新学期
お話の中の時間は、少しずつでは有りますが、先へ先へと進んでいきます
色々と盛りだくさんだった春休みも終わり、僕達は当たり前に進級して二年生になっていた。
うちの高校は一年から二年へはそのまま持ち上がり、三年になる時は進路先によってそれぞれの専門クラスへ別れるようになっている。
だから今回の進級ではクラスのメンバーは一年の時のまま、ある意味お気楽な春休み明けとなっている。
久方ぶりに訪れた教室には、級友達が三々五々と、互いの今を尋ね合っていた。
そんな中に僕と雨子様の二人が入っていく。僕はともかく雨子様は以前からクラスの中心的人物になっていたから、皆が寄り集って色々なことを話しかける。
「おっはぁ~雨ちゃん元気だったぁ?」
その問いかけに実に嬉しそうに笑みを浮かべる雨子様。
「うむ、元気であったぞ、そなたは息災であったかや?」
その返答を聞いてぷっと吹き出してしまうやりとりの相手。
「雨子ちゃんのその喋り言葉は相変わらずだね?聞き慣れてくるとちょっと格好良いかも?」
「馬鹿野郎、雨子ちゃんの場合はその喋り方が至上なんだよ。俺なんざもう踏んづけてって…」
「うぉら重本、お前はあっち行け!」
傍らに居た男子に跳び蹴りを受けて派手にぶっ飛んでいく重本。勿論当てた方も当てられた方もちゃんと加減をしてのお遊びなのだが、賑やかなことこの上も無い。
実のところ最初の頃はこの喋り方のせいで、クラスの中に上手く溶け込めているとは言い難かった雨子様なのだが、例のテスト勉強会を開催してからはその人気はうなぎ登り。
今ではすっかりクラスの一員として無くてはならない存在になっているようだった。
だからこう言ったやりとりの中に混じっていても、安心してみていられる。
だがそうは言っても、男子達の少し手荒いお遊びとも成ると少し話は違ってくる。
先ほどの重本を始めとした数人がじゃれ合っているのだが、ふとした拍子にその内の一人がよろめいて、後ろ向きに雨子様のところにぶち当たりそうになった。
とっさに僕が間に入ってそいつの体重を受け止めてやる。いや多分なんだけれども、あのまま放って置いたところで雨子様のこと、軽く往なしてしまうのだろうけれども、まあそれでもね?
「おおっ!すまんな祐二」
当の本人はとても申し訳なさそうにそう謝ってくれる。
だが僕達男子の間ではそれで収まったものの、周りに居た女子数人にとってそうは簡単にいかなかった。
「良い加減にしなさいよ!」
「そうよ男子、雨子ちゃんが怪我するところだったじゃ無い!」
「本当に乱暴なんだから!」
そうやって侃々諤々の猛攻撃である。最初の内こそ申し訳なさそうに頭を下げつつ聞いていた男子達なのであるが、少しばかり女子達は言い過ぎてしまったらしい。
「うるさい、なんで何の関係も無いお前らにそこまで言われ無くっちゃならないんだよ?」
「そうだそうだ、出しゃばりすぎなんだよ!」
「なんですって?」
「大体男子達は…」
もう一触即発になってしまった。さすがにこのまま放っておく訳には行かないと思い、口を挟もうとしたその時に雨子様が口を開いた。
「ええ加減にせぬかそなたら?女子達は我のことを慮ってくれたこと礼を言う。それから男子達よ、既に謝罪の言葉は受け取って居る。じゃが騒ぐなら外でやるのが良かろう?余り室内でどたばたするでない」
雨子様の凜とした声でそう諫められた者達は、切っ掛けになった当の本人からの言葉と言うことで、渋々では有るが聞く気になったようだった。
互いに謝罪の言葉を述べ合うや、後は穏やかに会話に入っていった。
「しかし雨子ちゃん、祐二のカバー間髪入れずだったね?」
女子の一人がそう言うと、雨子様は相好を崩した。
「うむ祐二は、我のことを常に気遣うてくれておるからの」
そう言う雨子様が余りに嬉しそうに言うので早速突っ込みが入る。
「常にって雨ちゃん、恋人でもあるまいしw」
そう、それ自体は当たり前の会話の中に有る、当たり前の言葉であった。
だが当の本人にとってはそうでは無かったらしい、矢庭に真っ赤に下を向いてしまう雨子様。
「れ?何その反応?」
「雨子ちゃん何赤くなってるの?」
たちまち女子達が大騒ぎである。
急ぎ僕の側にやって来た七瀬が耳打ちする、
「駄目じゃ無いああなる前に何とかしないと?雨子さんああ言う事柄に抵抗力無いんだからね?」
そう七瀬は言ってくれるのだが、もう後の祭りとなっている。
女子達が雨子様の周りに群れ集まっているうちに、こちらはこちらで幾人もの男子達が僕の周りにやって来た。
「さて祐二君、何か言い述べることは無いかね?」
「我々は君が一体どう言い分けるのか非常に興味を持っているんだが?」
そうやって言葉にしてくるやつはまだ良い、問題はその周りに居て無言の圧力を掛けてくる連中だった。
どう対応するべきか?ちらりと雨子様の方を見ると、駄目だこりゃ、彼女自身もパニクっていて僕の方へ救いを求める視線を送ってきている。
こうなってしまってはもう腹をくくらないと仕方が無いのかな?
