文殊の爺様と僕二
まさに日々酷暑、皆様におかれましてはどうぞご自愛下さい
「さて、その問題というのが少し困ったことなのじゃ」
「困ったこと?」
僕には丸で問題の意味が見えなかったのでそう言うしか無かった。
「あやつがお前のことを好いて居るのは知って居るよの?」
いきなり突っ込んだ部分に言及してこられたので赤面しつつも焦りまくってしまう。
「え?え?え?た、確かにそうですが、それが何か関係あるのですか?」
すると爺様は嬉しいような困ったような、実に複雑な顔をして僕のことを見るのだった。
「本来儂はあの者を今よりももっと粗雑に作り上げて居った。実際、この世界と外の世界を接続し、外界からのエネルギーの流入を継続させる為の要になって居ればそれで事足りて居ったからの」
そう言いながら爺様は何かを思い出すかのように遠い目をしていた。
「じゃがあやつがいずれ出逢うであろう儂の同胞、お前にとっての神の一族じゃな、そのものらと会ったときに困らぬ程度の人格とそこそこの知識もまた与えて居ったのじゃ。じゃが何をどうしたのかは分からぬのじゃが、あやつと来たら宇宙を彷徨う内になにやらおかしな物に遭遇したようでの」
この爺様をして言うおかしな物って一体何なんだろう?僕には想像も付かないのだが、こう言う時は素直に聞くが吉かも?
「一体何に遭遇されたのでしょう?」
爺様は半ば心此処に在らずといった感じのままに僕への説明を続けてくれた。
「それがの、そのものずばりとしては、それが一体何で有ったのかは分からぬ。儂があやつの変調に気がついたのは事が起こってから遙か後じゃからな。ただ一つ言えるのは、あやつに持たせて居った小型の宝珠が消し飛んでしまうほど、強力な何かの影響を受けたということくらいじゃの」
僕は雨子様が龍を召喚するときに使った力のことを思い出しながら、爺様に自分の考えを述べた。
「その小型宝珠って、もしかして今雨子様が使っておられる疑似宝珠よりも大きな力を持っているのですか?」
すると爺様はおやっと言うように片眉を上げながら語を継いだ。
「何だと?お前はあれが何で有るのか理解して居るというのか?」
僕は苦笑いをしながら慌てて手を顔の前でふりふりしつつ言った。
「とんでもない、理解なんかできません。ただ想像はしてみたんです」
「話してみるが良い」
「あくまで想像なんですが、雨子様の作られた疑似宝珠というのは物質をエネルギーに変換する仕掛けなんじゃ無いかと思うんです。その燃料になる物というのが、小雨達分霊の食べた食べ物って言うこと何ですが…」
爺様は僕の言葉にやれやれといった表情をする。
「呆れたもんじゃな、お前の属して居る人類とやらは、核融合の力を手に入れることですら苦労して居るのに、何でその先のことを知って居るのじゃ?それもまた例の本の中に有る想像の考えなのか?」
僕は申し訳なさそうに頭を掻きながら言った。
「仰る通りです。もしかしたらこんな事が出来るかなって言うお話に過ぎないのです」
「成る程のう、じゃがそうで有ったとしてもそれを基に何かを考えられるほどには物事を知って居るという訳じゃ。まことお前達人間という物は面白い種族じゃな。まあ良い、それで先ほどの話じゃが、雨子の作った疑似宝珠と比すれば儂の与えた小型宝珠は三桁は上の性能を持って居る」
僕は驚きの余り目を丸くしながら言った。
「みっ三桁もですか?そんなにも?」
僕が驚くのを手で制止ながら爺様が言う。
「いや、本当ならそれほどの差は無いはずなのじゃ。何故ならあやつ、エネルギーを生み出すのにとんでもなく効率の悪い呪を使用して居るが故に、あの程度の出力しか得ることが出来ぬのじゃ。きちんと正しい呪の構成を使用することを学べば、その差は一桁程度の物となろう」
「なんとそうなんだ…」
僕は爺様の話してくれたことの内容を考えながら、生み出されるで有ろうエネルギーの量を想像してみた。
「多分雨子様の使われた力って、小雨達の食べた食べ物の量に比例するから、せいぜい数十キロ分の質量のエネルギー、だとするとそれを上回るとなるとトン単位なのかもなあ…」
そんなことをぶつぶつ呟くように言っていると、ぎょっとした表情で僕のことを見ている爺様。あれ?何かおかしな事でも言ったかしらん?
