花畑にて
なんとか今日もお届けすることが出来ました
静かな眠りについて暫く経った頃、もそもそと人の動く気配を感じて、ふと目を覚ました僕は驚いてしまった。
あろう事か雨子様が僕の布団の中に潜り込んできているのだ。
「雨子さん?」
驚いてしまって言葉になるのはそれ位。お陰で一気に眠気が飛んでしまっているのだけれども、そうやって冴えつつある頭で雨子様の様子を見ると、何かおかしいことに気がついた。
あれ?もしかして雨子様寝てる?表情から見るにその顔は今も眠って居るままという感じなのだ。
そしてもそもそと布団の中に入り込むと僕の身体にしがみつき、何も言わずにくぅくぅと眠って居る。
え?これ寝ぼけているの?雨子さんでもって言うか、神様も寝ぼけるんだろうか?
いくら何でもそのままでは居心地が悪いので、なんとかその場から抜け出そうとはしてみるのだが、ことのほかしっかりとしがみつかれているせいか、抜け出すことは出来なかった。
雨子様の頭が丁度顔の辺りに来て、微かに甘い香りが鼻腔を刺激する。
いやいやいやいや、これは一体どうすれば良いんだ?しかし何かしようにも何もしようが無い。
なので僕はその時自分に出来ることをすることにした。そう、そのままもう一度眠ることにしたんだ。
本当のことを言うと、ちょっと眠るどころでは無い感じなんだけれども、そうであったとしてもどうしようも無いくらいにがっちりしがみつかれているのだ。諦めるしか無いでしょう?
結局雨子様の甘い香りに悩まされつつも、なんとかかんとか僕は無事眠ることに成功した。
そのはずだった。
眠りに落ちたと思っていた僕は、ふと周りがとんでもなく明るいことに気がつき、目を見開いてしまうことになった。
そして見上げたそこには…
「へ?青空?」
確か僕は雨子様にしがみつかれて、抜け出すことも出来なくってそのまま仕方なしに寝たんだよね?あれって僕の部屋でのことだよね?
なのに一体何故僕はこんな青空の下、野外に一人で横たわっているんだろう?
身体を起こして見回すと、視線の届く彼方まで花の咲き乱れている、丸で花畑?
更に立ち上がって見渡すも、人っ子一人居ないし、花以外の何物も存在しない、だだっ広いところなのだった。
一体全体どうしてこんなところに?僕は果たして何に巻き込まれてしまったのだろう?
色々と考えて見はしたのだけれども、今の僕に出来ることは何もなさそうだった。
仕方が無いのでとにかく今自分に出来ることと思い、声を出してみることにした。
「雨子さ~ん!誰かぁ~~!誰か居ないのですかぁ~?」
声を限りに叫んでみるのだけれども、どこからも誰からも反応が返ってくることは無かった。
「やれやれ、さすがにこれは困ったなあ」
そう独りごちつつその場にどっかと腰を下ろす。
そしてこれからどうすべきなのか考えるのだが、その考えを推し進める為の要素が全く見当たらないのには参ってしまう。
どっちを向いてもただただ花畑が広がるっきりで、山も見えなければ木を見かけることも無い。お陰でどちらに進むべきなのかも考えようが無いのだ。
仮に考え無しに歩いてみたとしても、あっと言う間に真っ直ぐ歩くことが出来なくなって、周囲をぐるぐるとただ回ることになってしまうだろう。
僕はそんなことを思いながら中天にかかる太陽を見上げた。
時間の経過と影の位置からして全く太陽が動いている気配が無い。ますます以てお手上げだった。
しかしじっとしているのは良いが、そのうち喉も渇くだろうし、腹も空いてくるだろう。さて、この花とか食べられるのかしらん?そんなことを考えていたときである。
「見つけたぁ~」
「見つけたぁ~」
