。きっと自分まで良いのかって気にしているのだろうけれども、迷惑を掛けたという意味なら七瀨だってその一人なのだ。僕は笑みを浮かべながら頷いて見せた。
「和香様にはちゃんと唐揚げを作る準備をしてありますからね?」
母さんは神様方が未だ唐揚げの魔力から抜け出せないで居るのを、ちゃんと覚えているのだった。
さすがにこれには和香様も恐縮していた。
「わわわ、なんぼなんでもうちだけの為にそこまでして貰わんでもええのに、申し訳なさ過ぎるわ」
だがそうやって遠慮しつつも顔には満面の笑みが貼り付けられている。
「和香、涎がこぼれて居るぞ」
横から雨子様にそう言われて、思わず手の甲で口を擦る和香様。
そして擦ってしまってから雨子様に揶揄かわれたと知り、目を釣り上げながら雨子様の脇腹を目指す和香様。
何と言うか皆もう見て見ぬ振りをしている。神様同士のじゃれ合い等見たくとも見れない、且つ畏れ多すぎる?と言うのが恐らく皆の意見なんだと思う。
そうやって和香様と雨子様がわいわいとやっていると、傍らから声が上がる。
「全く騒々しい連中じゃの?」
この場に居る誰のものでも無い声色に驚いて振り向くと…。
「げっ!爺様!」
さすがにこの台詞を言えるのは和香様だけだった。
「和香、げっとはなんじゃげっとは?」
しかし和香様のそう言う気持ちも良く分かる。皆揃って遠い目をしている。
「多くの神共が夢中になって居る、奥方の唐揚げという言葉が聞こえてきたもんじゃからな、来てしもうた…」
「来てしもうたとは…」
そう言いつつあんぐり口を開けている雨子様。
その傍らで母さんがなんだかスイッチが切れてしまったみたいにぷっつんしている。
その様を見て心配している七瀨が付き添い必死になって話しかけている。
「おば様?おば様?」
幸いそうやって呼びかけて貰っているうちに母さんの目の焦点が合い始めてきた。
「あなた、鶏肉追加…」
父さんにぼそぼそと話しかけている。どうやら手持ちの鶏肉では不足だと考えたらしい。
「父さん、僕が買いに行ってくるよ?」
慌てて僕がそう言うと、父さんは凄い勢いで頭を横に振ってきた。
「ぶるるるる、もう無理、頼む買いに行かせてくれ!」
なんだか悲壮な顔をしながら僕のことを拝む父さん。その父さんの心中が何となく察せられた僕は黙って頷いて見せた。
すると父さんは財布をひっつかむなり風のように玄関から飛び出していった。
その後ろ姿を同情するように見つめる和香様と雨子様。
「「爺様…」」
異口同音にそう言う和香様と雨子様。
二柱のこの言葉を聞いて初めて、何かやらかしてしまったのかなと、うっすら気がつき始める爺様。
「あのう、何じゃ、その…」
そんな爺様のことを見ていた母さんがふうっと溜息をつくと、暫し目を瞑り、そして口を開いた。
「お爺様、こう言う席で御座います。皆が緊張して楽しめないのはいかがなものかと思いますので、この先お爺様も家族扱いさせて頂きます。和香様や他の神様がいらっしゃった時もそうさせて頂いております。それで宜しければ肩の力を抜いて楽しんでいって下さいませ」
神様中の神様を家族扱い?ちょっと度肝を抜かれる発言だったが、和香様も雨子様も嬉しそうに頷いておられる。
そんな皆の様子を暫し見ていた爺様は、やがて一言言う。
「うむ、それも良し」
もちろんそう言ったからと言って皆が皆簡単に打ち解けていける訳でも無いのだが、葉子ねえに美代を抱っこさせて貰って相好を崩す爺様の姿を見てからは、皆徐々に爺様に馴染んでいくようだった。
暫く経って鶏肉を買って戻ってきた父さんが見たのは、美代を抱きしめてご満悦になっている爺様の姿。
「おい祐二、あれは一体?」
だが僕に今見えている以上に何が説明出来るだろう?
「見た通りだよ、爺様、美代のことが気に入ってしまってずっと抱っこしているんだ。おまけに美代は美代で、爺様の髭を引っ張れるのが嬉しいのか、ずっとああやっている」
そう言って見ている間にも、美代は爺様の髭をぐいぐいと引っ張りまくっている。
そのお陰で爺様の顔はもう百面相状態。
最初の内は皆遠慮して笑うことを我慢していたのだが、そんな我慢は余り長く続くものじゃあ無い。
そのうち誰言う無くくすりと笑いを漏らしてからはもう止まらなくなってしまった。
当然笑いという物は強烈な伝染性を持っている物だ。
「くぉほほほほほほほ!」
何時しか爺様まで何が何やらで大笑いをしているのだった。
うん、笑う門には福来たり、正にそれかも知れない、僕はそう独り言ちした。
笑うというのは本当に大事なことだと思います^^




