「母子語(おやこがた)り」
次何書こうかと思うとき、どうキャラ達を登場させるのかと言う事にもっとも悩んでいます
ここでうまく登場してくれると、後は彼らが勝手に動いてくれたりする・・・そう言う時は楽ですよね
でも時に全く動いてくれないこともある。こういう時は地獄です(^^ゞ
盛り上がった女子会もやがてに終わりの時を迎え、静かに寝息だけが聞こえ始めた頃、他の者を起こさぬように気遣いつつ小さな声で問い掛ける雨子様。
「節子…もう寝てしまったかや?」
その声に微かに身じろぎをする音がしたかと思うと、同様に囁くような声で返事が返ってきた。
「どうしたの雨子ちゃん…眠れない?」
節子は眠りに落ちるか落ちないかの微妙な端境に居たのだが、雨子様の声によって現の世界に引き戻されたのだった。
「そちらに行っても良いかの?」
遠慮がちに言う雨子様の声に、少し物憂げな声で節子が応える。
「良いわよ、いらっしゃい」
節子はそう言うと誘うように掛け布団の一端を捲って見せた。
それを見た雨子様は急いで節子の布団の中に移動し、温もりを共有した。
「もう眠って居たのでは無いか?済まぬの節子」
そう言って謝る雨子様に、節子は優しく微笑みながら言う。
「何か大切なことがあってのことなのでしょう?ちっとも構わないわよ」
そう言う節子の言葉に少しこわばっていた身体をほっと解きほぐす雨子様だった。
「それで何があったの?雨子ちゃん」
「むぅ」
そう応えた後口籠もってしまい、暫く言葉を紡ぐことが出来ないで居る雨子様。
節子はそんな雨子様のことを優しく抱きしめてあげる。
「多分祐二とのことなのね?」
「…?」
その言葉に驚き、微かに身体をびくつかせてしまう雨子様。
「節子…何故にそのように思うのじゃ?」
だがその問いに節子は実にこともなげに答えるのだった。
「だってね雨子ちゃん、あなたがそんな風に思い悩んだ表情を見せている時って、大抵は祐二とのことなんだもの。でも嬉しいわ、それだけあの子のことを真剣に考えてくれてるって事だと思うから」
「……」
「それで何を悩んでいるの?」
そう問いかける節子に、雨子様はしゅんとしながら答える。
「それがの、何を悩んで居るのか、我自身にもなにやらよう分からぬところが有るのじゃ。なんと言うかこう、胸の中がもやもやしたり、その…妙なところがきゅうっとしたり…。おそらくこれらは人の身と成ったこと故なのだと思うのじゃが、もう何がなにやら分からんのじゃ…」
そう言う雨子様はなんだかべそをかきそうになっていた。
そして節子には雨子様のその言葉で、その時知りたいことは十分以上に分かった様に思う。
「そかぁ、でもね雨子ちゃん。それって人を好きになった女の子なら誰しもが感じる感覚なのよ。だから何も心配しなくても良いと思うわ」
「そ、そうなのかえ?」
未だ不安そうに言う雨子様。
「うん、そう。人間の女の子が恋するときは皆そんな風に感じているものだと思うわ。だから不必要に不安に思ったり、怖がったりする必要は無いからね」
「うむ…」
節子の優しい言葉に、論理では無く、もっと別のところで納得し、不思議にも安心する雨子様。
「のう、節子。そなたにもそんな時があったのかえ?」
そう問う雨子様に節子はにっこりと微笑みかけた。
「もちろんよ、そしてその時ほど強いものでは無いのだけれども、その時持っていた思いや感覚は今でもあるし、これからも適うなら持ち続けていられたら良いなって思うわ」
「そう言うものなのかの?」
「うふふふ、多分ね?だって人ぞれぞれだもの、皆が皆同じかどうかは言えないわ」
その言葉に雨子様は感心したかのように言う。
「人間とは本当に不可思議なものなのじゃの?」
そう言う雨子様の額に自らの額をこつんと当てて言う節子。
「あら、今はそう言う雨子ちゃんだって、十分に人の子って言えると思うわよ?」
「そうなのかえ?」
「ええもちろん」
そんな風に節子に言われることで、例えようも無く落ち着く思いを感じる雨子様なのだったが、まだまだ別の不安もあるのだった。
「のう節子よ」
「なあに雨子ちゃん?」
こうやって身近で思いを隠さず話してくれる雨子様のことを、節子はとても愛おしく思いつつ、今こうしてこの時間を持てたことをとても嬉しくも思うのだった。
「節子はその、この様に訳の分からぬ我が、将来の祐二の連れ合いであっても良いのかの?」
「あら、雨子ちゃんの中では祐二の元に嫁ぐことがもう決定事項になっているのね?」
節子のその言葉にまた雨子様の中の不安が膨らむ。
「その、それはどう言う意味なのじゃ?」
そう言いながら身を固くする雨子様の思いを推測しながら、節子が丁寧に答える。
「あのね雨子ちゃん、あなたが祐二の元に嫁いでくれることを不安に思ってああ言った訳では無いの。そうでは無くて、あなたたち二人はまだまだこれからも沢山恋をして、その恋を楽しむ頃であって、結婚とかどうとかって言う色々な責任を伴うような話を考えるのは、もう少しだけ先にしても良いのじゃ無いのかなって思うのよ」
「そうなのかえ?」
節子の語る言葉の意味が少しずつ染みてくるにつれ、ゆっくりと心が潤びるのを感じる雨子様。