「呆れた奴じゃの、手法は知らなくとも結果を類推することが出来るのか?やれやれ雨子もとんでもない奴に惚れたものじゃな」
爺様はそんなことを言った後、暫くの間ぶつぶつと一人何かを呟いていた。
「まあ良い、それでじゃな、あやつはそれだけ大きな力を持っておきながら、宝珠を失い、剰え記憶まで失い居った。多分状況的に鑑みてそれに足る影響力を持つ事象となると、大型中性子星のパルサー照射を受けたか、ブラックホール生成時に近隣で重力津波の影響を受けたかのいずれかじゃろう。いずれにしても実に迂闊な事じゃ」
僕はその話を聞いていて、かつての雨子様が実はうっかりさんだったのだと知って、ちょっとだけ笑ってしまった。
「ともあれ何を置いても自己の防衛という主命が有ったが故に、記憶を失ってしまうまでに力を使い果たしたのじゃろう。そしてその状態で現在の和香の神族一派と出会い、その尽力によって、記憶の幾分かを取り戻したというか、新たなる疑似人格を得たというか…」
僕は聞き捨てならないことを聞いて慌てた。
「ちょっと待って下さい、もしかして今の雨子様って、その疑似人格なのですか?」
その問いに答える爺様は至極真剣な表情で頷いていた。
「うむ、まさしくその通りじゃぞ」
それを聞いた僕は更に焦ってしまう。
「まさかあの、雨子様の人格を消してしまったりはしないですよね?」
僕のその言葉に爺様はきょとんとした表情をしながら言う。
「何故態々そんな面倒なことをせねばならぬのじゃ?」
「だって、新たに生まれた疑似人格、それは爺様の意図した人格では無いじゃないですか?」
「うむ、それはそうじゃの。何じゃ?消して欲しいのか?」
僕はこれ以上無いぐらいに驚き慌てながら否定した。
「とととととんでもない!絶対そんなことはなさらないで下さい、どうかお願いします!」
するとそんな僕の有様を見た爺様は腹を抱えて笑いながら言う。
「かっはっはっはっは。誰がそんな無粋なことをしようものか。それにあやつは今はきちんと我の望むように動いてくれておる。ただの、そこでなのじゃ…」
どうやら此処で漸くにして真の核心となる話が語られるようだった。
「新たな人格として目覚めた直後の木石よろしくのあやつが、和香達と交わることで徐々にらしさを得、更にお前という人間と交流を持つことによって、なんとかようやっと全ったきの人格を取り戻すに至ったのじゃが…」
そこまで言うと爺様は僕の顔を見つめ、はぁーっと大きな溜息をついた。
「あやつはお前のことを好いてしもうた。それこそ自らの命を掛け兼ねん程にの。そしてまずい事に今のあやつは、儂が直接手を下して作り上げた人格では無いだけに、儂の命がほとんど効かぬ」
「何か雨子様に聞いて欲しい命があるのでしょうか?何でしたら僕が雨子様に…」
もしどうしても爺様が話し難いような用件が有ると言うのなら、僕から話してみても良い、そんな思いだった。
だが事はそうは簡単なことでは無かった。
「ではそなたら今の関係を解消することが出来ると言うのか?」
僕は突然の爺様の言葉に驚いた。
「それは僕と雨子様に別れろと言うことなんですね?」
「そうじゃ」
僕は胸を掻き毟られる思いをしながら言った。
「いくら何でもそれは聞けません」
「そうじゃろうな、儂もそんな無粋なことは言いとうは無い。じゃがの、お前は定命の存在故、いずれあやつはお前という存在を失わねばならぬ。実際あやつもそのことはちゃんと理解して居る。しかし理解していると言うことと感情的に納得出来ると言うことは全く別物なんじゃ。そして今のあやつは一旦そのことを心の奥底にしまい込んで、強制的に忘れたつもりになろうとして居る。じゃがの、そんな大切なことを果たして本当に忘れられると思うか?」
僕は爺様の言葉を聞いて必死になって思考を巡らせた。しかしいくら考えてはみても出てくる答えは一つだった。
「忘れられるはずは無いかと思います」
「で有ろう?正にその通りなのじゃ。そしてそれがあやつの心に歪みを生み始めて居る。時にあやつは最近妙に衝動的に成って居るようなことは無いか?」
僕は爺様の言葉について色々と記憶を思い起こしてみる。
確かに言われる通りかも知れない、雨子様の本来の性格を思えば、ここに来て急激に僕との距離を縮め様としているような、そんなところがいくつも見られるように思う。
「確かにありますね…」
「で有ろう?まあそれでも今は未だ良い。ゆうてもお前があやつの思いを受け止めてやれば良いのじゃから。しかし今あやつが記憶の底に沈めて居るこの問題は、いずれ大きなストレスとなって表面化してくることが考えられるであろうし、将来もしお前が寿命、或いはその他の原因であやつより先に亡くなってしもうた時、あやつが一体どうなってしまうか、想像もしたくないものじゃ…」
僕は爺様の話を聞いて初めて、雨子様の苦悩の意味を理解したように思う。そしてそのことについてのことは、かつて雨子様がミヨを失ったときにどうなったかと言うことを思い起こせば、容易に想像できることかも知れない。
僕は苦悩した。言っても僕はただの人間でしか無い。前回は偶々文殊の爺様のお陰で蘇ることが出来た。しかし次もまたその慈悲に縋ることが出来るのだろうか?
果たしてそんなことをして良いのだろうか?
色々と考えてみるのだが、いくら考えてみても、僕自身の中でその答えを見いだすことは出来ないのだった。
いつも読んで頂きましてありがとうございます
本当にそのことが励みになっております。大感謝で有ります




