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天露の神  作者: ライトさん
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七瀬とクマ

明けましておめでとうございます。

と、本来であれば素直に新年を言祝ぎたいところなのでありますが、一月一日のあの地震。

心底なんでと思わずには居られませんでした。

そして翌日の航空機事故もまた然り、犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げますと共に、それでも何とか切り抜けられた皆様には、これより少しでも良きことが訪れること心より祈念申し上げます。

 当たり前のことなのだけれども、人は何かを探す時にはその姿形を思い浮かべる。

だからその有るべき形を変えてしまったりすると、それが目の前にあっても丸で気がつかなかったりもする。

 そう成るといくら探しても見つから無かったりもする。もし見いだすことが出来たとしてもそれは多分大変な苦労の後だろう。

ユウのことを探している七瀬の状態こそ、丁度そんな状態だった。


 七瀬あゆみにとって、母親がまさかユウを箱の中に仕舞って居るなど分かろうはずも無かった。

母親はと言うと、娘のそんな苦労などまったく知らずに、少しばかり長い出張へと出かけている。


「いつから姿見掛けなくなったんだっけ?」


 自分でどこかに行ってしまう様な犬や猫ならともかく相手はぬいぐるみだ。

何かに紛れてしまった、或いは置き忘れたと言っても狭い家のことである、探せば直ぐに出てくる…と思うのが人情だろう。


 七瀬も当初は軽い気分でぬいぐるみを探していた。

ところがいくら探しても自分の部屋はおろか、家のどこにもその姿を見つけることが出来ない。


 時が経つうちに余裕が徐々に失われ、あらゆるものを片っ端からひっくり返したお陰で家の中は惨澹たる有様になっている。

 そうまでしているのに未だ見つからないのは、ユウが箱の中に入っているからであり、更には箱の上に母親の仕事の資料が雑然と積み上げられているからに他ならなかった。


 小さな頃から仕事の邪魔はしてはいけないと、母親にきつく躾けられていたから、彼女が母親のものに手をつけることはまず無かった。

お陰で彼女はいつまで経ってもユウを見つけることが出来ないで居たのだった。


 一日経ち、二日経ち、三日経って憔悴しきった彼女は、周りのものを排して寄せ付けない、そんな雰囲気すら纏うようになっていた。


教室の喧噪の中に、ぽつねんと空白のように存在している、それが今の彼女だった。


「七瀬よ、そなた一体どうしたと言うのじゃ?」


 最初にそう聞いたのは雨子様だった。

授業時間も気もそぞろな七瀬は、目も当てられない状態になっている。その七瀬のことを見るに見かねた雨子様がまず声を掛けたのだった。


「…みつからないの」


七瀬はまるで心ここに在らざりと言った感じで雨子様の問いに答える。


「はてさて、一体何が見つからないと言うのじゃ?」


 そう言うと雨子様は七瀬の側へと移り、耳元へ口を寄せると周りのものには聞こえないように小さな声で囁いた。


「七瀬よ、もしや探して居るものは何やら人形のようなものなのかえ?」


 その言葉を聞いた七瀬は大きく目を見開いた。


「どうして?」


「むう、どうしてと言われてもな。」


そう言うと雨子様は僕の方へと振り返った。


「祐二よ、そなたには見えて居らぬのかや?」


「?」


 残念ながら僕には雨子様が一体何を言っているのか分からなかった。


「ふむ」


そう言うと雨子様はしばし何事か考え込むようだった。


「むふぅ、成る程そう言う訳かや」


何やら一人納得しているようである。


「雨子様?」


訳が分からないままの僕は雨子様に問いかけた。


「うむ、しかし今話をするには些か時が足らぬ。次の授業が終われば昼餉の時間となろう。その時にでも詳しく話そうでは無いか?」


 雨子様の言葉にもかかわらず、七瀬は何かを口にしようとしていた。けれどその前に次の授業の教師が入ってきてしまい、その思いを口にすることは出来ずじまいだった。


 その授業は七瀬の好きな国語だった。だがその時教師から語られた言葉は結局何も頭に残らなかった。


 教科書を閉じ、教師が出て行くのを待ち構えていた七瀬は、まるで襲いかかるかのような勢いで雨子様のところにやって来た。


「雨子さん、それで話の続きを早く早く!」


 苦笑している雨子様を横目に、何が何やら分からないで居た僕は目を白黒させていた。

七瀬の様子を見ていれば退っ引きならないことであることは良く分かる。

けれども、今ここで当たり前に話していて良いのかしらん?