そんな声がどこかでするのだった。一体どこから声がと思って見回すと、少し離れたところに二つの光りの玉のようなものが漂っている。
そしてそれがふよふよと漂いながらこちらへとやってくる最中なのだった。
「少し遅くなったぁ~?」
「遅くなった、ごめんねぇ~」
本来なら此処で驚くべき時なのかも知れないが、いい加減雨子様を始めとした神様関連の諸々や、付喪神関係のことをいくつも見てきているだけに、今先に立つのは好奇心のみだった。
「あの~~、君たちは何なんだい?」
するとその光りの玉達は急にお互いの周りをくるくると回り有ったかと思うと、声をハモらせながら言う。
「「わかんなぁ~~い」」
「わかんないってそんな…」
その妙ちくりんな玉達の返答には頭を抱えてしまった。
僕のその困り切っている様が彼らには受けたのかも知れない。
「あははは~困ってる困ってるぅ~」
「本当だ困ってるぅ~」
ただそんな会話の中でも彼らに悪意のなさそうなことだけは何となくだけれども分かってきた。
そこで僕は少し質問を変えて話しかけてみた。
「じゃあ質問を変えるね?」
僕がそう言うと光りの玉達は交互に跳ね上がるかのように動いた。
「おお!かしこぉーい、質問変えるるる~」
「何々質問~~?」
全く以て彼らがまじめなのか不真面目なのか全然想像できなかった。
だが今はそう言った分析はさておき、先ず質問をしてみることにした。
「それじゃあ聞くけれども、僕は一体何をすれば良いの?」
するとここに来て初めて玉達は答えを返してくれようとし始めた。
「それ良い質問ぉ~ん、それならちゃんと答えられる」
「答えられるぅ!」
ここに来てなんとか事態を進展させることが出来そうだった。
僕は嬉しそうな感じで互いの周りをぐるぐる回っている玉達の挙動を、じっと見守りながら彼らが更に言葉を継ぐのを待った。
「お前名前はなんと言う~?」
「名前なんだぁ~?」
そう聞かれたので迷うこと無く返答した。
「僕は祐二だ」
僕のその答えはどうやら次への行動に役立ちそうだった。
「お前祐二?祐二かぁ~」
「分かった祐二、ついてくる」
玉達の導きのまま後について歩き始める僕。もっとも歩いては居てもさて自分がどれくらい歩いているのかなんて直ぐに分からなくなってしまう。
歩けども歩けども周りの風景は全く代わり映えがしないし、一体どれだけの時間が経過したのかすら分からないのだ。この玉達、果たしてちゃんとどこかへと連れて行ってくれているのだろうか?
そんな思いが徐々に心の中で大きくなってきた頃、暫く黙りこくっていた玉達が再びまた話し始めた。
「もうあと少しで着くよぉ~」
「着く着くぅ~~」
だがそう言われはしたものの、一体どこに着くというのだろう?周りは相変わらず花ばかりで、何も目立つ物が無いのだった。
だが彼らにとってはそうでは無かったらしい。突然移動する速度を速めたかと思うとすぅ~~っと先に移動し、とある地点でじっと留まっていたのだった。
そこが目的地なのかと、その地点に目をこらすとどうやらそこにだけ花がほとんど無いのだ。そしてなんと言えば良いのだろう、小さな緑の茂みのようになっている。
そこで玉達が交互に飛び跳ね、なにやらわいわい騒いでいる。
「爺様、連れてきたぁ~」
「祐二連れてきたぁ~」
爺様?一体彼らは何を言っているのだろう?辺りには爺様と言われるような人影は誰も見ることが出来ないのだ。
だがそんな僕の思いを理解してくれていたのだろうか。その爺様らしきものから声がけを受けた。
「お前が祐二なのじゃな?」
確かに爺様と呼ばれるに相応しいような少し嗄れた声が僕を出迎えた。
そうか、そう言うことなのか、ここに来て僕はようやっと雨子様から聞いた話を思い出し、合点が行ったのだった。
