「咲花様来臨」
咲花様も徐々にでは有りますが、人と馴染むことを楽しまれるようになって行かれていますね
さて、時は一週間も経った頃だろうか?既に夕刻を迎え、闇の帳が降りようかという頃に吉村家のチャイムが鳴った。
「はぁ~い、少々お待ちを」
何とも間延びした調子で玄関に向かったのは祐二だった。
そしてドアスコープの存在をしっかりと無視して、なにげにそのまま扉を開け、固まってしまった祐二だった。
そこに居たのは何とも艶やかな和服姿の咲花様なのだった。
「さ、咲花様?」
上ずった声で祐二が言うと、にっこり花を散らすような笑みで返事を返す咲花様。
「うむ咲花じゃ、久しぶりじゃの祐二」
その笑みの魅力にすっかり取り込まれてしまいぼうっとしていた祐二は、はっと我に返って言葉を作る。
「ようこそおいで下さいました、どうぞお上がり下さい」
そう言うと咲花様をリビングへと案内し、ダイニングで節子と料理に勤しんでいる雨子様に来訪を伝える。
「おお、来たかや」
雨子様はエプロンで急ぎ手を拭きながらリビングへとやって来た。
「良く来てくれたの、咲花。遠方よりわざわざの足労、感謝する」
その咲花様だが、普段見慣れぬ雨子様の姿に目を丸くしながら、口元に手を押し当てている。
「あらまあ、雨子はその様な格好もするのじゃな?」
ほんの僅かだがしょげた風に見える雨子様が言う。
「似合わぬか?」
すると咲花様は袂を口元にそっと掲げながら、ころころと笑って見せた。
「何を言うて居る、よう似合うておるぞ。ただ私の見知った雨子で無いが故、目新しいのじゃ」
そこへ一段落付いたのか節子もまた姿を現した。
「これは咲花様、ようこそおいで下さいました。大したおもてなしも出来ませんが、今日はのんびりしていって下さいませ」
そう言いながら歓迎の意を示す節子。
その節子の許へ、とととと歩み寄り、手を取る咲花様。
「今日は世話になるの、付いてはそなたの茶を所望する」
突然の咲花様の言葉に、一体何のことと驚きを露わにする節子。
「何、雨子が…」
そう言うと咲花様は雨子様の方を指し示した。
「そなたの入れる茶は美味い、天下一品よと、いつも私に自慢するのですよ。こうやって此処に参った以上はそれを頂かずには帰れませぬ」
そう咲花様の言葉を聞いた節子は、咲花様と雨子様の間に視線を行き来させながら、苦笑していた。
ともあれそうまで言われてお茶をお出ししない訳にはいかない。いや、客としてこられた以上言われなくとも出すのであるが、期待されたからにはいつも以上に美味しいお茶をお出しせねばと、意気込む節子なのだった。
「ともあれそろそろ座るのじゃ咲花」
ずいと節子に迫る咲花様の姿に思わず笑みを漏らしていた雨子様は、ソファーへ腰掛けることを勧めるのだった。
雨子様にそう勧められた咲花様は、少し名残惜しげに節子の手を離すとそっとソファーに腰を掛けた。
節子はと言うと早速美味しいお茶を供すべく、張り切ってその場を離れていった。
「して雨子よ、この度のことなのじゃが…」
「うむ、かつてそなたに貰うた櫻…今は櫻爺と呼んで居るがの、そやつのたっての願いじゃ」
そう言う雨子様の言葉に咲花様は顔を曇らせた。
「雨子にあの苗を上げたこと、つい先達てのようにも思うのじゃが、もうその様に時が流れて居ったのか…」
「今更の事ながら切なきことよの」
そうしんみりと言う雨子様に静かに頷く咲花様。
「私達が経ていく時の流れを思えば仕方の無きことかも知れぬが、寂しきことよの…」
そうやって二人でしんみりとしていると、節子が茶の用意をして静かに戻ってきた。
「お待たせ致しました」
そう言うと節子は、茶葉に見合った温度の湯を急須に注ぎ、葉が蒸れて広がり味の染み出すタイミングを計った。
そしてその今を心に期すると二客の茶器に最後の一滴まで綺麗に注ぎきり、二柱の前にしずしずと置いた。
早速その茶器を掲げ、香りを楽しみ、啜り、舌の上で転がした咲花様は言う。
「うむ、雨子の言う通りじゃの。この茶葉の旨味を全て出し切って居る。結構な点前じゃ」
自らは未だ口を付けず、咲花様の飲み干す様を見守っていた雨子様は、にっこりと微笑みながら言う。
「であろ?節子の淹れる茶は本当に美味いのじゃ」
そう言う雨子様の言い様を聞いていた咲花様は、更なる茶を供しようとしていた節子に、ちょいちょいと手招きをする。