 どうにも心配になってチラチラと雨子様の方を見るのだが、雨子様自身は何も気にする風でも無く自若としている。

むしろ僕のおろおろとした心配そうな有るように危うく噴き出しそうな顔をして居た。


「祐二よ、心配せぬでも問題は無い。今は周りの注意は我らには向かわぬようになって居る」


「?」


「これ位のことは我の日常において力を使ったと言えるほどのものでも無いのじゃ。故に祐二に許しを請うまでも無いこと。心安うしてそこで聞いて居るがよい」


そう言うと雨子様はぱっと晴れやかに笑って見せた。

つまりは、神の力と言うには烏滸がましいような僅かな力を使って、人の目を避けるようにしているのだろう。


「それで雨子さん、人形って何なの?もしかしてクマのぬいぐるみが見えているの?」

とは七瀬。


「成る程、クマのぬいぐるみとな。残念ながら今の状態ではそこまでは見えん。じゃが七瀬よ、そなたの頭の上にはずっと何かが漂って居るのよ」


「何それ?一体どういうこと?」


七瀬は気色ばんで雨子様に詰め寄った。


「むぅ、我の思うにこやつはなりたての付喪神じゃな」


「なりたてって何それ?どういうことなの?」


クマのぬいぐるみ、付喪神と来てどうやら僕にも合点がいった。何故なら僕自身も七瀬がいつも大事にしているぬいぐるみのことを良く知っていたからだ。


「七瀬、もしかしていつも大事にしていたぬいぐるみが無くなったのか?」


くいっと目を見開いた七瀬が僕の方を振り向くと頷いて見せた。


「…」


七瀬の慌てようとクマという言葉を聞けば、僕にはそれくらいのことしか思い浮かばなかったのだが、どうやら正解だったようだ。


「ねえ雨子さ、さん」


僕は雨子様に問いかけた。様と言いかけたのは僕だけが知っている。


「僕にはそのクマの付喪神?の姿は見えていないのだけれども、雨子さんには見えているんだよね?」


「うむ、実に弱々しい様ではあるが、こやつが付喪神で有ることは間違い無かろうて」


「何々?何なのその付喪神って?」


 これ以上無い位鬼気とした雰囲気で七瀬が問い詰めてきた。

その剣幕に半分腰が引けながら、僕は付喪神のことについてかいつまんで話して聞かせた。


 話を聞き終えた七瀬は必死になって頭の上を見はするのだが、どうやら彼女にはその姿は見る事は適わないらしい。


「雨子さん、そのクマの付喪神と何か話をすることはできないのですか?」


 七瀬の余りの憔悴振りに気の毒になった僕は、雨子様にそう問いかけた。

すると雨子様は困り顔をして僕の方を見た。


「むぅ、姿が見えるには見えるのじゃが、そやつ我の姿を見ると怯えるように七瀬の背後に隠れてしまい居る。おそらくは我の存在に怯えて居るのじゃろう。こんな調子では話したくとも話せまいて」


 はてさて一体どうしたものかと悩んでいると雨子様が問うてきた。


「祐二よ、先日は傘の付喪神とやらと話をしていたと言っておったが、今回は見えぬと言うのか?」


「はい、前回はともかく今回は僕にも見ることが出来ないようです」


「ふむ、もしかするとこやつ付喪神としてはまだ力が弱すぎるのかも知れぬの。そうじゃな、ならば…」


 そう言うと雨子様は僕に手招きをし、側に来るようにと促した。

そして乞われるままに雨子様の側に寄ると僕は、とんと人差し指で額を突かれた。


「雨子さん?」


雨子様はにっこりと笑うとその意味を説明してくれた。


「今そなたに呪を施した」


「呪?」


「うむ、どう言えば分かるかの?何なれば回路のようなもの?とでも言えば良いのかや?」


小首を傾げて思案する雨子様は妙に可愛らしかった。


「我ら神の使う言葉には一種の力がある。それを積み重ねて形とすることであたかも自立して作動するプログラミングのようなものを作ることが出来るのじゃが、ま、その辺りのことはどうでも良い」


