祐二と七瀬とそしてクマ
人それぞれ大切なものは異なっていますが、端から見ただけではなかなか分からない物かも知れませんね
「おい、ユウ?」
未だ真っ赤な顔を隠してままで居る七瀬に構うこと無く僕はその謎の存在、いや、クマの付喪神?に声を掛けた。
七瀬の肩越しにチラチラと見え隠れしているクマのぬいぐるみ?は、その向こうからまるで伺うかのように顔を出している。
『僕の…僕のことが見えるの?』
何とも可愛らしい声で言葉を返してくる。(はたして声なのかな?)
「ああそうだ、お前、七瀬にユウって言われているクマのぬいぐるみなんだろう?」
『うん、そう、僕はいつもあゆみにユウって呼ばれてるよ』
「やっぱユウなんだ…」
そうやって会話をこなしていると、なんとなく怖くなくなってきたのか、七瀬の背後から姿を現すようになってきた。
「で、一体どうしてユウは七瀬…あゆみに纏わり付いているんだ?」
『それはね、僕ね、もうすぐどこかに送られちゃうんだって。だからそうなる前に少しでもあゆみと一緒に居たくって、それで…』
「どこかに送られる?」
僕がユウの言葉をそう反復すると、七瀬が急に顔を上げたかと思うと僕に問うてきた。
「どこかに送られるってどういうことよ?」
睨み付けるように僕に言う七瀬。だが僕にだってそれが何故かなのかは分からない。伝言ゲームじゃ無いけれども、何を言うにしても僕を挟まないといけない状況に、七瀬はもどかしくて堪らなかった。
「雨子様、私もユウと話すことが出来るようになる?」
きっと余裕が無いのだろう、七瀬も雨子様のことを様付けで呼んでいる。
雨子様は少し困ったかのように小首を傾げるとその問いに答えた。
「むう、出来ぬことは無いじゃろうが、ただのう、七瀬の心の波長は祐二ほど異界のものに同調して居らぬからのう…」
「雨子様!」
そう言う七瀬はすがるような眼差しだった。
「何とも頑是無い事ではあるが、他ならぬ七瀬のこと故何とか叶えてみるかの」
「ありがとう雨子様!」
七瀬はそう言うと雨子様に抱きついた。
「これこれ、大概にせぬか…」
困った風に言いながらも雨子様はどこか嬉しそうだった。だから眉はへの字にしつつも口元に笑みを浮かべながら、その手を七瀬に額へと押し当てた。
「ただの、七瀬。そなたの場合は無理矢理こじつけるような呪じゃ、その効果は半時とは持たん。それでも良いかや?」
そう聞かれた七瀬はぶんぶん音がしそうな程の勢いで頭を振った。
「では施す」
数瞬の後、雨子様の手が離れた七瀬の額には、僕の額にあったものと似たようなものが存在していた。
「七瀬のものには無理矢理波長を合わせるために余分なものが付いて居る。じゃから少々野暮ったくなって居るがそこのところは許せよ」
と、雨子様の説明。だが七瀬はそんな雨子様の説明をまったく聞いては居なかった。
「ユウ、私のこと分かる?」
彼女は早速クマのぬいぐるみに語りかけ、ゆうと称するクマもまたそれに答えるべく七瀬の視界の前に降り立った。
『わぁ、もしかして僕、あゆみと直接お喋りが出来るの?』
「そう!そうなのよユウ!」
そう言いながら七瀬は思わずユウのことを抱きしめようとする。
けれどもその手は目の前に在るクマのぬいぐるみに触れること無く、すっと通り過ぎてしまった。
『あ、無理だよ、今はここに身体が無いもの。でもあゆみとちゃんとお喋り出来るのかぁ、嬉しいなぁ』
二人?して喜び合って居るところに雨子様から注意が入った。
「これ、お前達!我の施した呪では長くは話し続けられないと言ったであろ?」
一喝が入った時点で一瞬縮こまったように見えた二人?だったが、そんなのは僅かな間でしか無かった。だが今は最初の主旨を忘れることは無かった。
「それでユウ、どこに送られるって言うの?」
些か厳しい顔つきになった七瀬が問うた。
『んーどこに送られるのかはよく分かんない。でもね僕みたいな人形が沢山収められる場所って言っていたよ?』
「人形が収められる場所?」
怪訝そうな顔をしている七瀬に僕は話して聞かせた、以前何かの機会にその場所のことを説明している番組を見たことがあるからだ。
「確かそこって人形供養で有名なところだったと思うよ。人形って長い間可愛がられてきたりするから、そこいらにゴミとして捨てるわけに行かないじゃ無い?だからそこに送って供養して貰ってから…多分処分される…のかな?」
その話を聞いた七瀬は気色ばんだ。
「でもなんだってそんなところにユウを送ろうとしているのよ?いくら大切に供養してくれるにしても、私はまだまだユウのことを手放すつもりなんか無いわよ?」
「…って、僕に文句を言われても仕方が無いだろ。ま、想像するにそろそろ七瀬も大人なんだからとか何とか、そう言う理由なんじゃ無いか?」
そう説明されたものの七瀬はむくれたままだった。まあ仕方が無い、僕だって断りもなくそんな事をされたら怒るだろう。
「とにかくここから先は家に戻ってからだな、家に戻れば自分の居る場所を僕たちに伝えられるんだろう?」
そう言うとユウは頭を振りながら答えた。
『うん目立つ箱に入れられているから直ぐに分かると思うよ』
「箱ぉ?」
…と、ここまでで僕たちに残された時間は終了、午後の授業が始まることとなった。
七瀬は小声で文句を言いまくっていたが、こればっかりは仕方が無い。でも大分元気になってくれたみたいで僕はほっとしてしまった。
そんな僕たちの様子を見ていた雨子様は何やらニコニコしている。
「雨子さん?」
と、小声で問う。
「む?」
「何をそんなにニコニコされているんです?」
「そうじゃの。七瀬が元気になったのは当然なんじゃが、それを見て祐二、そなた自身が何とも気の晴れた顔になって居る。それが今の我にとっては何とも嬉しいことなのじゃ」
七瀬の事はともかく、僕が気の晴れた顔をしているって?自身ではそんな自覚が全くなかったのだけれど、雨子様がそう言うからにはそうだったのだろう。
雨子様がそのことを嬉しいと言ってくれる、嬉しいようなこそばいような、複雑な気分を僕は味わっていた。
我が家のお雛様も、長い間使われた後男雛女雛を残して残りは供養して頂きました。感謝の気持ちを込めて送り出したのは言うまでもありません。