そんなことを考えて居るうちに、先生がやって来て騒ぎの面々は散会することとなった。
女性達の猛烈な追及を受けて、赤くなったり青くなったりを繰り返していた雨子様は、僕の隣の席に座ると、机の上で手を滑らせながらずるずると突っ伏していた。
そしてその格好のまま顔をこちら向けると、眉をへの字にさせながら怯えたように言う。
「さすがにあやつらの勢いは、我を持ってしても怖いのじゃ…、何故に助けてくれぬ?」
いや雨子様?雨子様だって僕がどうなっていたかは見ていたのじゃ無いの?僕もまたクラスの男子達に取り囲まれて大変だったのだよ?
でもそう言おうと思いはしたのだけれども、その言葉を口にすることは無かった。
何故にというと雨子様の表情に、とてもとてもいたずらっぽそうな笑みが浮かんだからに他ならない。
僕は小声で言う。
「もしかして僕のこと揶揄った?」
すると雨子様はちょっぴり舌を出すと嬉しそうに言う。
「すまぬ、ほんの少しだけの」
僕は大きく息を吐いた。
「それで雨子様はこの後どうしたいの?」
そう言う僕に雨子様はほんの少しだけ口を尖らす。
「しかし少し怖かったのは本当なのじゃぞ?」
そんな雨子様の表情に苦笑しながら僕は言う。
「それは分かったのだけれども、実際どうしたいの?」
そう言う僕の耳元にそっと口元を寄せると雨子様は言った。
「何と言うのかの、こうやって大切に思うてくれる者達に、ただ黙ったままで居るというのは何だか申し訳のうての。それにの…」
そう言うと雨子様は少しはにかみながら言った。
「我と祐二のこと、適うなら皆にもちゃんと認めて欲しいと思うのじゃが、駄目かの?」
お終いの部分、そう言う目で僕のことを見てくるのは少しずるいのじゃ無い?そんな事を思わないでも無かったが、雨子様の気持ちも分からないでは無い。
「分かった、それじゃあこの時間のあと二人で皆に報告しましょうか?」
僕がそう言うと雨子様は本当に嬉しそうに微笑んだ。
そして空き時間になって直ぐに僕達は二人並び立ち、皆の前で二人が付き合い始めていることを報告したのだった。
僕の言葉が終わるや否や、押し寄せるおめでとうの言葉と、怨嗟の言葉。
前者は主に女子達から、七瀬が筆頭になって言ってくれたお陰で、七瀬自身の思いのことを心配していたような者達も、安心しておめでとうを言ってくれていたようだ。
そして後者は主に男子達から。
僕が言うのも何なのだけれども、才色兼備で心優しく、唯一の欠点?である古びた喋り口調すらもチャームポイントになっている。そんな雨子様に思いを寄せようとしている男子の数は、僕の想像以上に多かったようだった。
まあでも結局彼らも最終的にはおめでとうの言葉を盛大に言ってくれた。
言ってはくれたのだけれども、言いながら僕の肩や背中を思いっきり叩くのは止めてくれる?
お陰で全ての男子達の祝福を受け終えた頃には、僕の肩と背中は真っ赤に腫れ上がってしまったのだった。
遅くなりました(^^ゞ