 そこまで言うと雨子様はふっと僕の額に息を吹きかけた。

その瞬間額に何やらむずむずとむずがゆいような違和感を感じた。すると七瀬が何やら不思議そうな顔をして僕のことを見つめている。


「何?」


「何って祐二こそそれ何なの?」


「?」


何のことやら分からないと言った感じの僕に、七瀬は小さな手鏡を渡して寄越した。


「とにかく自分の額を見てみなさいよ」


僕は言われるがまま鏡を使って自分の額を映してみた。


「!」


 何やら額の真ん中に文字のようなものが一つ有る。白く浮かび上がって丸で立体像のように見える。

驚いた僕は目顔で雨子様に問いかけた。


「どうやら呪のことが見えたようじゃな、間もなくその見かけは消えてしまい、普通の人には見ることが出来なくなってしまうであろう。が、暫くの間は効力は残る…、そうじゃなあ二日くらいかの?」


 鏡の中のそれはまるで卒塔婆に書かれている模様にも見えるが、見ようとして目を凝らし焦点を合わせようとすると暈けてしまう。それでいて視界の隅に移すと煌々と見える、何とも不可思議なものだった。


「祐二よ、もう一度七瀬の方を見てみるがよい」


 言われるがままに七瀬のことを見ると、今度は見えた、


「これがクマ?」


 見たところただなの光りの靄のようにも見える。

が、僕が熊と言おう言葉を発したことがきっかけにでもなったのだろうか?ゆっくりと変化を始め、クマのぬいぐるみ?らしき輪郭を取り始めた。

そしてやがてにははっきりとクマのぬいぐるみと認識出来るようになっていた。

 

ただその変化が終わったところで疑問に思う。七瀬の持っていたあのぬいぐるみって、こんなに毛並みがフワフワしていたっけ?


「なあ、七瀬。あのクマのぬいぐるみってこんなにフワフワ毛が生えていたっけ?」


 小首を傾げていると七瀬が真っ赤になりながら説明してきた。


「あのクマ、祐二の知っているのは痩せてボロボロになっていた頃だけど、昔はもっとふわふわで綺麗だったのよ…」


それ以上は聞かなくても分かった。小さな頃からきっと摩り切れるほどに大切にしていたのだろう。さて、ところでこのクマってなんて呼ばれていたっけ?


「で、そのクマくんの名前はなんて言うんだい?」


僕がクマに質問するために名前を聞こうとすると、七瀬はなおさら顔を赤くして手で顔を覆ってしまった。


「?なんか不味いことでも聞いてしまったのかな…」


そう独り言ちしていると、七瀬が少しだけ隙間の空いた指の間から小さな声で何やら言っている。


「…ユウ…」


「え?なんだって」


するといきなり凄い勢いで背中を叩かれた。


「ユウだって!」


「うげ!何も叩くことは無いだろう?」


僕は咽せながら抗議したが七瀬は有らぬ方に顔を向けたっきり、目を合わせようとしなかった。


「一体何だって言うんだか…」


 僕がブツブツと小声でぼやいていると、雨子様が何だか呆れたような顔で僕のことを見ている。


「祐二よ、それくらいにしてやれ、でないと七瀬が壊れてしまうかもしれんぞ?」


 確かに何だかそんな雰囲気は伝わってくる。とも有れ何故七瀬がそんなにあわ食っているのかは分からないままに僕はそのクマに問うてみることにした。

 はてさて、クマは何を答えてくれるのかしらん?




今回は思いも掛けぬほどの難産でした。

今後テンポ良く更新していけるのか?自分でも少し気がかりです(^^ゞ

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