「ええ、少なくとも私はそう思うわ。それにね雨子ちゃん。それは祐二の為でも有るの。雨子ちゃんにとって初めてであるように、祐二にとっても沢山の初めてが、これから色々と有るかと思うのよね。だから、なんて言うのかな?ただ勢いだけでそれを経験していくのでは無くって、出来るだけきちんと楽しみ、味わって、各々の意味を知りながら前に進んで欲しい、そんなことを思うのよね。もっともこの辺のことはあくまで私自身の希望であって、こうしなさいって言うものでは無いのだけれども…」
そう話してくれる節子に雨子様は真摯に問うた。
「しかし節子がそう願うと言うからには何か訳があるのであろ?」
「うふふふ、そう言うところやっぱり雨子ちゃんよね?」
「節子よ、我はそなたが居ってくれて本当に良かったと思う。この身になってもしそなたが居ってくれなんだら、一体どうなってしまって居ったじゃろうな?」
「あらあら大げさね雨子ちゃん。でもそんな風に言って貰えるのは嬉しいわ」
神ならぬ人の中に…祐二は別として…斯様にまで信頼できる存在が居てくれること、雨子様は正に僥倖だと信じて疑わなかった。
「何時か、いつの日にか、節子に我らの子をとも思うのじゃが…」
「随分と先のことまで考えているのね?」
「節子にとっては随分先のことなのかえ?」
「ええそうね」
「成る程、そうなのか。じゃが我にはこの先直ぐそこに見えている未来のようにも思えるのじゃ」
「ああ、だからか」
「だからとは?」
「雨子ちゃんがね、私にとって早すぎるかなと思うくらいに先々と未来のことを考えていてくれること。雨子ちゃんにとってこれまで培ってきた時間がきっとそうさせているのね?」
「うむ、そうかもしれぬの」
そう言う雨子様にうんうんと頷く節子。
「分かった、なら雨子様のその思いも否定しないわ。それで雨子ちゃんは私から何を聞きたいの?」
雨子様が先々考える力を持つこと以上に、彼女をして舌を巻くほど察しの良い節子の言葉に、驚きを交えながら言葉を紡ぐ。
「むぅ!それでなのじゃが、節子にとって子を妊み、生むというのはどのようなことじゃったのじゃ?」
「成る程ね…」
そう言うと節子は暫しの間思いに耽りそして答えた。
「幸いなことに…」
「幸いなことに?」
「ええそう、世の中にはそれが幸いにならないことも沢山有るものね」
「そ、そうなのか。ならば幸いであることは本当に良きことと思わねばならぬの?」
「全くその通りね!それで話の続きなんだけれども、子を授かると言うことは私には幸いなことにとても素晴らしいことだったと思うわ。でもその子を…」
そう言うと節子はゆっくりと自らの腹をさすった。
「このお腹の中で育み育てて行くことは、頭の中では理解はしていても、とても不安であることでも有ったと思う。だって考えてもみて?自分とは異なる存在がここに居るのよ?しかも変化していく身体たるや、もう何が何だか訳が分からない。でもそれでも此処にいてくれることが幸せで、嬉しくて、愛おしくて仕方なかった」
「何とも本当に大変なことなのであるな?」
「全くほんと、その通りだと思うわ。でも雨子ちゃんなら、そう言う変化ももっときちんと理解していけるのじゃ無いの?」
「うむ確かにそうじゃな。感覚的なことはなかなかに分析のしようが無いが、進んで行く事象自体は逐次細部余さず理解して行くことが可能になるかと思う」
「そう言うことなら子を得ても私達人間の女性よりは随分楽かも知れないわね…」
「多分の…」
そこまで言って雨子様は恥ずかしそうに言う。
「まあ子を得ることについてはなんとは無しでは有るが分かった。わかったのじゃがその…」
「あら他にも心配事があるの?」
ここに来て雨子様は思いっきり顔を赤くしながら言う。もっとも部屋の灯りは既に落ちていて、仄かな常夜灯の光だけではその赤みは見て取れない。ただ雨子様の身体の熱さだけがそれを節子に伝えていた。
「わ、我は愛おしさの余り、我の方から何度か祐二に口づけして居るのじゃが、祐二の方からはその…最初の一回くらいで、その…我は本当に祐二に愛されて居るのじゃろうか?」
「あらあら、そんなことを悩んでいたの?」
「そうは言うが節子…」
雨子様にとってこれもまた切実な悩みに違いないのであった。
「あの子は…」
そう言うと節子は少し間を置いた。ふと脳裏に雨子様に出会う直前のがりがりに痩せた祐二の姿が思い出されたのだ。雨子様のお陰であの子が救われ、今有ると思うと何とも感無量なのだった。
「あの子が雨子ちゃんのことを好きで居る、愛していると言うことは紛れも無い事実だと思いますよ?それだけで無く…」
「それだけで無く?」
「あの子は雨子ちゃんのことを物凄く尊敬もしていて、また、大切な存在だとも思っています。だからなんですよ」
「だから?」
「だからあの子は、雨子ちゃんとのこと、大切に丁寧に丁寧に進んでいこうとしているんです。なので決して雨子ちゃんのことを愛していないとかそんなことは無いですからね?」
「そうなのかえ?」
未だ少し不安そうな表情を残す雨子様。
「はい、私が太鼓判を押して差し上げます」
そう言うと節子はくすくすと笑った。
「だから雨子ちゃんは、祐二と心を合わせてゆっくりと進んで行ったら良いですよ」
そう言うなり、安心させるかのように優しく抱きしめてくれる節子。
節子にその様に言われ、抱きしめられて初めて本当に安心し、心の中に溜まっていた澱を除くことが出来た雨子様なのだった。
そして雨子様は思った、この節子は正に彼女がお母さんと呼ぶに相応しい、そう言う存在なのだなと。
定命の物とそうで無いものとの間には色々と物の考え方に差があったりもしますよねえ