何事かと咲花様の所に節子が寄ると、懐から小さな蓋付きの壺を出してきて、ひょいと気軽に手渡された。
「これは土産として持参した茶葉じゃ」
そう言う咲花の言葉に息を飲む雨子様。
「咲花、もしやそれは不二の茶か?」
「そうじゃ」
そう言いながら満面の笑みを浮かべる咲花様。
「これなるは、私が自ら育てた茶の木から、摘み拵えた物じゃ。楽しんで貰えたなら幸いぞ」
そう言うところころと笑う咲花様。その様を見ながら祐二や節子に向かって雨子様が説明をする。
「この茶はかつて仙薬とも称された、不二の茶葉じゃ。あらゆる病魔を遠ざけ、寿命を健やかに延ばす物とされる。心して大切に飲むのじゃ」
雨子様の説明を聞き、これは大変なものを頂いてしまったと少し引きつる節子、丁寧に押し頂いては一端は戸棚の奥へとしまい込んだ。
「どうかご家族で飲んでたもれ、いずれ雨子の親族たれば末永う健やかに居て貰わねばの」
そう言う咲花様の言葉に、雨子様は丁寧に頭を下げた。
「さて堅苦しいやりとりはもう仕舞いにしようぞ。私もなるたけであるが今風にしようと思うて居る。まだまだ学びがたらぬ故、おかしなところが有るやも知れぬが、許されよ」
咲花様のそんな言い様を聞いた雨子様はくすりと笑う。
「もしかしてそなた、和香のところで毒されでもしたか?」
「そうですね、お婆様の楽しそうな話様を聞いていますと、少しでも真似しとうなります」
そう聞くや雨子様はくっくっくと笑った。
「その方が良さそうじゃな?少なくとも咲花は、斯く有る方が可愛らしゅう見えるぞ?」
「あれ、可愛らしいですか?」
そう言うと咲花様は顔を真っ赤にした。
実際祐二は思った。先ほどまでの大時代じみた喋りようの咲花様は、どこかの華族の令嬢かという感じなのだったが、今の咲花様であれば、せいぜい良いとこのお嬢さんくらい?
ようやっとこさなんとか普通に喋れそうな気がしてくる。
「本当に雨子様はお上手なんですから…」
急に呼びが変わったことを訝しんで雨子様が聞く。
「咲花よ、何故にいきなり呼びが変わるのじゃ?」
「だって雨子様は、和香様の一番の親友では無いですか?あのお婆様の…」
和香様のことをお婆様と言って憚らない咲花様の言葉に、雨子様は思わず吹き出してしまった。
「これ、咲花。いくら何でも和香を婆様扱いするでない、余りに気の毒ぞ」
「でも一応この国ではそうなっておりますのでしょう?」
そう言われて雨子様は渋々答える。
「それはまあ、確かにその通りなのじゃが…」
そう言っていて雨子様ははたと気がつく。
「待て!と言うことは我も婆様として認識して居るのかや?」
少し気色ばんで言い迫る雨子様。
「それはございません」
慌てたかのようにきっぱりと言う咲花様。
「雨子様のことをその様には決して思うて居りません。あの、その、私の中では雨子様はお姉様のような存在で…。なのでだからこそ様なのですよ」
そう言いながら咲花様は胸元でふんすと手を握りしめる。
そんなやりとりを見ながら祐二と節子はちらりと目を合わせる、うん、この神様方、見ていて飽きないかも?
そうやってお姉様扱いしたがる咲花様のことを、さてどうしたものかと見つめる雨子様だったが、案外彼女はこういう所あっけらかんとしている。束の間考えた後、即座にまあ良いかと肩をすくめるだけに終わっていた。
そうやって少し型を崩した咲花様との会話は引き続き楽しく行われ、吉村家に於いて咲花様は雨子様の妹分と言うことで落ち着いた。
但し本人と雨子様のたっての希望で、この家の内輪だけの話として欲しいとのこと。
何故にと節子が聞くと、先ず間違い無く和香様が臍を曲げるからとのことだった。
それから咲花様は吉村家の夕食を共にし、大いに舌鼓を打たれた後、雨子様に伴われてお風呂に向かった。
宇気田神社の温泉には浸かったことがあるものの、一般家庭におけるお風呂という物は初体験だっただけに、好奇心一杯という感じだったのだが、何をするのも楽しかったせいか、周りが心配する程の長湯となってしまう。
お陰で二柱とも逆上せて真っ赤になって仕舞い、節子に少しばかり叱られてしまったのはここだけの話。
その夜、咲花様は雨子様と閨を共にし、いよいよ明日は櫻爺と接見することとなる。
布団の中でわいわいと仲睦まじく咲花様と会話をする雨子様であったが、そう言った時間を楽しみながらも、一抹の切なさを胸の奥に感じてしまうのだった。
しかし古風なお喋りは疲れる・・・(^^ゞ