「あの、もしかして文殊の爺様なのですか?」
僕がそう問うと、辺りに爺様のものと思われる哄笑が鳴り響いた。
「ふぉふぉふぉふぉ…」
声のようで声で無いというか、耳で聞く音とはまた異なった体中に響くそんな振動だった。
「儂のことは雨子に聞いたのじゃな?」
「はい」
僕は返事をしながら雨子様から聞いていたことを思い出し、その緑の茂みに視線を凝らしていた。
するとその茂みの葉や茎、そう言った諸々の輪郭が重なってくっきりと線を為し、やがてに一人の禿頭の爺様の姿を見いだすことが出来た。
「うむ、いかにも儂は文殊じゃ、そしてお前を生き返らせたものでも有る」
そのことについてはしっかりと雨子様に聞いていたし、将来何時かお会いしたときにはきちんと礼を言おうと思っていたのでまずは居住まいを正した。
「文殊の爺様、先達ては僕を生き返らせて下さりありがとうございました。心より御礼申し上げます」
そう言うと僕は深々と頭を下げた。
「むぅ、この地の礼儀に則ったもので有るの。そなたの謝意、しかと受け取った」
爺様はそう言うと、つと視線を少し離れたところに移した。
するとそこに大きな蕗の葉のようなものが持ち上がったかと思うと、一つはテーブルに、一つは椅子へと変化した。
「まあ取り敢えず座れ、少し話が長くなるでな…」
僕は言われるがままにその椅子に腰掛け、おっと驚いてしまう。
見た目何の変哲も無い椅子なのだが、なんだか妙に座りやすいと言うか、いやそんなもんじゃ無い、座り心地が良すぎるのだ。
その椅子に座っていると、なんだか自分が座っているのか立っているのか分からないような、そんな不思議な感覚に襲われるのだ。そしてそれは疲れるとか言うようなものでは無く、寧ろ例えようも無く心地よい。
「…」
不思議がって僕が座ったり立ったりを繰り返していると、再び爺様の笑い声が辺りに鳴り響いた
「ふぉふぉふぉふぉ…なんじゃその椅子が気になるか?」
その問いに僕は素直に思ったことを言った。
「はい、座っているのに座っていることが分からなくなるんです。ただもう心地よいというか…」
すると爺は顔に一杯笑顔を浮かべながらその訳を説明してくれた。
「その椅子はの、祐二個人の身体に極限まで合わせた形に作られているのじゃ。じゃからその様な感覚にも成るのじゃろう」
「成る程究極の椅子って言う訳なんですね?」
僕としては分かったような、それでいて全くそのことが分からないことを理解した。
それと共に此処で扱われている技術?が、僕達の人間の想像を遙かに超えるもので有ることを理解しつつあった。
そうやって畏怖を覚えつつあった僕に爺様が言葉を続けた。
「さて、それでなのじゃが、祐二を再びこの地に呼んだのには訳がある」
爺様のその言葉を聞いた僕は何となくではあるが直感した。
「もしかして雨子様のことですか?」
「!」
爺様の顔が驚きに包まれた、その後それは実に優しい笑みへと変化していった。
「祐二よ、お前は何故そう思ったのじゃ?」
そこで僕は自分の思ったことを説明するのだった。
「この地に実際に関わったのは僕と雨子様だけですし、僕自身に思い当たることがもし何も無いのであれば、残る答えは雨子様に関することなのかと。でもあくまで勘でしか無いのですが…」
それを聞いた爺様はうんうんと頷きつつ語を継いだ。
「成る程のう、雨子がお前に肩入れする訳じゃな、善哉。ならばこそ呼び出した甲斐が有るというものじゃ」
そう言うと爺様は嬉しそうに笑みを浮かべながら、そもそも何故僕を此処に呼び出すに至ったかについて説明し始めてくれるのだった。
文殊の爺様再び登場です




